第2章:秘められた真実 〜エーテル操る者の覚醒〜
魔法の光が街を彩る夜、少年の瞳に映るのは冷たい月明かりだけだった。
琥珀は15歳になった。
両親を失ったあの日からすでに5年の歳月が流れていた。
この世界で、魔法は全てだった。空気のように当たり前に存在し、社会の隅々にまで浸透していた。高位の魔法使いたちは、その力を笠に着て高みに立ち、絶対支配者として君臨していた。魔法省が国を統治し、魔法学校が人材を育成し、魔法企業が経済を動かしていた。
魔法の仕組みは複雑だが、その本質は単純だった。
世界に遍在するエーテルと呼ばれる魔法エネルギーを操る能力、それが魔法の正体だった。
魔法使いたちは、このエーテルを体内に取り込み、魔力に変換し、意のままに操ることができた。
火を操り、風を起こし、傷を癒し、時には人の心さえも弄ぶ。その力の前では、魔法を使えない者たちは無力同然だった。
しかし、その支配は決して公平なものではなかった。
「くそっ……!」
琥珀は歯を食いしばった。目の前で、魔法使いの若者が露店の品物を勝手に持ち去ろうとしている。店主は必死に抗議するが、若者は冷笑を浮かべるだけだ。
「黙れ、【魔法無し】の分際で。お前らの存在価値なんて、俺たちに仕えることだけだろ?」
魔法使いの傲慢な態度に、周囲の人々は目を伏せるだけだった。声を上げれば、自分が標的にされるかもしれない。そんな恐怖が、魔法を使えない人々の心を縛っていた。
琥珀の拳が震える。しかし、今はまだその時ではない。彼には果たすべき使命があった。両親の仇を討つこと。そして、この歪んだ世界を変えること。
琥珀の両親は、かつてこの地方で名高い格闘家だった。魔法に頼らず、己の肉体を極限まで鍛え上げ、魔法使いたちと互角に渡り合う姿は、多くの人々の希望の星だった。彼らは単なる格闘家ではなく、抑圧された人々の希望の象徴だった。
「お前たちのような【魔法無し】でも、努力次第で魔法使いと互角に戦えるんだ。諦めるな!」
そう叫び、両親は魔法使いたちの理不尽な振る舞いに立ち向かっていった。彼らの姿を見て、勇気づけられる者たちが増えていった。【魔法無し】の人々の中から、魔法に頼らない武術や技術を極める者たちが現れ始めた。
しかし、その希望は儚く散った。
ある日、琥珀の両親は何者かによって殺害された。犯人は明らかに強大な魔力を持つ者だった。周囲は焼け野原と化し、両親の遺体は無残にも黒焦げで顔もわからないほどに焼き尽くされていた。10歳だった琥珀は、燃え盛る炎の中で両親の最期を目の当たりにした。
「琥珀、生きろ。そして、この世界を……変えるんだ」
父の最期の言葉が、琥珀の心に深く刻まれた。
あれから5年。琥珀は両親の意志を継ぎ、己の肉体を鍛え上げてきた。魔法に頼らずとも、人は強くなれる。両親が体現したその真実を、琥珀は自らの身を持って証明しようとしていた。
◆
町はずれの鍛冶屋。そこで働く老人・鉄心との出会いが、琥珀の人生を大きく変えることになる。
その日、琥珀は魔法使いたちに追われていた。無辜の民が魔法使いたちによって不当に蹂躙される姿を黙って見過ごすことができず、介入してしまったのだ。魔法の光が夜空を切り裂き、琥珀の背中をかすめる。
「くそっ……!」
息を切らしながら、琥珀は路地を駆け抜けた。体力は限界に近い。このままでは捕まってしまう。捕まればただでは済まないだろう。そう覚悟した瞬間、古びた鍛冶屋の戸が開いた。
「こっちだ、小僧!」
鍛冶屋から伸びた一本のたくましい腕が、琥珀を中へと引き込む。扉が閉まると同時に、追手の足音が通り過ぎていった。
「はぁ……はぁ……」
琥珀は床に膝をつき、激しい呼吸を整えた。命拾いしたことを実感しながら、ゆっくりと顔を上げる。
そこには一人の老人が立っていた。白髪まじりの長い髪、鋭い灰色の瞳。その姿は、一見すると普通の鍛冶屋のようだ。しかし、琥珀は直感的に感じ取った。この男は只者ではない。その老人の名は鉄心といった。
「ありがとうございました」
琥珀が礼を言うと、老人はニヤリと笑った。
「礼なぞいらん。それより、小僧。お前、なかなか良い体をしているじゃないか」
鉄心の鋭い眼光が、琥珀を捉えた。その眼差しは、琥珀の内面まで見透かしているかのようだった。
「何が言いたいんです……?」
琥珀は警戒心を露わにする。しかし鉄心は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「お前は魔法に素手で対抗する術を知りたいんだろう? ワシがそれを教えてやろう。どうだ?」
琥珀の瞳が大きく見開かれた。魔法に対抗する術? そんなものが本当に存在するのか? しかし、この老人の眼差しに嘘はない。
「冗談でしょう? そんなこと、できるはずが……」
琥珀の言葉を遮るように、鉄心は掌を前に突き出した。次の瞬間、琥珀の体が宙に浮く。
「な、何!?」
パニックに陥る琥珀。しかし、彼の体は優しく床に戻された。
「いま俺が使ったのは魔法だと思うか?」
鉄心の問いに、琥珀は無言でうなずく。
「違う。これは魔法ではない。エーテルを直接操る技だ。魔法使いども如きには到底理解できん領域だ」
琥珀は困惑した表情を浮かべる。
「でも、魔法もエーテルを使うんじゃないんですか? いったい何が違うんです?」
鉄心は深くため息をつき、作業台に腰かけた。
「よく聞け。確かに、魔法もエーテルを使う。だが、魔法使いたちはエーテルをいったん体内に取り込み、魔力に変換してから使う。その過程で、エーテル本来の性質の多くが失われてしまうのだ。これはまだ誰も知らない真実だ。魔法使いどもは体内で歪んでしまったエーテルを使っているんだ」
「そんなことが……」
琥珀は真剣な眼差しで鉄心の言葉に耳を傾ける。
「一方、俺が使う技は、エーテルを体内に取り込まず、直接操作する。エーテルの本質的な性質を保ったまま扱えるんだ。これにより、魔法では不可能な繊細な操作や、魔法を無効化する技が可能になる」
鉄心は立ち上がり、部屋の隅にある小さな植木鉢に近づいた。
そこには枯れかけた花が一輪。
「例えばこうだ」
鉄心が手をかざすと、花に生気が戻り、みるみるうちに健康な姿を取り戻した。
「通常の回復魔法なら、魔力で細胞を活性化させる。だが、それでは一時的な効果しか得られない。だが俺の技は、植物そのものが本来持っている生命力を呼び覚ます。根本から癒すんだ」
琥珀は目を見開いた。
確かに、これは彼が今まで見てきた魔法とは全く異なるものだった。
「しかし、この技にも大きな制限がある。魔法のように派手な力は出せん。そして何より、エーテルを直接操るためには並外れた精神力と鍛え上げられた肉体が必要だ。そう、魔法使いの数千倍の鍛錬が必要になる」
鉄心の表情が厳しくなる。
「だからこそ、魔法使いどもはこの技を理解できない。やつらには、この苦行に耐える根性がないからだ」
琥珀は拳を握りしめた。両親の仇を討つため、この歪んだ世界を変えるため。どんな苦行も厭わない覚悟が、彼の心に芽生えていた。
「教えてください! どんな苦しい訓練でも耐えてみせます!」
琥珀の声に、決意が滲んでいた。鉄心はにやりと笑った。
「よく言った。だが、覚悟はいいな? ここからが本当の地獄だぞ」
「はい!」
琥珀の返事が、静かな夜空に響いた。燃える闘志、永劫の想い。それが彼の胸に燻り始めた。新たな旅立ちへ、その一歩を踏み出す時が来たのだ。
燃える闘志、永劫の想い。それが青年の胸に燻り始めた。新たな旅立ちへ、その一歩を踏み出す時が来たのだ。琥珀の運命は、この瞬間から大きく動き出した。
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