〜コミカライズ記念〜 ある日のこと

「ファルマ、起きてください」

「師匠~まだ眠いよ」


 むにゃむにゃと私は目を擦った。夜も遅い時間に私はホルムス様に起こされる。


「師匠ではありません。まだ寝ぼけていますね」


ホルムス様は私にキスを一つ落とす。


「!!!!」

「ようやく起きましたか。早速ですが出掛けますよ」

「えぇ?まだ夜中ですよ?何処にいくのですか?」


 ホルムス様の準備は既に済んでいる様子。あれだけ朝の苦手なホルムス様が準備を終えるなんて……。


私は急いで飛び起き、生成のシャツと麻のズボンを履いてから急いでリュックにパンを詰めた。


「ホルムス様、準備が出来ました」


家を出て扉の鍵を掛けながら言葉にしている。


「準備が早かったですね。では時間も無いですから急ぎますよ」


 ホルムス様はそう言うと、私をギュッと抱き、魔法で飛び上がった。相変わらずホルムス様の魔法は凄い。この暗闇の中何処を飛んでいるか私にはさっぱり分からない。声を掛けたいけれど、このスピードでは舌を噛んでしまいそうなので黙っているしかない。目を瞑ってただひたすらに着くのを待った。


……しばらく飛んでいたけれど、ふわりとそれまでの風圧が無くなり地面に足が付いた。私は目を開いて辺りを見渡すと……。



「!!!ホルムス様!凄い!凄いね。とっても綺麗。幻想的」


 目の前に広がった光景に私は言葉を失った。森の開けた部分一面に夜光花が光り輝いている。夜光花とは一年のうちに三日ほど花を咲かせるのだけれど、花が咲くのは夜。花粉に魔力が宿るらしく、淡く光るのが特徴なの。その光につられるようにホタルのような虫も飛んでいてとても幻想的な風景になっている。


まるで妖精の国にでも迷い込んだような気分。


「……素敵」


ホルムス様はギュッと私を抱き寄せて耳元で話す。


「間に合って良かった。ここにファルマと二人で来たかった」

「ホルムス様、有難う。私、嬉しい」


私は感動して涙が頬を伝った。なんて素敵なんだろう。嬉しくて、胸が熱くなった。


「……感動している所すみませんが、これを」


そう言って渡されたのは空き瓶。


……空き瓶?


「ホルムス様、こ、これをどうするの?」

「この夜光花の花粉を採取するんです。瓶一杯に」

「え!?」

「ほら、こうやって瓶を花に近づけてポンポンと花を揺らすと花粉が採れるんです。魔力が宿る花粉は貴重ですからね。今度、これを使って魔力回復ポーションを作ってみようかと考えているのです」

「……そ、そうなんだ」


そうよね、そうだよね!


師匠がこんな時間に張り切って起きているなんてそれしか理由が無いよね。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ期待した自分が悲しい。


 私は瓶の蓋を開けて一輪ずつ花粉を採取していく。花ごと採るのは御法度。次の年に咲かなくなるらしい。次に影響が出ない程度の花粉を採取するの。

 

 夜光花は花粉が多いらしくトントンと揺らすだけでも小さじ一杯分の花粉を落としてくれる。そして上品な香りがするの。


ホルムス様の話では普通、採取した花粉は香水の原料にするらしい。王都の貴族令嬢達は挙って付けるほどの香りなのだとか。そして貴重な花らしく高級品。


夜光花はあくまで香りを楽しむ物で口にはしないようだ。基本的に魔力回復が望めるような食べ物は苦い。


この花粉も苦いのかな?


私はこっそりと花粉を指に乗せてペロリと舐めてみた。


……悶絶するほどの苦さ!


口に入れた途端に広がる上品な香り。その後にやってくる猛烈な苦味。そして舌の痺れと共に全身に巡っていく魔力。


これは凄い。色々と凄いよっ!


「し、師匠。これ、ポーションにするの?」

「師匠ではありませんよ、ファルマ。ポーションにする予定ですが?」


ホルムス様は不思議そうにしている。


「これ、苦いよ!苦すぎる。こんなの飲んだら死んじゃう!」

「まぁ、良薬は口に苦し、と言いますからね」

「これ、キャンディにしようよ。そうすれば苦味もマシになるんじゃないかな?」

「それは良い考えですね。魔力ポーションと飴の二種類を作ってみます。魔力ポーションは飲めば一瞬で回復出来ますし、飴ならゆっくり回復するでしょうから」


 緊急の事を考えれば魔力ポーションも必要よね。激マズだけれど手段は選べない時もあるだろうし、ウンウンと頷き納得する。


そうして私達は小鳥たちの声が聞こえる頃には花粉を瓶一杯に採取する事が出来た。


夜光花は日の光を浴びるとそれまで放出していた光は治まり魔力を貯めるらしい。


「ファルマ、そろそろ家に帰りましょうか」

「はい。ホルムス様」


 そうして私達は家へと戻った。夜中に起きて採取をしていたので私はそのままベッドへ入り、眠りについた。


ホルムス様はというと、花粉を長期保存するための処理を行うとかどうとかで調合する部屋に篭っている。


ひと眠りした後、私がご飯の準備をしていると、ホルムス様が微笑みながら私を後ろから抱きしめた。


「どうしたの?」

「いえ、なんとなく。先ほど花粉の処理が終わったんだ。ファルマ、これをどうぞ」


私をパッと離した後、小さな瓶を差し出した。


「ホルムス様、これは?」

「さっき採った夜光花の練香水。魔蜂の蜜蝋で作ってみたんだ」


私は早速蓋を開けて指に少し取り、手首に塗ってみる。


「とっても良い香り。魔蜂の蜜蝋も花の香りがしていたけど、夜光花の香りと一緒になってうっとりしちゃう。嬉しい!ホルムス様、有難う。大切にするね!」

「昨日の夜、ファルマの喜ぶ顔が見れて私も嬉しかった。あの感動を少しでも閉じ込めておきたくて作ってみたのですが、気に入ってもらえて良かったです」


 私は嬉しくなって寝る前に少しだけ付けて寝る様になったの。昼間は駄目。みんなに知られたくないし、森に出て花の香で虫が寄ってくるからね。


そうそう、魔力回復ポーションも試作品が出来たみたい。この間タナトス様が村へ来た時に飲んで驚いていた。色々と、ね。


すぐに城に持って帰って生産に入ると言っていたわ。私達は毎日幸せに過ごしています。

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