第2話 ダマし討ち

 逃げよう!


 オレは必死に走る……のは無理だった。

 アザラシは地上では腹這いで芋虫のように這って動くしかできない。


 それに対してトドみたいな海獣は、アシカみたいに後ろ足を前に曲げて前足を使って素早く移動してくる。


 うわっ、もう捕まる!


 相手は首を伸ばして大きな口を開け、ガブッと噛みついてきた。


 ぎゃああああ!


 と悲鳴を上げつつも、寸前でドボンッ! とオレは水中に逃れることができた。


 ふうっ、やれやれだぜ……と安心していたが、相手も海獣なのですぐに水中に入ってきた。


「キューーーーッ!(ひええええええ!)」


 グアァッと口を開けて襲いかかってくる相手から、必死に泳いで逃げる。


 そして逃げ回ってるうちに、いつの間にか距離が離れていたことに気がついた。


 水中を泳ぐスピードは、どうやらオレの方が上のようだ。


 相手は前足で漕ぐように泳ぐが、オレは後ろ足を使って身体全体をうねらせて泳ぐからだ。


 それはいいが、せっかくの岩場をヤツに占領されてしまった。


 困った……この辺りで見渡す限り岩場はあそこだけ。


 あとは大海原で陸地も何も見えないのだ。


 泳いでいけば辿り着けるのかもしれんが、やっと泳げるようになったばかりであてもなく彷徨うのは危険すぎる。


 かと言って今のままでもいずれ体力が尽きれば……。


 オレはしばらく水中で過ごして、ヤツが隙を見せるのを待つことにした。



 なかなか隙を見せやがらねえ。


 エサを取るために一時的に岩場を離れることがあっても、オレが近づく気配を感じると速攻で戻ってきて追いかけられる。


 まあ、岩場に上陸できたところで、陸上ではヤツの方が機動力が圧倒的に上なのだ。


 つまり、何とかしてやっつけて追い払うしかない。


 でも体格も圧倒的にヤツが大きい。

 勝てるのは泳ぐスピードくらいか。


 どうすればいいのかと、オレは水面に鼻先を出して呼吸しつつプカプカと漂いながら必死に考え続けた。



 そうして3日間考え続けた。


 さすがにもう限界だ、岩場でゴロンと寝転がってゆっくり休みたい。


 上手くいくなんて保証のないアイデアしか思い浮かばなかったが、思い切ってやることにした。


 これで駄目なら、丁度いいからあのクソアマ女神に文句言いに行ってやるだけだ。



 オレはチャンスを伺う。


 狙い目は、ヤツが食事を終えて岩場で休み始めた頃。


 そしてそれは昼過ぎに訪れた。


 腹いっぱい食って岩場に上がってきたヤツは、比較的平たい場所にその巨体を横たえた。


 それじゃあ、やりますか。


 オレはヤツの反対側から岩場に登る。


 そしてそろりそろりと近づいていく。


 岩場の一番高い所に登り、そこからヤツを見下ろしてやる。



 ようやく到着!

 しかし簡単には思い通りにさせてくれなかった。


「グルアァーーーッ!!」


「キューッ!(ひいいい、怖い!)」


 下で待ち構えていたヤツが大きな口を開けて牙を剥きながら、この海域中に響き渡りそうな咆哮を上げる。


 匂いで既に気づかれていたか。


 オレは両手で頭をかかえて目をつぶる。


 ……いや、これではダメなんだ。

 怖いのを我慢して両目を開け、泣きそうな思いでヤツを見つめ続ける。


「グルル……」


 ヤツの動きが鈍った。


 そう、オレの『潤んだ瞳で見つめ続ける攻撃』が功を奏したのだ。


 異世界転生で何某かのスキルやギフトがもらえるというのはよくある話。


 確証は無かったけど、今のオレの弱々しくも可愛らしい姿なら、こんな風に相手を惑わす能力があっても不思議ではない。


 そう信じたオレのダマし討ちが成功したのだ!


 オレは、ヤツの鼻先に向かって身を投げ出した。


 そして強烈な頭突きをそこに食らわしてやったのだ!


「グワアーーーッ!?」


 不意を突かれたヤツはそのまま水中へと逃れていった。


 オレ自身がアザラシだからよくわかるが、人間よりも優れた嗅覚を持つということは、鼻の周辺の神経はそれなりに敏感なのだ。


 そこを不意打ちされたのだから思わず逃げてしまうのも無理はない。


 だけどこれで終わりじゃない、追撃しないと。


 オレは後を追って水中にドボンと入る。


 ヤツはまだダメージが残っているようだが、態勢を立て直しつつあった。


 でも立ち直らせてなるものか。


 オレはヤツのお腹に突撃して頭突きを食らわせる。


「グオォッ!?」


 ダメージは受けているようだ。


 オレは一旦離れて周囲を高速で泳ぎ、隙を見てお腹への攻撃を繰り返すヒットアンドアウェイ戦法でダメージを与え続ける。


 そうして何回、いや何十回と繰り返した。


 もう頭が痛すぎる!


 限界に達しそうなところだったが、最後に強烈な頭突きを食らわせると、苦悶の表情を浮かべながらヤツはどこかへ行ってしまった。


 とうとう、追い払ったんだ!


 ようやく戻れた岩場で、頭の痛みを癒やしながらオレはゴロンと寝転がって休息を取ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る