第7章:魔法評議会の陰謀 〜暴かれる支配の構造〜

 琥珀の名声が日に日に高まっていった。彼の驚異的な能力は、魔法社会に大きな波紋を広げていた。


 ある日、琥珀は街の広場で魔法使いとの対決を繰り広げていた。エーテル撹乱拳を駆使し、魔法使いを難なく打ち倒す。その姿を目の当たりにした若手魔法使いたちの間で、変化の兆しが現れ始めた。


「あいつ、本当に魔法を使わずにあそこまでできるのか……?」


「魔法だけが全てじゃないのかもしれない」


 とある魔法学院の裏庭。夕暮れ時の柔らかな光が、ひっそりと集まった若手魔法使いたちの顔を照らしていた。彼らの目には、これまでにない輝きが宿っていた。


「諸君、我々はこれまで魔法こそが全てだと信じてきた」


 魔法学院首席のレイが、静かに口を開く。周囲の若手魔法使いたちが、固唾を呑んで彼の言葉に耳を傾ける。


「しかし、あの琥珀という男を見てみろ。魔法を使わずして、我々と互角に渡り合っている」


 レイの言葉に、集まった者たちの間でざわめきが起こる。


「確かに……あいつの動き、尋常じゃないよな」


「エーテルを直接操るなんて、俺たちには想像もつかないぜ」


 魔法使いたちの間で、小さな議論が交わされる。その目には、驚きと共に、かすかな希望の光が宿っていた。


「我々は、もしかしたら大きな可能性を見逃しているのかもしれない」


 レイが再び声を上げる。


「魔法絶対主義……。それは本当に正しいのだろうか? 琥珀のような存在を排除してしまっていいのだろうか?」


 レイの問いかけに、若手魔法使いたちの表情が複雑に揺れる。長年信じてきた価値観が、今まさに揺らぎ始めていた。


「私は……琥珀……彼の力を認めたい」


 突如、一人の女性魔法使いが立ち上がる。アイリスだ。彼女の瞳には、強い決意の色が宿っていた。


「彼の存在は、我々に新たな可能性を示してくれている。魔法と琥珀の力が融合すれば、きっと素晴らしい未来が開けるはず」


 アイリスの言葉に、周囲からも賛同の声が上がり始める。


「そうだ! 俺たちも、もっと柔軟に考えるべきだ」


「琥珀から学べることがあるかもしれない」


 若手魔法使いたちの間で、新たな風が吹き始めていた。彼らの目には、これまでにない希望の光が宿り始めていた。


「よし、みんな聞いてくれ」


 レイが再び声を上げる。


「我々は密かに琥珀を支持し、彼の力を研究しよう。そして、魔法と琥珀の力の融合を目指す。それが、この魔法社会に新たな変革をもたらすはずだ」


 レイの言葉に、全員が力強くうなずく。彼らの心に、新たな決意が芽生えていた。魔法絶対主義に疑問を感じ、琥珀という存在を通じて、新たな可能性を模索し始めたのだ。


 夕暮れの空が赤く染まる中、若手魔法使いたちは静かに、しかし確実に変わり始めていた。彼らの決意が、魔法社会に新たな風を巻き起こす。その風は、やがて大きなうねりとなり、魔法社会全体を揺るがす力となっていくのだった。


 一方で、保守派の魔法使いたちは琥珀の存在を危険視していた。


 夜更けの古城。薄暗い地下室に、十数名の高位魔法使いたちが集っていた。壁に並ぶ松明の揺らめく光が、彼らの険しい表情を浮かび上がらせる。


「諸君、我々魔法社会の秩序が、今まさに脅かされている」


 中央に立つ白髪の老魔法使いが、低い声で切り出した。


「あの【魔法無し】の小僧、琥珀だ。奴の存在が、我々の地位を揺るがしかねない」


 部屋に重苦しい空気が漂う。ある者が声を上げた。


「しかし、彼を倒そうとした者は皆敗れています。我々に何ができるというのですか?」


 老魔法使いは、不敵な笑みを浮かべた。


「正々堂々と戦うなどと言っておらん。闇討ちだ」


 その言葉に、部屋中がざわめいた。


「毒を盛るのか? それとも暗殺者を雇うか?」


「いや、魔法の罠を仕掛けるのはどうだ?」


 次々と案が飛び交う。しかし、老魔法使いは首を横に振った。


「それらは全て危険すぎる。証拠を残さぬよう、事故に見せかけねばならん」


 彼は、古ぼけた羊皮紙を取り出した。


「これは、禁忌の魔法だ。使えば琥珀の『運』そのものを操作できる。不幸な事故に遭遇する確率を、限りなく高められるのだ」


 部屋に緊張が走る。禁忌の魔法の使用は、重大な罪だ。しかし、誰も反対の声を上げない。


 全員が頷いた。松明の光が彼らの目に宿る決意を照らし出す。


「小僧め、覚悟しておけ」


 老魔法使いの呟きが、闇に吸い込まれていった。


 そんな中、蒼空は琥珀を守るため、密かに動き出していた。表向きは琥珀に敵対する立場を取りながらも、裏では琥珀の味方として情報を集め、危険を回避させていた。


 蒼空は、琥珀の動向を追う魔法使いたちの中に紛れ込んでいた。銀色の髪を風になびかせ、深い青の瞳で周囲を警戒している。表情は冷静を装っているが、その胸の内では複雑な感情が渦巻いていた。


「あのめ【魔法無し】、また街の東側で暴れているそうだ」


 ある魔法使いが声を潜めて言う。蒼空はその言葉を聞き逃さない。


「ふん、【魔法無し】のくせに……。今度こそ捕らえてやる」


 蒼空は軽蔑したような表情を作り、相槌を打つ。


「そうだ。あのような異端者は排除しなければならない。私も手伝う」


 そう言いながら、蒼空の頭の中では既に琥珀への警告の計画が練られていた。


 人々の目を逃れ、蒼空は裏路地に身を潜める。周囲を確認し、誰もいないことを確かめると、小さな風の精霊を呼び出した。


「お願い、琥珀に伝えて。『東側は危険、北に向かえ』と」


 風の精霊は蒼空の言葉を受け、風と一体化して飛び去っていく。


 その夜、蒼空は魔法評議会の秘密会議に潜入していた。高位魔法使いたちが、琥珀の処遇について激論を交わしている。


「あの小僧を野放しにはできん! 即刻処刑すべきだ!」


「いや、捕らえて研究すべきだ。彼の能力の秘密を探れば、我々の利益になる」


 蒼空は静かに耳を傾けながら、全ての情報を記憶していく。彼女の心は琥珀への想いと、魔法社会への義務の間で引き裂かれそうになっていた。


(琥珀……。私は一体何をすべきなのか)


 会議が終わると、蒼空は素早く姿を消した。彼女は街の片隅にある古い塔に向かう。そこは彼女と琥珀の秘密の待ち合わせ場所だった。


 琥珀が姿を現すと、蒼空は周囲を確認してから、収集した情報を全て伝えた。


「気をつけて、琥珀。魔法評議会がお前の捕縛を決定した」


 琥珀は真剣な表情で頷く。


「ありがとう、蒼空。君がいなければ、俺はとっくに捕まっていたかもしれない」


 蒼空は複雑な表情を浮かべる。


「私は……お前を守りたい。でも同時に、魔法社会への裏切り者にもなれない」


 琥珀は静かに蒼空の肩に手を置いた。


「分かっている。蒼空の立場も理解しているつもりだ。だからこそ、感謝してもしきれない」


 二人の視線が交差する。そこには互いへの信頼と、言葉にできない感情が宿っていた。


「行かなきゃ。気をつけて」


 蒼空の言葉に、琥珀は無言でうなずいた。彼らは別々の方向に走り去る。蒼空の心には、琥珀を守り抜くという強い決意が芽生えていた。


 琥珀は魔法使いたちとの戦いを通じて、魔法社会の複雑な事情を知っていった。魔法使いの中にも、現状に疑問を感じる者がいること。魔法の力が、必ずしも正義とイコールではないこと。そして、魔法社会の中にも、深い闇が潜んでいることを。


 月明かりが窓から差し込む静かな夜。琥珀は自室で、両親の形見の手帳を開いていた。そこには、両親が編み出した独自の格闘技の技や心構えが記されている。琥珀は、その一つ一つを噛みしめるように読み返していた。


 突然、部屋の扉が勢いよく開かれる音がした。


「琥珀!」


 鉄心の声だった。その口調に、尋常ではない緊張感が滲んでいる。


「どうしたんですか、鉄心さん?」


 琥珀は立ち上がり、師匠の顔を見つめた。鉄心の表情は、これまで見たことがないほど厳しく、そして悲しみに満ちていた。


「ついに……分かったんだ」


「何がですか?」


「お前の両親を殺した大魔法使いの正体がな」


 琥珀の心臓が高鳴り始める。両手が小刻みに震え、額に冷や汗が滲む。長年追い求めてきた真実。それがついに明らかになる瞬間だった。


「誰……なんです?」


 琥珀の声が震える。鉄心は深く息を吐き、重々しく言葉を紡ぐ。


「国の長である大魔法使い・覇道だ」


 その瞬間、琥珀の世界が止まったかのように感じた。耳鳴りがし、視界が狭まる。


「な……なぜ……?」


 琥珀の声は掠れ、ほとんど聞こえないほどだった。鉄心は琥珀の肩に手を置き、ゆっくりと説明を始めた。


「覇道は、魔法と格闘技の融合が生み出す未知の力を恐れていたのだ。お前の両親は、その可能性を秘めた存在だった」


 琥珀の中で、怒りと悲しみが激しく渦巻く。両親が殺された理由。そして、自分の存在の意味。全てが繋がり始めていた。


「くっ……!」


 琥珀は思わず壁を殴りつける。拳が壁に埋まるほどの衝撃だったが、その痛みさえ、今の琥珀には遠い世界の出来事のように感じられた。


「覇道……許さない……!」


 琥珀の瞳に、これまでにない激しい炎が宿る。それは憎しみであり、そして決意でもあった。


「琥珀、冷静になれ」


 鉄心の声が、琥珀の意識を現実に引き戻す。


「今はまだその時ではない。お前にはもっと力が必要だ。そして……」


 鉄心の言葉が途切れる。琥珀は顔を上げ、師匠の目を見つめた。


「そして?」


「魔法社会全体を変える大きな力が必要なんだ」


 琥珀は深く息を吐き、ゆっくりと頷いた。両親の仇を討つこと。そして、魔法社会の闇を晴らすこと。その二つの使命が、琥珀の心に深く刻み込まれた瞬間だった。


「分かりました。必ず……必ず真実にたどり着いてみせます」


 琥珀の声に、強い決意が滲む。鉄心はその様子を見て、静かにうなずいた。


 月明かりが二人の姿を照らす。琥珀の心には、新たな炎が燃え始めていた。魔法社会の闇に立ち向かう、真の戦いの幕開けである。



 翌朝早く、蒼空が琥珀の許に駆けつけてきた。


「琥珀、大変なことになっている。覇道が、お前の抹殺を正式に命じたんだ」


 蒼空の言葉に、琥珀の表情が引き締まる。


「もう、ここにいては危険だ。私と一緒に逃げよう」


 蒼空の手が、琥珀に差し伸べられる。琥珀は一瞬躊躇するが、決意を固める。


「分かった。行こう」


 琥珀は蒼空の手を取った。両親への想い、魔法社会への怒り、そして未知の力への期待が交錯する。そして、隣にいる蒼空の存在が、不思議と琥珀の心を支えていた。


(お父さん、お母さん、僕は必ず仇を討って、この歪んだ世界を変えてみます……!)


 琥珀の決意が、夜空に輝く星々に誓われた。魔法社会の闇に立ち向かう、彼らの真の戦いは、ここから始まるのだった。

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