sectⅦ カムバック

 タイを飛び立った航空機は名古屋空港に着陸した。

 コージとメグミは、無事にゲートをくぐった。

 他国籍の入国審査に比べて、円高による海外旅行ブームの昨今においては邦人のは

簡単である。

 車窓から富士山が見えてきた。

 2人は、新幹線のグリーン車に乗り換えていた。

「成田にすれば、一発で来れるじゃン。何で、こンな遠回りすンの?」

 メグミが、スナック菓子を食べながら聞いた。

「あの空港のセキュリティは、不法外国人入国者のために、かなりチェックが厳しい

ンだ」

 コージは、缶ビールを飲みながら答えた。

「タイのパスポートの偽造技術がゲロウマとか、イロイロ知ッてるし、アタマいーン

だ」

「今頃、気づいたのかよ」

 コージが、メグミのスナック菓子をつまもうとした。

 一枚しか袋に残っていなかった。

「何だ、最後の一枚か……そー言えば、もー、カネが底を尽いた」

「えーッ! あンだけあッたのにィ」

「オマエの身体を修理するのに、だいぶボられたからな。それと、こッちに戻ッて来

る費用でほとンど使ッちまッた」

「まさか、今夜は公園でノジュク?」

「ベンチで青カンでも、すッか」

「ばか。ナニ言ッてンの」

 メグミが、コージの頭を軽く叩いて言った。

「マジで、ないの?」

「ああ」

「千円札一枚も?」

「ねーよ」

「札一枚とガムテープさえあれば、自販機からおカネ盗めたのに……あーあ、こンな

もン、買うンじゃなかッたァ」

 メグミは、空になった菓子袋を膨らませてパンと割った。

 池袋サンシャインビルにあるハローワークと呼ばれる職安は不景気を反映して大勢

の求職者達であふれていた。

 求職の受付窓口に、年若い男が並んだ。

 コージは、自分と歳が同じくらいのその男の後ろに素早く並んだ。

 若い男の順番になった。

 コージがその真後ろから、係に差し出された男の求職票を盗み見た。

「ねェ、こッちにもッと、いーシゴト見つけたよ」

 タイミングを見計らったように、メグミがコージを呼び止めた。

 コージは、サッと列を離れてその場を去った。

「練馬区3─2─× メゾン中山201」

 エレベーターに向かう途中に、コージはメグミに、そう呟いた。

「中山は、競馬場の中山と同じだ」

「メゾン中山201と…」

 メグミは、コージの話す住所を書き取った。

「名前は、増田 真一。増減の増に」

「ゾーゲンッて?」

「増える減るの増減だ」

「えー、わかンないよ。あたし、漢字まるッきし、知ンないもン」

「あー、もーいー。俺が書く」

 コージが、メグミからメモとペンをもぎ取った。

「早くしねーと、忘れちまうだろーが」

 と、ブツブツ言いながら書き留める。

「暗記力、チョースゴいじゃン」

 コージは、練馬区役所に行き本人になりすまして、〈増田 真一〉の転出届を勝手

に出した。

 そして、新住所を偽名で借りている私設私書箱宛にして、新宿区役所に転入届を出

した。

 さらに健康保険証の交付を受けた。

 コージは、赤の他人の保険証を使って複数のサラ金の無人契約機でカネを借りまく

った。

 アッと言う間に、100万円ほどの現金が手に入った。

「やッぱ、日本はサイコーだ」

 コージは、札束を指で弾きながら言った。

「コージは、おカネのスペシャリストだよネ」

「俺はマネーゲームにかけては、そこらの株屋や総会屋に負けねーンだ」

「マトモに勤めてれば、よかッたじゃン」

「カタギじゃねーから、オマエみてーなドラフト外と、出会ッちまうンだな」

「チョーラッキーじゃン。本命よりダークホースに賭けるコージの性格に、バッチシ

合ッてる」

「ふン、言うね」

 コージは、ID提示に寛容なウイークリーマンションを借りた。

 TVがつけっぱなしになっている一室で、コージとメグミがベッドで激しくセック

スしていた。

「あぁ、いくッ」

 メグミが、絶頂を迎えた。

 コージは、メグミの口に向けて口内射精した。

「うッ」

 そして、鋭い恍惚感を得ながら呻いた。

「ニガーい★」

 メグミは、白い液体を含みながら言った。

 それから、馬乗りになり嫌がるコージにキスを迫った。

「や、やめろ」

 メグミは、コージの鼻をつまんで無理やり唇を重ねる。

「ぶへェ、ゴホゴホ。何すンだ」

 コージは、むせながら白濁した液体を吐き出して言った。

「自分のでしょ」

 メグミが、ケラケラと笑いながら話している時、ぼんやりとTV画面が見えた。

 画面にはCD売上げランキング1位の棒グラフが表示された後、十代の女ヴォーカ

ルのミュージックビデオが映し出されていた。

「オンナの口移しで自分の精液を飲める男ッて、ビックになるッて雑誌に書いてあっ

たよ」

「ッ」

 メグミの冗談とも言える雑学を聞くと同時に、頭の中で何かが閃くのをコージは感

じた。

「どしたの?」

 メグミは、コージの首に両手を回し、しな垂れかかりながらダルそうに聞いた。

「カネづるの打出の小槌を、見つけたのサ」

 そう言うと、コージはモバイルパソコンに向かい出した。

 次の金策を練るために、PDA(携帯情報端末)一式を準備していたのだった。

 孫子の兵法の時代から情報を制する者が戦に勝つのだ。

 闇で仕入れたトバシ電話をつなげたPDAを使って、コージはインターネットにア

クセスした。

 ネットサーフィンをして、TVに映っていたシンガーのホームページにアイコンを

合わせる。

 素早くURLをダブルクリックすると、若い売れっ子プロデューサーと睦まじく並

んでいるオンナの子のプロフィールが映し出された。

【河原奈美(かわはらなみ)、趣味/ドライブ】と書かれた後に、B・W・Hのスリ

ーサイズと血液型などの個人情報が、記載されていた。

 画面をスクロールすると、ライヴスケジュールが映し出された。

 福岡、大阪、名古屋、東京の各ドーム、そして、ラストステージは千葉マリンスタ

ジアムとなっている。

 次に、“2チャンネル”で『河原奈美』と打つと、公衆便所の落書きのような誹謗

中傷のジャンク情報の洪水の中に、【佐藤恵美】という本名を教えるカキコミを見つ

けた。

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