sectⅢ オヤジ狩り
上野アメ横で、コージが靴下に挟んでおいた一万円札を取り出した。
「何だ、あンじゃン。チョーMM→(メチャ死語)」
メグミが、物欲しげに言った。
「コギャルの生足に眼の色変える、そこらのオヤジとは、踏ンでる場数が違うンだよ」
そう言いながらコージは、口ヒゲをたくわえたイラン人から、10万円分の偽造パ
チンコカードを1万円で買った。
その偽造プリペイドカードを使って複数のパチンコ店で玉を出し、換金して元手を
増やした。
見つかれば有印私文書偽造の不正使用で逮捕されるが、客の多いホールで一度に大
量の玉を交換しなければバレにくい。
SM専門ショップに行き、コージは店内を物色した。
手錠・猿ぐつわ・ポラロイドカメラ・そして、セーラー服を買った。
メグミはどこへでも付いて来た。
17歳にして、世の中の汚い部分を全て知っているかのように平然としていた。
ハチ公前、駅の街頭時計が20時過ぎを表示していた。
ルーズソックスをはき、ミッフィーを抱えた制服姿の“なンちゃッて女子高生”に
化けたメグミは、テレクラを使って呼び出した中年のサラリーマンと待ち合わせをし
た。
そして、下見済みのラブホテルに向かった。
部屋に入るなり、中間管理職風のオヤジは、サカリのついた猿のようにメグミに抱
き付いてきた。
「待ッて、シャワー浴びてから」
メグミは、やんわりとエロオヤジをはねのけた。
「おう。そうだな。一緒に入るか、イヒヒ」
オヤジは、下卑た笑いをした。
「ううン。チョー恥ずいから、先に使ッて」
「そうか」
オヤジは、おとなしく浴室に向かった。
メグミは、その隙にバックからコージとトレードした携帯電話を出して、ポケベル
の番号を押した。
〝ピ─、ピー〟
ホテルの出入口近くで、コージが鳴り出したポケベルの液晶画面を見ていた。
『88951』
‘ハヤクコイ’という意味の数字が並んでいた。
タオル一枚で浴室からオヤジが出て来た。
まるで、カラスの行水のように速攻である。
オヤジは、自分の娘と同年代の女を抱くのが待ち遠しいという様子だ。
自分の娘が何処の馬の骨とも分からないチーマーと寝るのを腹立たしく思うのと、
自身が10代の女を抱くのとでは別な思考が働くのだった。
稼いだ身銭を切っているからと、自己許容しているのだ。
オヤジが浮ついた気持ちでいるところに、突然スタンガンをかまされた。
「うわッ」
オヤジは、腰砕けの状態で床にへたばった。
フラフラのまま、口に猿ぐつわをされ、ロープ付きの手錠をはめられた。やったの
は、コージであった。
さらに、下着姿のメグミとのツーショットをポラロイド写真に撮った。
「ううう」
オヤジは、意識朦朧となっていた。
「この写真を、買ッて欲しいンだ」
コージは、オヤジにゆっくりと言い聞かせるように囁いた。
オヤジは、ただウンウン唸っているだけだった。
コージは、オヤジの財布をまさぐった。
現金5万円のほかに各種カード類を抜き取った。
「こンなンじゃ、足ンねーよ。仕方ねー、残りはカードで払ッてもらおーかな」
コージは、オヤジの局部を丸出しにして、パシャパシャと激写した。
「うーうー」
オヤジは、事の重大さに焦り出していた。
「コージ、これ」
メグミが、オヤジの上着から名刺を取り出した。
「ここに、写真送ッてやろーか」
オヤジは、必死に首を振った。
会社にそんな姿態写真をばらまかれたら、自分はクビになる。
OA化が進み、中間管理職のリストラが断行されているご時世に、スキャンダルは
御法度であった。
家のローンも残っているし、娘の学費と将来の婚礼費用、そして、夫婦に残される
老後の不安……新卒でさえ、就職氷河期なのに、中高年の再就職など暗闇の彼方であ
る。
オヤジの脳裏に、馬鹿な事をしてしまったという自責の念が蘇っていた。
「じゃ、暗証番号書けよ」
コージは、ペンとメモ用紙を差し出した。
オヤジは、金で解決できるなら多少無理な額でも応じるつもりだった。
仕事を失うのもそうだが、父親が買春の前科があるとなれば、娘の結婚に悪影響を
及ぼすと思ったのだ。
オヤジは、“8231”と殴り書きした。
「ウソ書いても、すぐバレるからな」
もとより、オヤジはごまかす気など無かったのだが、コージは用心した。
「今度は、逆から左手で書け」
オヤジは、言う通りに“1328”と左手で書いた。
「見張ッてろ」
コージは、メモをひったくり携帯電話とポケベルを交換して一人で部屋を出た。
無人のキャッシュ・ディスペンサーで、コージはボタンを“8231”と、指紋が
付かないようにボールペンの先で押した。
200万円を、引き出す事ができた。コージは、ケータイをかけた。
〝Pi─、Pi─〟
メグミが、ポケベルを見た。
『8906』
‘バックレろ’と表示されている。
メグミは、手錠のキーを出口に置いた。
「ポリにチクッたら、レイプされたッて、うたッちゃうからね」
メグミが、ポラロイド写真を見せながら言った。
「うー、うー」
オヤジは、頼むから返してくれという表情をしていた。
「もー、これッきし、ユスらないから安心して。じゃね、バイビー→(ナチュラル死
語)」
メグミは、灰皿で写真を焼いて部屋を出た。
その晩、オヤジは何事もなかったかのようにいつもの如く帰宅した。
赤坂。
この街には深夜から朝方まで営業している高級ブティックがある。
昼間の人目を避ける芸能人と、夜の商売を営むという客層に合わせた営業形態だっ
た。
その店で、メグミは全身シャネルづくしの買い物をした。
年齢には不釣り合いな額の買い物にも、この店の雇われ女店長は平然としていた。
時流に乗って一発当てたインスタント・シンデレラは、最近では珍しくないからだ
った。
“わ”ナンバーのオープンカーに乗ったコージが、店の前で待っていた。
深夜に首都高を抜けて、湘南までブッ飛ばした。
2人は夜の浜辺で、一本10万円はするピンクのドンペリで乾杯した後、カーセッ
クスしながら朝を迎えた。
メグミが、急に部屋を見たいと言い出した。
女は好きな男の部屋に、犬のように自分の匂いを付けたがる習性を持っている。
コージは、安アパートのキーを差し込んだ。が、合わない。
「やッべェ」
「何?」
「家賃3ヶ月滞納してたから、カギ替えてやがる」
「ダッセー!」
メグミが、はやし立てた。
五ツ星ホテル、今度はラブホではなく一泊17万円のスイートを取った。
この時点で、所持金は底をついていた。
大事に使おうなどとは、はなから思ってはいない。
約200万円を一晩で使い切ったのだ。
まさにアブク銭だった。
スイートルームでする事といったら、決まっていた。
ひたすらセックスした。
性の相性が良かったのかも知れない。
「あ、ヤベ、中出ししちまッた…」
「マジー チョーットォ、そン時はコージ、責任取ッてよね」
この頃、メグミはコージにスキンを要求する事はしなかったのだ。
コージは、メグミの気持ちを知ってか否か一戦終えると、ハーフタイムよろしくタ
バコに火をつけながら競馬新聞を読み出した。
「ガキ死産させりゃ、役所から30万円もらえる」
どんな状況においても、金策には長けているコージだった。
「それ。どーゆーイミよォ」
コージが、灰皿にタバコを置いた。
「6ヶ月ぐらいになッたら、階段から突き落としてやるよ」
この言葉に、メグミがキレた。
「ザケンなッ! このクズヤロー」
メグミが、コージを睨みつけた。
「俺がクズなら、テメェはウリやッてる、カス女だろーが」
2人は、ベッドでプロレスのような乱闘を始めた。
メグミは、爪でコージの頬を思い切り引っ掻いた。
「痛ッ。このー」
コージが、メグミにビンタをくわえた。
「チクショー!」
コージの股間を蹴り上げる、メグミ。
「ぐふッ」
コージは、呻きながらその場にうずくまった。
メグミが、ちょっと心配げに近寄った。
その瞬間、コージが起き上がってメグミの首を絞める。
「ううううう」
メグミが、苦し紛れに手元にあった灰皿をまさぐった。
「パニクリやがッて」
なおもコージは、執拗に首を絞めた。
メグミの顔色が、みるみる青ざめて血の気を失う。
サイドテーブルからメグミの手に当たった灰皿が落ちた。
が、メグミの指には吸いかけのタバコが握られた。
「ぎょえッ」
コージが悲鳴を上げて、メグミの首から手を放した。
メグミは、タバコの火をコージの内股に当てたのだ。
「はあ、はあ、はあ」
メグミは、酸欠を補うように荒い呼吸をした。
「……」
コージは、濡れタオルで火傷を冷やしていた。
長い沈黙が続いた。
「メグミ、家…帰れよ」
コージが、静かに言った。
「あたし…帰るトコなンてない……」
メグミが、ポツリと答えた。
「……」
ホテル代とレンタカー代を支払うと、残金は2千円あるかないかだった。
どこへも行く当ての無いクズとカスは、ドン詰まった。
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