sectⅡ ナンパ
フラッシュがたかれた。
渋谷のゲーセンの一角に、プリント倶楽部・通称“プリクラ”と呼ばれる撮影機械
がある。
女子高生3人組が、嬌声を上げながらピースサインをしたりして、ポーズを取って
いた。
やがて、取出口から彼女達のポーズがそのままシール化されて、プリントアウトさ
れた。
傍らの伝言ボードには、たくさんの女の子の写真が所狭しと貼られている。
各写真の下には、まる文字の手書きメッセージとポケベル番号が掲載されている。
そのボードを、物色するように見ている若い男がいた。
男の眼が、“メグミ”と書かれた茶髪でシャギーヘアの娘のシールに止まった。
男は携帯電話を出して、メグミのポケベル番号をプッシュした。
缶ジュースの自販機に、延長テープがくくり付けられた千円札の半券が吸い込まれ
ていく。
派手なマニキュアの塗られた指先が、品物ボタンのランプを押すと同時に紙幣を引
き抜いて、返却口の釣り銭をまさぐった。
“ピ─,ピ─”
ポケベルのコール音が鳴った。
公衆電話に、裏をテーピングした変造テレカが差し込まれた。
マニキュアを塗られた指先が、液晶画面に表示された番号を押した。
“プルルル、プルルル”
そのコールを、センター街の路地で男が受けた。
「もしもし」
〝……〟
「だれェ?」
〝あたし、メグミ〟
男は、システム手帳を出してアドレスを検索した。
イチイチ、オンナの履歴まで覚えちゃいない。
「メグミ、メグミと」
テレクラやプリクラでアポを取った、モノになりそうなナンパデータリストが、ス
クロールする。
◎アユミ(21才OL)ケータイ030─××2─×4×1
○リエ(19才ナース)家デン03─3×7×─××5×
△ユーコ(27才人妻)PHS050─×××─6969
▲メグミ(コギャル?)ポケベル5×18─××0×
今、コンタクトして来たメグミは▲(黒三角)、競馬の他に競輪や競艇、そしてオ
ートレースにも共通の用語で単穴という印が付けてあった。
特に競馬新聞のデータ密度はハムラビ法典以来、古今東西の記録物の中で随一であ
り、ギネスブックにも公認されているほどの内容量の濃さなのである。
従って、記述されている文字は文章というより記号に近い。
だが、競馬の専門紙はじめスポーツ新聞の競馬欄を含めて、各記号の意味を説明し
ているところは皆無であった。
暗黙の了解である記号の意味が分からなければ、その内容が把握できないのは株の
『四季報』と同じであるため理解できる者だけが利用する暗号である。
◎(にじゅうまる)/本命(ほんめい)1着になる確立が高い。
○(まる)/対抗(たいこう)本命の次のランク。
△(しろさんかく)/連下(れんした)2着止まり。
▲(くろさんかく)or×(ばってん)/単穴(たんあな)人気はないが、いわゆ
るダークホース。
メグミは、ダークホースだった。
「あ、待ッてたよ」
男は、愛想よく言った。
〝よく、プリクラ見て、ナンパすンのォ…〟
「キミみたいに、カワイー子ならね」
〝またァ、みンなにそーゆーンでしょ〟
「ンなコトないよ。トシ、聞いていーい?」
〝17〟
「コギャルかなァ?」
〝プー。いくつ?〟
「俺、19。プータローなら、ヒマじゃン」
〝まァ〟
「ねー、今、どこ」
〝渋谷〟
「会わない?」
〝うーン…〟
「いーじゃン。会おーよ」
〝援助だけど、いーい〟
「いーよ。タワレコ知ッてる?」
〝うン〟
男は、Gショックの腕時計を見た。
1時半を回っている。
「じゃ、2時は?」
〝うン〟
「アムラー系だよね」
〝そー〟
「何か、目印ないかな」
渋谷のコギャルは、当時のほとんどがアムラー化していたので、判別するのが難し
かった。
それでいて、自分こそは個性的だと皆思っていた。
〝シャネルのバック、持ッてる〟
シャネルは今や、女子高生御用達ブランドだ。
「リッチじゃン」
〝そッちは?〟
「ロン毛で、黒のジャケット着て、エアマックスのイエローはいてるよ」
〝オシャレー。キムタク入ッてンだ〟
「俺、相原功治」
男は、名乗った。
〝アイハラ コージ〟
「スッポカスなよ」
〝そッちこそ、バックれンな〟
コージは、電話を切った。
そして、性欲のハケ口の手応えを感じていた。
コージは、その足でサラ金のATMに入った。
融資金額を5万円と指定した。が、残高不足の表示レシートが出てきた。
残高照会をすると、融資限度額は1万円だった。
コージは、各種クレジットカードを使いまくり、ローンでローンを返済するという
自転車操業を繰り返していたのだった。
借金に借金を重ねて、最終的には破産宣告を申請するつもりなのだ。
クレジット破産を裁判所に認めてもらうには、中途半端な金額ではダメなのである。
どう考えても支払能力を超えているという金額にならないと、皆が借金をチャラに
しようと思ってしまう。
住専の不良債権問題が、まさにその例だ。
コージの現在の借入金額は、800万円を超えていた。
1,000万円がボーダーラインだ。
20歳そこそこの人間が、ロクに定職も持たずに返せる額ではないからだ。
非は貸した金融機関にあると、裁判所は判定する。
金利さえ払っておけばすぐに大台に乗る。
問題は毎月の金利をどう工面するかだけである。
毎月の金利さえ支払っていれば、いわゆる金融ブラックリストに載る事はない。
コージが作ったカードは100枚を超えていた。
それでも足りず、住民票を移動しまくり、23区中の役所から生活困窮融資の名目
で金を借り倒した。
最後は街金はおろか闇金と呼ばれる高利貸しにまで手を付けていった。
「くそッ」
コージは、機械から1万円を引き出した。
女をコマすには金がいる。
まず、適当に遊んでメシを食ってという無意味なプロセスに金を使わせないと、カ
ラダを開かない。
相手のココロなどどうでもいいのだ。
女に生理があるように、男にも“溜まる”という生理がある。
性欲を吐き出す事は溜まった小便を排泄するのに似ている。
女のカラダはそのための便所みたいなモノで、恋愛感情と性欲は全くの別物だと、
コージは本気で思っていた。
タワーレコード前で、コージはGショックを見た。
約束の時間はとうに過ぎていた。
空振りかと諦めかけた頃、茶髪のシャギーヘアでミニスカートにアーミールックと
いう安室奈美恵ファッションのメグミが、シャネルのセカンドバックを抱えてやって
来た。
「メグミ、チャン」
コージが、声をかけた。
「うン」
メグミが、答えた。
「ゲロマブじゃン」
コージは、メグミを値踏みするように見ながらも一応褒めた。
女は誰でも褒められる事に飢えているというのは、ナンパ道の定石である。
「あンがと」
メグミは、素っ気無く言った。
最初に、コージはメグミを花屋に連れて行った。
バラのブーケをプレゼントして、点数を稼いだ。
2人は、ゲーセンの“鉄拳2”をファイトし、UFOキャッチャーでミッフィーの
ぬいぐるみをゲットした。
マックでバーガーセットを食った後、カラオケボックスでglobeと安室ナンバ
ー17曲を歌いまくった。
道玄坂、円山町のラブホテルに2人は落ち着いた。
メグミは、枕元のティッシュ箱の下にあるスキンの袋を破りコージのペニスに口で
かぶせた。
「ねえ」
一通りのセックスを終えた直後、メグミが服を着て髪を整えながら言った。
「あン」
コージは、裸でタバコをふかしていた。
「お・こ・づ・か・い」
メグミは、猫なで声で要求した。
「ねーよ」
コージは、突き放すように答えた。
「約束だろ」
メグミの表情が、険しくなった。
「ここに来るまでに、みンな使ッちまッたよ」
「何それ」
「ナンパすンのに、いくら経費かかると思ッてンだ」
「ンなコト、カンケーないじゃン」
「ゲーセン代にカラオケ代にメシ代に交通費。そンで、ホテル代。トーシロの女一人
抱くのにカネまで払うぐれーなら、風俗で抜いたほーが安く上がらァ」
「ちょッと、タダマンする気? ボランティアじゃないよ、あたしは」
コージは、身支度を始めた。
「勝手にブータレてろ。カネ欲しけりゃ、ブルセラにパンツでも売れ」
メグミは、シャネルのバックからスタンガンを取り出した。
電源を入れる。ビリビリと、先が放電している。
メグミは、コージにスタンガンを向けて迫った。
「おい、よせ」
動揺したコージは、タバコを口から落とした。
「払ッてよ」
メグミの顔は、般若のようになっていた。
「わ、分かッた」
コージは、財布から五千円札1枚を出した。
メグミは、財布ごと引ったくって中身をブチまけた。ジャラ銭がこぼれた。
「たッた、こンだけ」
「それやッたら、ホテル代払えねーよ」
「チョームカツク。バカにすンなよな」
メグミは、スタンガンをコージに向けた。
「おい、待てよ。いー考えがある」
コージは、必死で説得した。
「死ネ、早漏ヤロー」
「ホントだ。マタグラ売るより、楽に稼げる方法がある」
コージは、スキを見てメグミの腕をつかんで、スタンガンを叩き落とした。
2人は、取っ組み合った。
「ザケンなよ」
コージは、腕力にモノを言わせて、メグミを押え込んだ。
メグミは、コージの顔に唾を吐きかけた。
「オメー、いー度胸してる。俺と組めば、全身下着までシャネラーに変身できる」
「イーカゲンなコト」
「メグミ。美人局ッて、知ッてるか?」
「ツツモタセ…」
「エロオヤジを、カモるンだ」
「オヤジ狩りでも、すンの」
「俺に任せろッて、カネを100倍にして返すよ」
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