サイドストーリー 魔王の欠片
「大変な事になってしまった。神の封印儀式を行う故、聖杭と聖水、封印の箱を今すぐ用意しろ。あと、神結界を行う事が出来る神官5名を各地から呼びよせよ。緊急事態だ」
神官長である私は王宮から神殿へ帰ると神官を呼び集め、遺物が王宮に運び込まれた事を伝える。
神官たちは言い伝えでしかないと思っていたのだろう。皆困惑顔だ。私とてこの歳まで存在自体を忘れておった。
確かに神殿には封印された魔王の欠片は地下深くに存在している。
私でさえ神殿の奥深くへはあまり入れないのだ。地下の最深部には神結界が施されており、何百年、いや千年は過ぎてもなお結界が壊れた事はない。
失われた過去の遺産というべき結界。
どのように結界が維持されているのか長年生きた私でさえ分からないのだ。結界の中に入るには数日間神への祈りを捧げ、精神力を極限まで高めねば入れぬ。今の私達には言い伝えとして残っているが、神の封印の儀式をするには不安が残る。
2週間後、各地の教会や神殿から優秀な神官が集まってきた。
「神官長様、お久しぶりです」
皆が礼をしている。
「あぁ。皆、忙しい所、呼び出してすまんな。魔王の欠片は現在王宮の一室で保管されておる。これから封印を施す。言い伝えでしか残っていない封印だ。かなり厳しい封印となると予想している。心してかかってほしい」
私の一言に一同頭を下げる。
そして封印に使う物を持って王宮へと向かった。
「神官長様、並びに神官様、お待ちしておりました。こちらです」
そういって従者は王宮のとある一室へと私達を案内した。そこは王宮の魔術師棟の地下の一室。普段は魔術師達が研究の為に使っているようだ。
地下ならある程度の魔力の暴走が起こったとしても被害は少ない。神官たちは各自準備に取り掛かっている。皆、優秀な者達だが、初めて行う神の封印に緊張している様子。
しばらくすると陛下と宰相が封印を施した遺物を持って部屋へと入ってきた。
「1週間ぶりだな。この間封印した物を持ってきた。もちろん鑑定も済んでおる。魔術師達は研究材料として欲しがっていたようで残念がっておった。これが調べた結果だ」
陛下はそういって鑑定書と封印している石を渡してきた。鑑定の結果の紙に目を通す。
―通称・魔王の欠片 古代から現存する魔力の破片。
元が生物だったのかは不明。
この世にする魔力の中で最も高濃度の魔力を発する。
放置する事で魔物を集めスタンピードを起こす。
呪術の素材として扱う場合は強力な素材の為使用者にも同様の効果を与える。
摂取した場合、破片の魔力により肉体は滅びる。
魔力の器が大きく辛うじて生き残った場合でも魔力の暴走が起こり、自我が保てず。―
「ふむ。やはり碌でもない代物ですな。ではさっそく封印に取り掛かりましょう。我々は封印中は動く事が出来ません。何が起こるか分かりません。念のためこの国一番の魔術師である陛下にはこの場に残っていただきたいのですが」
陛下は分かっていたように頷いている。そして宰相や従者、騎士達全ての者を下がらせている。
「では陛下、宜しくお願いいたします」
「あぁ、宰相。何かあれば儂がなんとかする。その時は頼んだぞ」
宰相の表情は暗い。
それもそうだろう。
封印時、魔王の欠片は意思があるかのように暴れる場合があると王宮や神殿の書物に書かれている。
簡易な封印では暴れだす事はないがすぐに綻びが出る。
神の封印を行う場合、魔物達は神から逃げるように全ての物が暴れ始めるのだという。
失敗は許されない。
神官たちは黙々と床に紋を書いていく。紋の中央には封印する箱を置き、その中に魔王の欠片を入れた。
「神官長、準備が整いました」
「うむ。では始めよう」
そうして神官と共に神官長は呪文を唱えはじめた。
古代語で読み上げられていく呪文は1語1語口から発する毎に神官達の体に紋を浮かび上がらせ、魔力と精神力を床の紋へ伝わらせていくようだ。そうしてじわじわ紋は光を帯び始める。
どれくらい経ったのだろうか神官達は全身に紋が入ったのだろう体中の紋がゆっくりとだが光を帯びている。それと同時に紋の光は強く発光しはじめる。
「陛下、構えておいてくだされ」
神官長は短くそう言うと、全ての古語の唱詠は祝詞へと変わった。
開かれていた封印の箱がゆっくりと閉まっていくその時、欠片から黒い手のような物が無数に神官達へと伸びてきた。
「これだな。儂が対処しよう」
陛下はそう言うと、風魔法を使い黒い手を切断していく。だが、切ったそばから次々と伸びてくる。何十、何百と。陛下は余すことなく全てを切り落としていく。どれくらい繰り返しただろうか。
ようやく祝詞も終わりを迎えようとしている。黒い手も苦しいのだろう。必死にもがくように暴れ始めた。
「悪しき者よ、神の封印を受け入れよ」
すると、封印の箱が閉じられようとしたその時、全ての黒い手は一斉に陛下へと襲い掛かり、一瞬、攻撃が間に合わなかった。1つの黒い手が陛下の右の腕を掴み、箱の中へと引きずり込もうとしている。
「チッ。儂を道連れにするつもりか。生憎だがまだ孫の顔も見ないうちにお前と共に行く気はない」
陛下は掴まれた腕ごと風魔法で切り落とした。黒い手は切り落とされた腕を掴んだまま箱の中にシュルリと納まり、箱はパタンと閉じた。
「・・・ようやく終わりましたな。陛下、大丈夫でしょうか」
「腕を持っていかれたがな。封印出来て良かった」
神官の1人が扉の外にいた宰相を呼ぶ。他の神官達は床に書かれた紋を全て消していった。
「陛下!ご無事ですか!!」
宰相が腕の無い陛下を見て慌てて駆け寄ってきた。
「ああ。宰相、儂はなんとか無事だ。この通りだが生きてはいるぞ」
「陛下、封印は完了したのでこれから私は神殿へ帰ります。陛下を治療したかったのですが、生憎と私を含め神官達みな魔力が底を突きました。王宮治癒士に治療をお願いします」
「あぁ、勿論だ。神官長、感謝する」
そして神官長達は神殿へと封印した欠片を持って帰っていった。
後日、魔力が回復した後、地下にしっかりと納められたようだ。
「陛下、急いで治療を」
私は護衛達に抱えられて部屋へと戻った。治癒士は魔法で傷口を治してはくれたが腕が元通りになることはない。神官長はまだ魔力の回復中だろう。
全てが終わった後で神殿へ行って生やしてもらうしかないな。
そう思いながら庭でのんびりしていると。
「タナトス様!?どうしたのその腕!?」
「ファルマか。いやな、ちょっとばかり魔物退治に失敗してしまったのだ」
パジャンの街から帰って王宮の一室で療養していたファルマと会った。
「ちょっとみせて」
令嬢達が使う言葉も忘れ、そう言うと、ファルマは【ヒール】を何度も唱え始めた。
するとどうだろう。
腕の根本から違和感を感じ始める。じわじわと腕が生え始めているではないか。
肘の付け根辺りまで腕が生えた時、
「タナトス様、ごめんね。魔力切れを起こしそうだから今日はここまででいいかな」
「ファルマ有難う。ゆっくり休んでおくれ」
そうして儂は神殿へ行かず、ファルマに数日毎に治療をしてもらった。
「タナトス様、手に違和感はないですか?」
手を握ってみたり、魔法を出してみたが違和感なく使えるようだ。
「ファルマ、完治したようだ。有難う。何か礼をせねばな」
「礼だなんて。お義父様が元気になるだけで私は幸せですわ。そうだ、また村に遊びに来て下さいね」
「分かった。そうしよう」
最愛の息子は良い嫁を持てたようで本当に良かった。感慨深いものだなと1人頷いていると、
「陛下、腕も治りましたので執務を再開してほしいのですが」
「宰相、フィンセントに任せれば良いではないか」
「フィンセント殿下はまだ自分の執務で手一杯なのですから。早く復帰していただかないと困ります」
「あー分かった。分かった」
そうしてまた嫌々ながらも執務に追われる日常に戻っていった。
【完】
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