第64話

 会場に入るとそこかしこから視線が飛んでくる。仕方がないわよね。ホルムス様ほど素敵な人はこの会場に居ないもの。視線を無視して私たちも他の人に混じりダンスを始める。


どうやらホテル主催の舞踏会のダンスは一般人でも楽しめるように踊りやすい曲となっているみたい。安心して私も踊れるわ。


「ホルムス様、舞踏会デビュー出来ましたわ。嬉しいです。これで私も大人の仲間入りですね」


私は微笑んでみせた。


「デビュタント、すみません。私としたことが見過ごしていました。ファルマの晴れの舞台をこのような場所で行ってしまいました。王宮に戻ったらしっかりとやり直しましょう」


「ホルムス様、私はここで十分です。もう平民なのですから。こうしてドレスを着れただけで十分ですわ」


「それでは私の気がすみませんよ。大事なファルマの生涯で一度きりなのですから」


「気持ちだけ受け取りますわ」


 私達は3曲踊った後、休憩スペースへと向かった。すると待ち構えていたようにホルムス様に声を掛けようとする令嬢が何人もいたわ。


「次、私と踊って下さい」


「いえ、私と」


「私に決まっていますわ」


キャアキャアとホルムス様の取り合いとなっている。その中の1人の令嬢が「どいて下さらないかしら」と、私の肩を押してきた。その強さに私は後ろへと倒れそうになったけれど、ホルムス様が腰を支えてくれたので倒れるのを防げた。


普段なら押された所で転ぶ事はないけれど、ダンス用にヒールと重いドレスを着ているために上手くバランスが取れなかったんだよね。


「ホルムス様・・・」


「ファルマ、大丈夫だったかい?さぁ、あっちに行って休憩しよう」


ホルムス様は令嬢達を丸っと無視するらしい。


「ホルムス様、よろしいのですか?」


私は心配になり、聞いてみる。


「何の事ですか?何やら騒がしいので早くあっちへと向かいますよ」


「はい」


ホルムス様は私の腰を抱いたまま、今までに無いほど密着をして休憩スペースへとやってきた。各所に立っている従者に飲み物と軽食を持ってくるように話をしてソファに隣同士で座る。


 こんなにホルムス様と接近した事が無かったせいかドキドキと鼓動が早くなっている事に気づく。先ほどの令嬢達は凝りもせず私達の後ろを付いてきてテーブルを挟んだ向かいに座り始めた。


なんて心臓の強い人達なんだろう。


ホルムス様は彼女達を気にする事無く、いや、意識しているのかとりあえず私との距離が近い。


「ファルマ、これはこの街で取れるナッツだそうですよ」


私の唇にそっとナッツが触れる。


こ、これは、あーんを待っている状態なのだろうか。


私は口を開けるとナッツがそのまま口の中に入ってきた。モグモグゴックン。あまりの出来事に味が分からなかったよ。


「ファルマ美味しいかい?」


「ふぇっ、ほ、ホルムス様お酒を飲んでいらっしゃるのかしら?」


「いや?このグラスだけですが?」


「い、いつもよりきょ、距離が近くて。ドキドキしてナッツの味は分かりません」


「ふふっ。可愛い。はい、あーん」


「ホルムス様、みなさんが見ておりますわ。恥ずかしいです」


「いつもの姿も可愛いが、恥ずかしがるファルマも可愛い。周りを見ずに私だけを見て下さい」


 そっと私の顎に触れ、ホルムス様の方へと顔を向けられる。私は息が掛かるほどの近さに恥ずかしさがこみ上げ視線を下に向ける。


「ふふっ、たまにはこういうのも良いですね」


ホルムス様がいつもになく笑っている気がする。私達のそうしたやり取りを見て敵わないと思ったのか1人、また1人と席を離れていった。


 1人の令嬢だけが私達のやり取りを見ても諦める事が無かったようだ。22、3歳位だろうか。よく見ると先ほど私を押した気の強そうな令嬢だわ。


鋼の心臓の持ち主だね絶対。


 そして反対に私は心をガリガリと削られた気がするのよね。いや、ホルムス様が嫌いではないのよ。むしろ好きだし、一緒に居たいと思うけれど、人前でこんなに甘々な事をされると慎ましやかに生きてきた私の羞恥心が限界を超えそうなのですよ。


いえ、きっと超えてるに違いない。


「ホルムス様、休憩もした事ですし、あと1曲だけ踊って部屋へ戻りませんか?」


「そうですね。ファルマも普段着なれないドレスでは大変でしょうし」


ホルムス様はすくっと立ち上がり私の手を引いて立ち上がらせ、私の腰に手を添えて移動しようとした時、最後まで残った令嬢が歩み寄ってきた。


「お久しぶりです。ホルムス様。私の事をお忘れですか?」


どうやらご令嬢はホルムス様を知っているようだ。


「ホルムス様、お知り合いですか?」


「いえ?誰だか分かりませんが」


えっと、知らないって言ってるけど絶対嘘だよね。何かあるのかしら。私はそれ以上口にするのはいけないかなぁと空気を読んで黙ってみる。


「私、マリーナです。マリーナ・ダリルですわ。私とダンスを踊って下さいませ。それにホルムス様、是非今から我が家にお越しください。家族もずっと待っておりますのよ」


ずっと待っていた??えっと、よくわからないんだけど、何年も待っているの?私の頭の上に?が沢山浮かんでいたと思う。


ホルムス様は私を見てフッと笑っているわ。


「ダリル侯爵令嬢、何を言うかと思えば。私が貴女とダンスを踊る事は無いですよ。私は私の最愛と踊るためだけにここに来たのだから。では失礼」


ホルムス様はダリル嬢の言葉を無視して私とダンスを踊り始める。


「ホルムス様、彼女とは知り合い?ずっと待っていたって言ってたよ」


「あぁ、彼女は私の容姿が好みのようで釣書を送って来た令嬢の1人ですね。私に近づく令嬢を財力で強引に蹴散らすような人なのでファルマも私から離れてはいけませんよ。彼女に何をされるか分かりませんからね」


「分かりました」


ダリル侯爵令嬢って結構怖い人なのね。女の嫉妬って怖いしお近づきにはなりたくないかも。ダンスを終えた私たちはそのまま部屋へと戻る。


ホルムス様はホテルの支配人を呼び出し、私達に会いたいと面会に来る人達がいるだろうが絶対に通すなって話をしていた。ダンスホールでの出来事を見ていたようで支配人は頭を下げてトラブルが無いように護衛を付けてくれるらしい。


王宮侍女達がドレスを脱がせてくれ、質素なワンピースに着替える。どうやらそのままドレスを持って王宮へと戻るらしい。今日の事を陛下にも報告を上げるのだとか。その中にはダリル侯爵令嬢の事も含まれていそうだわ。


「師匠、疲れたね。侍女がきっと食事をしていないでしょうからって軽食を用意してくれたみたい。一緒に食べよう」


「ホルムスですよ、ファルマ」


「えっ、だってあれはあの時だけじゃないの?」


「私はいつあの時だけと?」


師匠は途轍もない笑顔を向けている。


謀られた!


私はホルムス様と一緒に軽食を摂って部屋に戻った。今日は色々ありすぎた。パタッと眠気が襲ってきたのは言うまでもない。

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