sectⅪ 再会

 周囲を高いコンクリート塀に囲まれた、その建物には凶悪な事件を引き起こした少

女達が強制的に収容されていた。

 特等女子少年刑務所の独房には、番号の付いた囚人服を着用したメグミの姿があっ

た。

 メグミは、部屋の隅に身体を丸めてうずくまっていた。

 そんなメグミの姿を、2人の中年の女達が外から覗いていた。

「ずッと、完黙ですか…」

 一人の白衣姿のカウンセラーが、聞いた。

「ええ。事件についてはもちろん、自分の名前さえ、一言も喋らないのです」

 制服の看守が、答えた。

「家族は?」

「それが……かなり複雑でして、面会も身元引受人もいない状態です」

 カウンセラーと看守がそう話していた頃、事務所では囚人達への外部からの手紙類

を、金属探知機でチェックしてしていた。

 “ピー”と警告音が鳴り、1通の封書がはじかれた。

 検閲のため開封すると、中にはカミソリの刃が入っていた。

 次に、小包が開封された。

 中身は一冊の聖書である。

 その聖書はメグミ宛てだった。

「慈善団体からです」

 看守が、小窓から聖書を差し入れた。

 メグミは、全く目もくれずにに聖書を放って置いた。

 夜になり、天井の金網を施したライトが点灯した。

 ポツンと置かれた聖書に誘われるようにして、メグミは何となくパラパラと聖書の

ページをめくってみた。

「ッ」

 メグミが、ある一ページを凝視した。

 そのページを、薄暗い明かりに透かしてみる。

 針の穴ほどのわずかな光が漏れた。

 メグミは、最初のページから丹念に見返した。

 センテンスの途中で、“う”の所に、穴が空いていた。

 また、ページをめくる。

 数十ページごとに一文字づづ、よく注意をしないと判別できないような穴が規則正

しく空けらていた。

《うんどうじょうにでるひづけとじかんをおくりぬしにしらせろ》

『運動場に出る日付と時間を送り主に知らせろ』

 メグミは、嬉しさを噛み殺すように聖書を抱きしめながら反芻した。

〝コージだ!〟

 メグミは、心の中で叫んだ。

 外部からの差し入れと同様に、塀の中から出す私信も厳重に検閲を受けた。

 X線検査は無論の事、刑務所への批判等も旧日本軍の大本営さながらに検閲を受け

た。

 メグミの出した手紙は無事その関門をすり抜けて、外の世界へと流れていった。

 様々なペーパーカンパニーの社名入りの錠の付いた、小さなボックスが並んだ私設

私書箱に、その手紙は届いた。

 税金対策やマルチ商法などで利用される架空会社の登記簿上の住所が記されたボッ

クスの一つに、今日付けの日経新聞が入っていた。

 ─7月24日。

 シーンと静まり返った周囲に、人影が一つ現れた。

 十字架の印刷された宗教団体のプレートが貼り付けてあるボックスが指紋隠しの手

袋をはめた手で開けられる。中には一通の封書が入っていた。

《聖書をありがとうございました。何か一筋の光明と共に、希望が見えたように思い

 ます。特に、第七章29節のⅡには、感動しました。》

 拙い文字ではあるが、一生懸命辞書を引いて書いたメグミからの手紙だった。

 路上で、大型トレーラーのナンバープレートが手袋をした手で差し替えられて走り

出した。

 そのトレーラーはセスナやヘリなどが野ざらしに置いてある中古機業者の前で停ま

った。

 農業用使用目的の農水省お墨付きの偽造書類が差し出された。

 やがて、クレーンで一機のアメリカ製の農業用小型ヘリがトレーラーの荷台に積ま

れた。

 ヘリの後部には空中散布用の農薬タンクが付いている。

 トレーラーはその荷を積んだまま郊外へと進んだ。

 平日の午後のファミレスはガラガラだった。

 店内の時計が《7月29日2時》を表示していた。

 まばらな客のいる窓越しに、外の大きな駐車場が見える。

 その出入口付近に、大型トレーラーがハザートを点滅させながら停車していた。

 突然、辺りの全ての音をかき消すかのような轟音を響かせて、その荷台からヘリコ

プターが飛び立った。

 特等女子少年刑務所内の運動場で、うら若い女囚達が体操をしていた。

 その時、周囲にローター音が聞こえてきた。

 分厚いコンクリート塀からせり上がるように、一機のヘリコプターが現れた。

 ヘリは超低空でホバリングしながら刑務所内に飛び込んできた。

 所内外に警報サイレンが鳴り響いた。

〝メグミ!〟

 コージが、ヘリのスピーカーで呼びかけた。

「コージッ」

 メグミは、看守の制止を振り切ってヘリに走った。

 警備員達が、慌ててヘリに近付いて来る。

 コージは、農薬タンクの開閉バルブを開け、警備員達の頭上に空中散布した。

「うわあ~ッッッ」

 警備員達は、目を覆いながら悲鳴を上げた。

 この間隙にヘリが強行着陸した。

「乗れッ」

 コージが、右手を差し出した。

 嬉しそうに頷きながらメグミは、コージの腕を両手で握った。

 鷲が水面下の鮭を文字通りワシづかみにするようにアッという間に、ヘリがメグミ

を乗せて飛び去っていった。

 地元住民が空を迷惑そうに見上げていた。

 ヘリは電線ギリギリの超低空飛行のまま、郊外住宅地をなめるように飛行していく。

「マジで、助けに来てくれたンだね」

 メグミが、助手席からエンジン音に負けないほどの大声で叫んだ。

「約束したろ」

 コージは、低い声で言った。

 あれは、池袋のナンパコロシアムでの事だった。

 人気シンガー身代金誘拐の末に、警察の狙撃手によってメグミが撃たれてしまった。

 重症を負ったメグミは、自分が囮になる事でコージだけを逃がした。

 その時、コージはメグミに約束したのだ。

〝待ッてろ。必ず、助けに行くから…メグミがオレにウソをつかない限り、自分から

裏切るコトは決してない〟と、

 その後、メグミは瀕死の状態のまま警察病院に搬送され、退院後、ムショ送りにな

った。

 コージは、その時の約束を果たしてくれたのだ。

 メグミは、心底一生涯コージに付いて行く事を心に誓った。

 コージの方は、淡々と冷静にGPS(衛星航法)のナビゲーションを見ながらヘリ

を操縦していた。

「もし、あのまま、あたしが死ンでたら、どーした?」

 メグミが、コージの耳元で言った。

「お前を殺ッた警官を殺してから、警視庁を爆破してやる」

 コージは、素っ気無く答えた。

「そンで、オシマイ」

 メグミは、何かを期待したかのようにからんで言った。

「その後で、お前のためにひとしずくだけ、涙を流してやるよ」

「チョー、うれシー」

 メグミが、コージに抱き付いて、キスをした。

「おい、よせ」

 ヘリの機体が、グラついた。

「今のセリフ聞いたら、ホッとしておなかすいちゃッた。ムショのメニューはロクな

もンなかッたし」

「期待外れで悪いな。コンビニ弁当ぐらいのカネしかねーぞ」

「うッそー」

「お前を助けるのに、ずいぶン投資したからな」

「マジで、オケラ?」

「ああ」

 眼下に、銀行が見えてくる。

「じゃ、銀行でもタタく。殺し以外ならあたし何でもやる」

「それも、悪くないな」

「あそこの銀行にバクダンしかけて、マン札、空からバラまいて自分も飛び降りたら

地面に着くまでスカッとすンだろーね」

「それより、俺達をクズとカス扱いするケーサツとそれを操るクニに、キッチリとお

礼参りしなきゃな」

 コージは、タバコに火を点けながら言った。

「リターンマッチ、やるッてコト?」

 メグミが、コージのくわえタバコを取り上げ、一口吸って返しながら聞いた。

「プランは練ッてある。タダでは起きねェ」

 そう言いながらコージは、ヘリの操縦桿を倒した。

 慢性的に渋滞する首都高の車列に、ヘリが無理やり降下してくる。

「おい、何のマネだ。ここは滑走路じゃないぞッ」

 タクシードライバーが、ドアウインドウを下げて怒鳴っている。

 ヘリが路上に着陸した。

 コージとメグミはヘリを捨てて、緊急避難階段を降りて行った。

「バカヤロー! 首都高は駐禁だッ」

 タクシードライバーの遠吠えをよそに、2人は高架下にある地下鉄の出入口に走り

去った。

 構内のコインロッカーから、コージは大きめの旅行用バックを取り出した。

 トイレで着替えをした2人は、大学生風のカジュアルな服装で東京駅に乗り継いだ。

 そして、用意していたグリーン車の切符を使って、東北新幹線に乗車した。小窓か

ら郊外の景色が流れて見えてくる。

 コージとメグミは、車内トイレの個室に一緒に入っていた。

 中で、濃厚なディープキスを交わしている。

 コージが、ジッパーを下げながらメグミのスカートをめくって下着を脱がした。

 バックの態勢からメグミの胸をはだけて、揉みしごいた。

 ずれたブラ越しに、メグミの痛々しい手術痕が生々しく見える。

 メグミは、壁にもたれかかるようにしてコージを後ろから迎え入れた。

「あァン」

 メグミが、悩ましく喘いだ。

 コージは、激しくピストン運動した。

「うッ」

 コージが、射精した。

「サイコー」

 そう言いながらメグミは、自身の体内から抜かれたばかりのコージの白濁した精液

にまみれたペニスを掃除するかのように舐め取った。

 萎えたペニスを、なおもメグミは執拗にフェラした。

「もー、充分にいッたよ、俺」

 コージが、いくぶんかグッタリしながら言った。

「これから、後半戦よ」

 メグミは、シャブリながら甘えた声で言う。

「ハーフタイムをくれよ」

「ダ~メ」

 メグミが、コージのモノを白い指先でシゴキながら喋った。

「さすが、ムショ帰りは違うな」

「そ、あたし、チョーたまッてンだ」

 メグミの眼には、妖しい光が宿っていた。

 メグミのソフトでパワフルな性技に、コージが回復した。

 2人は、狭い個室内で器用に対面座位で後半戦に向かった。

 1ヶ月分のセックスを2時間で消化した頃、新幹線は花巻という岩手県の小さな市

に近付いていた。

 2人の乗った便は最終列車だったので、降車と同時に閑散とした。

 駅前の駐輪場に原チャリがあった。

 コージは、ハンドルを思い切り回してロックを外した。

 配線を直結させて、エンジンをかける。

 次に、ナンバープレートを他のと付け替えた。

 シートを壊して取り出した、フルフェイスのヘルメットをかぶって走り出す。

 ATMボックスの防犯カメラの映像に、サングラス姿のウイッグを付けたメグミが

映っている。

 メグミは、左手でカメラから見えないように隠しながら携帯用整髪ムースをATM

画面に吹き付けた後、ティッシュで拭き取った。そして、外に出てカモを待った。

 ヴィトンのセカンドバックを抱えて、ハイヒールを履いたOL風の若い女が現金を

引き出して行った。

 入れ違いに、メグミはOLが使用した画面を斜めに透かして見る。

 〝3256〟と、跡が残っていた。

 整髪ムースで、押された暗証番号の数字ボタンが浮き出る仕掛けだ。

 フルフェイスのヘルメットをかぶったコージが、暗がりで背後からOLのセカンド

バックを、原チャリで走りながらひったくった。

「キャーッ、ドロボー!」

 OLの悲鳴がドップラー効果の反響音のように虚しく響いた。

 勝負はOLがクレジット会社に盗難届けを出す間隙だった。

 届けが受理されれば、クレジット会社がカードをクローズしてしまうからだ。

 コージは、ひったくったバックの中身を開け、財布に入っていた現金10,531

円と数枚のクレジットカードを抜いた。

 残った携帯電話や化粧品等は、バックごとドブに捨てた。

 OLが警察とカード会社に盗難届けを出したとしてもタイムラグが生じるはずだ。

 バックごと盗まれたのだ。

 ケータイも一緒に失っているので、プライオリティーから考えて、まず警察に行く

だろう。

 カード会社への連絡は、おそらくその後だ。

 クレジットカードの盗難届けは、警察にその日付と時間と場所の証明書を発行して

もらえば、例え悪用されたとしても保険が適用され、本人の損害は弁済される事にな

っている。

 コージは、現場から少し離れた別のATMで、指紋を残さないようにバンドエイド

を巻いた人差し指で盗んだクレジットカードの残高を照会した。

 暗証番号はメグミからの連絡で分かっている。

 〝3256〟と押した。

 借入金額980,496円で、利用可能金額は1万円と表示された。

 どうやら、ローンをかなり貯めてる多重債務者のようだ。

「ショボイな」

 利用限度額全額を、下ろした。

 他のカードを試したが、ダメだった。

 同じ暗証番号にするほど、間抜けでもあるまい。

 あるいは、連絡を受けたカード会社が取引を緊急停止したかもしれない。

 すでに犯行から7分以上経つのだ。

 いずれにせよ、同じカードで5回以上暗所番号を間違えると防犯上使用不能になる。

 深追いしないのが身のためだ。

 安ラブホテルに泊り、カップ麺で空腹を満たすと、2人は寄り添い獣のようにうず

くまって眠った。

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