第8章:蒼空の決意 〜魔法使いが選ぶ未来〜

 灼熱の太陽が照りつける真夏の午後、琥珀と蒼空は首都へと向かう険しい山道を黙々と歩んでいた。二人の姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、しかし同時に緊張感に満ちていた。


 琥珀の琥珀色の瞳には、これまでにない決意の色が宿っていた。覇道という名の真実に近づくにつれ、彼の心は激しく揺れ動いていた。


「蒼空、本当にここまでついて来てくれて……ありがとう」


 琥珀の言葉に、蒼空は一瞬たじろぎ、頬を赤らめる。


「なに言ってるの、バカ。当然のことでしょ」


 蒼空は琥珀の前ではもう女である自分を隠さなくなっていた。蒼空の言葉は強がりに満ちていたが、その青い瞳には深い愛情が宿っていた。琥珀は思わず見とれてしまい、自分の心臓が高鳴るのを感じた。


(なんだ、この感覚は……?)


 琥珀は初めて芽生えた感情に戸惑いを覚えながらも、それが特別なものだと直感していた。


 二人の歩みが進むにつれ、首都の輪郭がおぼろげながら見えてきた。しかし、そこに至る道のりは決して平坦ではなかった。


 突如、轟音と共に地面が揺れ始めた。


「くっ……! 魔法障壁か!?」


 琥珀の叫びと同時に、蒼空が身構える。


「こんな所に……! 気をつけて、琥珀!」


 蒼空の警告の直後、無数の魔法の光が二人を取り囲んだ。覇道の配下たちが、既に二人の接近を察知していたのだ。


 琥珀は深く息を吐き、全身の筋肉を緊張させる。周囲のエーテルの流れを感じ取り、その変化を読み取ろうとする。


(鉄心さんの教えを思い出せ……集中しろ!)


 琥珀の脳裏に、厳しい特訓の日々が蘇る。


「もっと感じろ! エーテルの流れはお前の呼吸そのものだ!」


 鉄心の怒鳴り声、灼熱の太陽の下での肉体改造、そして幾度となく訪れる挫折と絶望。しかし、琥珀はその全てを乗り越えてきた。今、その鍛錬の全てが、この瞬間のためにあったのだと悟る。


「はあああっ……!」


 琥珀の雄叫びと共に、エーテル撹乱拳が炸裂する。周囲の空気が振動し、魔法使いたちの詠唱が途切れる。


 一方、蒼空も負けてはいなかった。優雅な所作で風の壁を作り出し、飛来する魔法の矢を次々と弾き返す。


「琥珀、私が後ろを守る! あなたは前に進んで!」


 蒼空の声に、琥珀は無言でうなずいた。二人の呼吸が、完全に一致する。


 激しい戦いが続く中、琥珀は蒼空の姿を見つめていた。その優雅な動き、凛とした表情。琥珀の心の中で、何かが確実に芽生え始めていた。


(俺は……蒼空のことを……)


 戦いが一段落すると、二人は息を整えながら互いを見つめ合った。


「琥珀、大丈夫?」


 蒼空の心配そうな声に、琥珀は微笑みを返す。


「ああ、平気だ。それより、蒼空……」


 琥珀は言葉を詰まらせる。自分の中に芽生えた感情を、どう表現すればいいのか分からなかった。


 しかし、その時、新たな敵の気配を感じ取る。


「来るぞ!」


 琥珀の警告と共に、二人は再び戦闘態勢に入る。この瞬間、琥珀は自分の想いを確信した。蒼空を守りたい、共に戦いたい、そしてこの先もずっと一緒にいたい。それが琥珀の本当の気持ちだった。


 灼熱の太陽が西に傾き始め、首都の空が朱に染まる頃、琥珀と蒼空は最後の敵を倒し、重々しい扉の前に立っていた。二人の姿は、戦いの痕跡を色濃く残していた。琥珀の額には大粒の汗が浮かび、服は所々裂けている。蒼空の銀色の髪は乱れ、その青い瞳には疲労の色が宿っていた。


「ここか……」


 琥珀の声が、かすれていた。蒼空は無言で頷き、琥珀の手を強く握る。


「一緒に行きましょう」


 蒼空の声に、琥珀は深く息を吐いた。二人は互いに視線を交わし、覚悟を決める。


 重厚な扉が、軋むような音を立てて開く。その向こうに広がっていたのは、広大な円形の広間だった。天井は高く、壁には古代の魔法文字が刻まれている。部屋の中央には、一際大きな魔法陣が床に描かれていた。


 そして、その魔法陣の中心に佇む一人の男。


「よく来たな、琥珀。そして……蒼空」


 覇道の低く重い声が、広間に響き渡る。その姿は、まさに魔法の化身のようだった。長い白髪が風にたなびき、鋭い紫色の瞳が琥珀たちを捉えて離さない。彼の周りには、目に見えないエーテルの渦が巻いているのが感じ取れた。


 琥珀は思わず息を呑む。目の前に立つ男から放たれる威圧感は、これまで戦ってきた敵とは比べ物にならなかった。


「お前が……覇道か」


 琥珀の声が、わずかに震える。両親を殺した張本人。魔法社会の頂点に立つ男。全ての元凶が、今、目の前に立っていた。


「そうだ。琥珀よ、お前の両親の仇だ。さあ、復讐をするがいい」


 覇道の挑発的な言葉に、琥珀の拳が震える。怒りと恐れ、そして言いようのない感情が、彼の心の中で渦巻いていた。


 蒼空は琥珀の横に立ち、彼の肩に手を置く。その仕草に、琥珀は少し落ち着きを取り戻す。


「覇道……。なぜだ? なぜ、父と母を殺さなければならなかった?」


 琥珀の問いに、覇道はゆっくりと目を閉じる。


「それは……必然だったのだよ」


 覇道の言葉に、琥珀と蒼空の表情が凍りつく。


「魔法に頼らない力……それは我々の秩序を根底から覆す存在だった。お前の両親の存在が広まれば、魔法社会の基盤が揺らぐ。それは、世界の崩壊に繋がりかねない」


 琥珀は言葉を失う。両親の死の真相。それは、魔法社会の存続をかけた、覇道の決断だったのだ。


 琥珀の中で、怒りと悲しみが激しく渦巻く。しかし、同時に、蒼空の存在が彼の心を支えていた。


「蒼空……」


 琥珀が振り返ると、そこには強い決意の色を宿した蒼空の瞳があった。


「私たちなら、きっと変えられる。魔法と魔法に頼らない力が共存できる世界を作れる」


 蒼空の言葉に、琥珀は深く頷いた。そして、覇道に向き直る。


「覇道、俺たちは証明してみせる。両親が目指した世界を、必ず実現する」


 琥珀の宣言に、覇道の目に興味の色が宿る。


「ほう……。では、その覚悟、しっかりと見せてもらおうか」


 覇道の言葉と共に、広間全体がエーテルの渦に包まれる。琥珀と蒼空の真の戦いが、今まさに始まろうとしていた。


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