sectⅩ 仕込み
船に繋がれた錆びた鎖が見える。
ゴルバチョフ政権のペレストロイカ政策以来、出港した事の無い数隻のロシア船籍
の古びた軍艦が係留されていた。
極東ロシアのこの港町はかつて対日戦想定の軍港として栄えていたが、今はその面
影も薄れていた。
食料品を求めて行列ができるという社会主義体制下には滅多に見られなかった光景
も今や日常化していた。
超インフレによりルーブルはその価値を失い、紙切れ同然だった。
ロシア国民は日に日に下落する自国の通貨を、全く信用しなくなっていた。
物々交換か、かつて敵国の通貨であったドルや円に積極的に替えて蓄えている状態
である。
それでも、外国からの紙幣はニセ札が混じっている可能性もあったので、ロシア国
内での取引における売買は自国通貨であるルーブルでないと信用されなかった。
そんな中、一人の若い日本の男が路地裏にある闇の両替屋で、数百万円分の壱万円
紙幣をクズルーブルと交換していた。
空き缶が転がり、所々アスファルトが壊れ、土がはみ出して雑草がのぞいている軍
用飛行場の滑走路があった。
大空の向こうから軍用ヘリの機影が近づいてくる。
ホバリングするヘリはかなり古い型で、機体のあちこちが錆びていた。
フロントガラス越しに2人の男がぼんやりと見える。
ヘリが着陸した。
先に降りて来たのは軍服を着用したロシア人だった。
OKの手振りをロシア人がすると、機内にいるもう一人の男が様々なスイッチを操
作した。
ローターが停止した。
パイロットが降りて来た。操縦していたのは、コージだった。
コージは、ルーブル紙幣の束をその教官である軍人に手渡した。
北の荒狂う海原を特攻船と呼ばれる密漁船を使って、コージはロシアから礼文島経
由の密航により帰国した。
そして、新千歳空港から本州へと渡った。
『超売れっ子シンガー、河原奈美誘拐の17才・共犯少女。警察医療施設を退院!』
移送されるメグミを隠し撮りした、写真週刊誌のスクープ記事を、コージは機内で
無表情のまま見ていた。
窓から盛岡市の街並みが眼下に見えた。
“MORIOKAという響きがロシア語みたいだった”と、後に女性シンガーソン
グライターが作詞し歌って知られた街だった。
航空が着陸態勢に入った。
岩手県花巻空港。
〝ようこそ、詩情あふれる岩手路へ〟と書かれた地方空港ゲートに、コージは降り
立った。
その足で、東京行きの東北新幹線に乗り継いだ。
豊島区のウィークリーマンションに、コージは潜伏した。
レーザープリンターから省庁再編の名目で、統合されても中身は変わらない役所の
一つである農水省と記された公正証書がプリントアウトされている。
ワンルームの室内にはパソコン・スキャナー・プリンターなど、最新ハイテク機器
が所狭しと置かれていた。
コージは、それらを駆使して様々な偽造書類を作っていたのだ。
モニターには株式市況が映し出されていた。
コージは、ネット上で銀行の架空口座を入手し、一株1円の倒産寸前の会社の株を
買い占めた。
それから、インターネットでバーチャルモール(仮想商店街)にアクセスして、中
古ヘリの情報を探し出した。
小型ヘリの写真にアイコンが止まり、マウスがダブルクリックされる。
詳しいスペックと共に、1,000万円という価格表示が見える。
コージは、取得した株式会社を利用しネットバンキングを使って、購入代金を振り
込んだ。
モニターが切り替わった。
『河原奈美誘拐の17才共犯少女、特等女子少年刑務所へ送致』というインターネ
ット・ニュースが映った。
コージは、画面を二分割にして片側にその刑務所の見取図を検索した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます