第3章:運命の出会い 〜天才魔法使いと異端の格闘家〜
鉄の匂いが漂う薄暗い鍛冶屋の中で、琥珀は息を切らせながら、鉄心の鋭い眼差しに向き合っていた。汗で濡れた前髪が額に張り付き、筋肉は悲鳴を上げんばかりに震えている。しかし、琥珀の琥珀色の瞳には決して消えることのない炎が宿っていた。
「もう一度だ」
鉄心の低い声が響く。琥珀は深く息を吐き、再び構えを取る。
鉄心から魔法の仕組みと弱点を学び始めて早一ヶ月。琥珀はこれまで想像もしなかった世界の真実に触れ、驚きと共に、自分の無力さを痛感していた。
「魔法使いどもが操るのは、エーテルの歪んだ姿に過ぎん。お前が目指すべきは、エーテルそのものを操ることだ」
鉄心の言葉が、琥珀の心に深く刻まれる。
琥珀が魔法の仕組みと弱点を学び始めて一ヶ月が経った。しかし琥珀はまだ「エーテル撹乱拳」の基礎すら習得できていなかった。
「違う! そうじゃない!」
鉄心の怒声が、鍛冶屋に響き渡る。
琥珀は膝をつき、激しい咳き込みを抑えようとしていた。
「エーテルを感じろ。感じるんだ! それを掴もうとするな!」
琥珀は何度目かの深呼吸をし、再び立ち上がる。目の前の的を睨みつけ、拳を突き出す。しかし、的はびくともしない。
「くっ……」
悔しさで唇を噛みしめる琥珀。両親の顔が脳裏をよぎる。
(僕には、本当にエーテルを操る才能があるのだろうか……)
そんな疑念が琥珀の心を蝕み始めていた。
時が無為に過ぎていく。
琥珀の体は傷だらけになり、精神的にも限界を感じていた。
エーテルの存在を感じ取ることはできても、それを自在に操ることはできない。
「もういい加減にしてくれ!」
ある日、琥珀は叫んでいた。
「エーテルがどうのこうのと言っても、僕には何も分からない! 魔法使いじゃない僕に、そんなことができるわけがないんだ!」
鉄心は黙って琥珀を見つめていた。
「諦めるのか?」
その一言に、琥珀は凍りついた。
「諦める……?」
「そうだ。お前の両親は最後まで諦めなかった。魔法に頼らずとも強くなれると信じ、最後まで戦い抜いた。そしてお前を守り抜いた。そのお前が、ここで諦めるのか?」
琥珀の中で、何かが弾ける。
「諦めない……。諦めるものか!」
琥珀は再び的に向かって拳を突き出す。しかし、今回は違った。拳を出す瞬間、琥珀はエーテルを「掴もう」とするのではなく、周囲のエーテルの「流れ」を感じ取ろうとした。
すると、微かではあるが、確かな手応えがあった。的が僅かに揺れたのだ。
「よし、その感覚だ!」
鉄心の声に、琥珀は我に返る。
「今のが……エーテルを操った感覚……?」
「そうだ。だが、まだまだだ。これからが本当の地獄だぞ」
その言葉通り、それからの訓練はさらに過酷なものとなった。
「エーテル撹乱拳」を完全に習得するまでに、さらに半年の時間を要した。
そして「無呼吸の型」の習得は、さらに困難を極めた。
「息を止めろ。だが、ただ息を止めるだけではない。エーテルの流れそのものを止めるんだ」
鉄心の指示に、琥珀は何度も窒息しかけた。意識を失うことも一度や二度ではなかった。
「このままでは死んでしまう……」
そう思うことが幾度となくあった。しかし、その度に両親の笑顔が脳裏に浮かび、琥珀は再び立ち上がった。
「無呼吸の型」の習得には、さらに8ヶ月の歳月を要した。
「エーテル感知」の訓練は、精神的にさらに辛いものだった。目に見えないものを感知する。それは、まるで暗闇の中で針を探すようなものだった。
「集中しろ! エーテルの流れは常に変化している。その変化を感じ取るんだ!」
鉄心の声が、琥珀の耳に響く。しかし、琥珀の意識は既に朦朧としていた。極度の集中による頭痛と、疲労による体の痛み。それらが琥珀を苦しめていた。
(もう無理だ……。僕には向いていないんだ……)
そんな思いが頭をよぎった瞬間、琥珀の意識が飛んだ。
目覚めると、そこは見知らぬ草原だった。
「ここは……?」
「琥珀」
聞き覚えのある声に、琥珀は振り返る。そこには……。
「お父さん!? お母さん!?」
両親の姿があった。琥珀は思わず駆け寄ろうとするが、体が動かない。
「諦めないで、琥珀」
母の優しい声が聞こえる。
「お前ならできる。我々の夢を、受け継いでくれ」
父の力強い声。
「でも、僕には……」
「いいや、お前にはできる」
父の声に力がこもる。
「エーテルは、生命そのものだ。お前の中にも、確かに流れている。ただ、気づいていないだけだ」
母が優しく微笑む。
「自分を信じて。私たちは、いつもお前を見守っているわ」
その言葉と共に、両親の幻が霞んでいく。
「待って! お父さん、お母さん!」
琥珀の叫び声と共に、意識が現実に戻る。
「やっと目覚めたか」
鉄心の声だった。琥珀はゆっくりと体を起こす。
「鉄心さん、僕には……僕にもエーテルが流れているんですよね?」
鉄心は驚いた表情を浮かべる。
「そうだ。全ての生命にエーテルは流れている」
琥珀は夢で見た光景を話した。鉄心は黙って聞いていたが、最後にこう言った。
「お前の両親への想いが、お前に力を与えているのだろう。そして、そこにもエーテルが流れている」
その日から、琥珀の「エーテル感知」の訓練に変化が現れた。以前のような苦痛はあったものの、琥珀の目には新たな輝きが宿っていた。
そして、訓練を始めてから2年後。琥珀は初めて、自然界のエーテルの流れを明確に感じ取ることに成功した。
「よくやった、琥珀」
鉄心の口から初めて出た褒め言葉に、琥珀は思わず涙ぐんでしまった。しかし、それは終わりではなく、新たな始まりに過ぎなかった。
真の戦いは、これからだったのだ。
◆
ある日の夜更け、琥珀は鉄心に尋ねた。
「鉄心さん、どうして魔法使いでありながら、魔法に頼らない技を編み出したんですか?」
鉄心は長い沈黙の後、重い口を開いた。
「わしはかつて、高位魔法使いだった。魔法社会の頂点に立つ者の一人としてな。しかし、その地位に上り詰めれば上り詰めるほど、魔法社会の腐敗を目の当たりにした」
鉄心の目に、悲しみの色が浮かぶ。
「権力に溺れ、弱者を踏みつける魔法使いたち。そして、その状況を変えられない自分自身。わしは絶望し、全てを捨てて隠遁したのさ」
琥珀は息を呑む。目の前の老人が、かつては魔法社会の頂点に立っていたとは想像もしていなかった。
「しかし、魔法の本質を追究するうちに気づいたのだ。エーテルを直接操る技こそが、魔法社会を変える鍵になるのではないかとな」
鉄心の眼差しが、琥珀に向けられる。
「お前には、その可能性を感じた。だからこそ、わしの技を伝授しようと思ったのだ」
琥珀は黙ってうなずいた。両親の仇を討つという個人的な動機だけでなく、魔法社会全体を変革するという大きな使命が、自分にはあるのだと悟った瞬間だった。
「さあ、訓練を続けるぞ」
鉄心の声に、琥珀は再び立ち上がる。体は疲労困憊だったが、心は燃え盛る炎のように熱かった。
月日は流れ、琥珀の能力は着実に成長していった。「エーテル撹乱拳」「無呼吸の型」そして「エーテル感知」。これらの技を習得する過程で、琥珀は魔法の本質と、自身の潜在能力の深さを理解していった。
◆
ある日の夕暮れ時、琥珀は鍛冶屋の裏手にある小さな丘に腰を下ろしていた。遠くに沈む夕日を見つめながら、両親のことを思い出していた。
(お父さん、お母さん……。僕は強くなれているでしょうか?)
風が頬をなでる。琥珀は目を閉じ、その風に乗って流れるエーテルの存在を、今は自然に感じ取れるようになった。
「よくここに来るな」
背後から聞こえた鉄心の声に、琥珀は振り返る。
「ええ。ここから村を見下ろしていると、両親のことをよく思い出せるんです」
鉄心は琥珀の隣に腰を下ろした。
「お前の両親のことは、わしも噂で聞いていた。魔法に頼らず、魔法使いと互角に渡り合う格闘家だったそうだな」
琥珀はうなずく。
「はい。でも……」
琥珀の声が途切れる。
「なぜ、そんな強い二人が殺されてしまったのか。殺されなければならなかったのか……。僕はその真相が知りたいんです」
鉄心は黙って琥珀の言葉に耳を傾けた。
「きっと、単なる魔法使いの横暴ではない。もっと大きな何かが……。その真相を、この目で確かめたい」
琥珀の瞳に、強い決意の色が宿る。鉄心はその様子を見て、静かにうなずいた。
「よかろう。お前の決意は分かった。だが、そのためにはもっと強くならねばならん。今のお前では、まだ真相に近づくことすらできんだろう」
「はい。分かっています」
琥珀は立ち上がり、鉄心に向き直る。
「もっと、もっと強くなります。どんな苦しい訓練でも耐えてみせます。だから……」
「ああ、分かっているさ」
鉄心は琥珀の肩に手を置いた。
「お前の決意、俺の心によく響いた。明日からは、さらに厳しい特訓だ。覚悟はいいな?」
「はい!」
琥珀の力強い返事が、夕焼けの空に響き渡った。
その夜、琥珀は自分の小さな部屋で、両親から形見として残された手帳を開いていた。そこには、両親が編み出した独自の格闘技の技や心構えが記されていた。
(お父さん、お母さん。僕は必ず強くなって、真相を突き止めます。そして、お父さんとお母さんの夢だった、魔法に頼らない力で世界を変えることを、実現してみせます)
琥珀は手帳を胸に抱きしめ、目を閉じた。明日からの特訓に向けて、心と体を休める必要があった。しかし、その心の奥底では、既に次なる戦いへの炎が燃え盛っていたのだった。
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