第65話

 そして何事もなくパジャンの街を満喫して2日ばかり経った頃。


 目を覚ますと時間はまだ早いようで小鳥が囀っていた。ダンスを終えてからというものホルムス様はより一層私に甘くなったような気がする。


私は嬉しいけれど、まだ恥ずかしさが勝ってしまう。薄っすらと抱いていたホルムス様への気持ちを令嬢達と接して改めて向き合わされた。


 私は気分を変えるためにベッド横の窓を開け放った。小鳥の囀りと遠くに聞こえる波の音。今日もホルムス様と一緒に街へ出かけよう。


そう思って部屋を出ようと扉の前に立った時、窓の方からドサリと音がなったと思い、振り向くとそこには見知らぬ男が2人窓から入って来た。


「誰?」


「おっと、お嬢さん、朝から騒ぐなよ。これからお前を連れて行かなきゃならねぇんだ」


「あーはいはいって一緒に行くわけないでしょう」


「俺たちだってしらねぇよ。ただ連れてこいって言われただけなんだぜ?大人しくしてくれりゃ何にもしねぇから」


 男たちは二人とも仮面を着けていて顔が分からない。そして1人は私を捕らえる為の縄、もう一人は剣をこちらに向けている。


私の魔法では対抗するすべがないわ。スキルを使おうか迷っている時間は全然なかった。


素早く縄で縛られ、目隠しをされてしまった。そして腕輪を嵌められる。


「平民って聞いたから魔力はないんだろうが逃げられるとお前を殺さなくちゃならないからな。それにしてもお前、別嬪だな。運がよけりゃ娼館送りか。まぁそうなれば俺が先に味見してやるよ」


「おい、早く行くぞ」


縄を持った男はヒョイっと私を担ぎ窓から出て何処かへ向かうようだ。腕輪をしているせいかやはり魔法は使えないみたい。でも生活魔法だから縄を火で切るしか思いうかばないし、こんなに手慣れた人達の居る時点で魔法を使っても逃げ切れる自信は全くない。


むしろスキルが使える事が有難い。


 魔法は発現するのを抑える道具があるけれど、スキルは魔法とは違い抑える道具がない。ただし、封印師がいるので害をもたらすスキルは封印して使えなくする。この人達が封印師でなくて良かったよ。


私はそっと念じる【線のように集まりホルムス様の道しるべとなって】すると虫達がザワリと土から這い出し私達の歩いた後を追うように細い1本の線になっていく感覚がする。


上手くいったようだ。あとはホルムス様が気づいてくれるのを祈るばかりだ。


 男たちはスキルに気づく事無く私を俵担ぎをしたまま5分ほど走り、予め準備してあったであろう馬車に投げ込まれた。


何処へ行くのだろう。



しばらくガラガラと道を走る音を聞いていると馬車はガタリと止まった。


「降りるぞ」


男は短くそう声を掛けたかと思うと、私はまた俵担ぎされたままどこかへ移動しているようだ。どうにかして縄が外せないかと動いてみるが大した効果はなかった。縄抜けとか特技があればいいのにってこの時ばかりは思ってしまったわ。


そして何処かの建物に到着したらしい。床に投げられるように置かれた。


「お嬢、連れてきたぜ。報酬を寄こせ」


男の1人がそう口にした。お嬢?依頼主は女か。もしやあの侯爵令嬢?


「あら、早かったわね。しかも朝に誘拐だなんて聞いた事が無いわ。見られていないかしら?見られていたら報酬はあげられないわ」


「はっ、そう言うと思ったぜ。俺のスキルは隠密だ。バレてねえ」


「本当かしら?まぁ、良いわ。これが報酬よ」


侯爵令嬢と思われる声は後ろに控えていた従者に指示を出す。従者はお金が入っているであろう袋を男に渡しているようた。じっとそのやり取りを聞いていると突然、私は腹部に痛みを感じた。どうやら蹴られたらしい。


「あぁ、忌々しい。こんな女の何処がいいのかしら。何の取柄もないただの平民のくせに」


そして何度となく蹴られ、ピンヒールで踏みつけられる。


「おいおい、貴族令嬢がこんなに乱暴とはな」


「あら、偉そうに。いいのよホルムス殿下に見せなければ。この平民はホルムス殿下の最愛だそうよ。全く、忌々しいったらありゃしない!!」


そう言ってまた蹴り始める。


「ホルムス殿下の・・・。だからこんなに別嬪なのか。殿下も隅におけねぇな」


「そうだわ、この女を娼館に売ってきて頂戴。そうしなければ私の気が済まないわ」


「なぁ、その前に俺たちで味見してもいいだろう?」


「ふふっ、良いわよ。知らない男たちに食い荒らされるのを見るもの一興ね」


なんて悪魔な奴なんだ。同じ女と思えないわ。私は恐怖よりも怒りに打ち震える。なんでこんな奴らに。


ホルムス様を待って居られないわ。


自分の貞操の危機がすぐに迫っているもの。私はスキルを解除しすぐに周辺の虫という虫達を呼び寄せる。【今すぐ集まりなさい。私を危険に晒す者たちに襲い掛かれ】と。


 私は目隠ししたままなのでどういう状況なのかは分からない。けれど、縄を持たれてベッドに投げ込まれたのは理解した。


早く、虫達よ、早く。


強く願うしかない。すると、


「キャー。何、この虫。気持ち悪いわ。嫌!!嫌よ。お前たち何とかしなさい!!」


どうやら令嬢は護衛と共に来ていたようで湧いてくる虫達に驚きドタドタと騒ぐ音がする。私を襲おうとした男2人も例外ではない。


次々に襲ってくる虫達に皆動けずに、床に倒れていく音やうめき声をあげている。すると、爆風と共に窓や扉が吹き飛ぶような轟音がした。


「ファルマ!!!!」


「ホルムス様、助けて」


 彼は私の縄を切り、目隠しをとって無事を確認すると強く抱きしめた。


「ふぇぇぇ。怖かったよぉぉぉ」


抱きしめられてほっとしたせいか怒りが恐怖に切り替わった。目隠しを取って改めて周りを見ると、黒く呻いている物体が5個ほどあった。その後ろには何人もの騎士達が詰めかけている。


「ファルマ、怖がらせてすみませんが、スキルを解いて教えて欲しい」


私は急いで虫に解散するように指示をだして解除する。


「あの男2人に攫われたの。そしてあの女が私を蹴ったり、ヒールで踏みつけたりしたの。それに娼館へ売り飛ばせって。でも、その前にその攫った男たちに私を襲えって命令したの。多分後の人はその女の従者と護衛だよ」


私は捲し立てるように話し終わると押し寄せる恐怖で震え、思うように動けずホルムス様に抱きかかえられた。


「もう大丈夫。ここから離れましょう」


そして私はホルムス様に抱かれたまま転移陣へ入り、城の一室へと入った。

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