第56話

「ここまでくれば大丈夫だろう。一同整列」


 団員達は息を切らす事無く整列している。どうやら荷物もしっかり持っているし、誰一人欠ける事はなかったみたい。私の荷物はなんとレンス殿下に持たせていたようだ。すぐさまフェルナンド団長さんに下ろしてもらい殿下から荷物を受け取る。


「よし、皆無事に帰還出来たようで何よりだ。私達が急いで帰還した理由は後でフェルナンドから知らせる。フェルナンドとファルマ嬢が持ち帰った物を調べるため私とファルマ嬢は急ぎ城へ戻る事になった。皆はゆっくりと休んで疲れを癒して欲しい。以上だ」


レンス殿下の言葉で一同ホッとしながら街へと入って行く。


「さぁ、ファルマ嬢。きっと封印が保たないだろうからすぐに城へ向かうよ」


そうして団員が持っていた予備の結界札を上から新たに貼り付けて私達は邸へ入って従者から荷物を持ってきてもらう。


「レンス王子殿下、ファルマ様お待ちしておりました。城へどうぞ」


従者と共にレンス殿下と私は転移陣の中へと入った。


「おかえりなさい。レンス王子殿下、ファルマ様」


「今、戻った。急いで父上に謁見を。そして神殿へ連絡し、緊急事態のため至急城へ向かうように神官長へ伝えてくれ」


「畏まりました」


私たちは荷物を侍女へ預け、軍服のまま謁見の間へと向かった。



 謁見の間に慌ただしく宰相が入ってきた後、陛下の入場となった。


「レンスよ。突然帰ってきたと思ったらどうしたのだ?儂を謁見の間に呼び出す事が起こったのだろう?」


「陛下、本来ならもう少し滞在する予定だったのですが、本日急ぎ帰還した理由は巡回騎士団のフェルナンドとファルマ嬢が持ち帰った代物です」


「神官長様、ご登城です」


私達の言葉を遮るように従者の声と共に謁見の間の扉が開かれた。


白のローブを纏った長く伸ばした白髭の神官長はどうやら急な呼び出しに機嫌が悪いようだ。


「国王陛下並びにレンス王子殿下、お久しぶりでございますな。急に私を呼び出すなどいかがなされたのでしょうか?」


神官長の口調はきつい。彼は不満を体で表しているかのようにゆっくり歩きながら話をする。


「神官長、お久しぶりです。ちょうど今、説明しようと思っていた所です。まぁ、まず細々とした話をするより現物を見て頂いた方が早い。ファルマ嬢、見せて下さい」


私はリュックから結界の護符が張られた物体を取り出した。今すぐにでも護符の効果が切れそうな感じだわ。既に紙の隙間から微量ながらも魔力が漏れ出ているもの。


陛下をはじめとしたこの部屋に居る者全てこの護符の巻きつけられてた物体を見た瞬間に息を飲んだような気がした。誰もが口を閉ざし、思考が停止したようにその物体に視線をただ向けている。


「レンス殿下、魔力が漏れてるよ!手がビリってする!もう護符が保たないよ!」


私の手の方が先に限界になりそう。たまらずに声を上げる。本当なら陛下が指示を出すまで絶対口を開いてはいけないんだろうけど、無理。私の声で陛下も神官長様もハッっと我に返ったみたい。


「神官長、すぐに見てくれるか?」


「そ、そうですな。まずこの周囲に結界を張りますぞ」


そういうと流石神官長。パッと周囲に厚い結界を張った。私は物体をポイっと置いて結界の外で待機したかった。流石に出来なかったけれど。


「ファルマ、護符を取れるかい?」


陛下が心配そうな雰囲気で指示をする。私が心配なのか、護符を取った物体から溢れる魔力の影響が心配なのか。


私であって欲しいけど!


「台が欲しいです。宰相様、その手元の台をお借りしても宜しいですか?」


「あ、ああ。使っておくれ」


私は宰相様が書類を置くために使っている小さな台を借りて物体を置く。あー手がピリピリよ。まだこれは序の口。護符を取ったら凄く痛いんだから。


私はふぅ、と一息覚悟を決めて護符を剥がした。


 途端に漏れだす魔力。ビリビリ痛いほどに伝わってくる。結界内に居る人達はみんな高魔力持ちだから大丈夫なのだろうけど。私がこの中で一番魔力量は少ないのよ。早く離れたいわ。陛下達は護符を取った後の黒い物体をしげしげと見つめている。流石に手には取らないらしい。


「これは、相当に危険な代物ですな」


「あぁ。こんな物を見たことがない。放置していては危険だ。神官長は知っているか?」


「陛下、私の考えが正しければ、これは遺物、魔王の欠片の可能性も否定出来ません」


「やはりか。儂もそう思う。この漏れ出す魔力。張られた結界も僅かしか保つまい。今、封印は出来そうか?」


「そうですな。やるしかないですな。今は道具も用意していないし、とりあえず応急処置としての封印をするしかなさそうですな」


「あぁ、頼む」


そう言うと神官長は唱詠を始めた。


 長い長い言葉。そして唱えている間に神官長の周りが薄っすらと光を帯びている。とても神々しい。言葉の終わりと共に魔王の欠片に手を翳すと光は欠片を包み込み始める。


欠片の魔力は封印を嫌がるように抵抗しているようにも見える。私は何も出来ないのでただ成り行きを見守るだけ。


10分位掛かっただろうか、ようやく光が欠片を余すことなく包みギュッと押し込めるかのように強く光った後、すっと光が消えた。


そうして欠片には封印の魔法陣が刻まれた。


「ふぅ、終わった。やはりこの欠片を1人で封印しようとするとかなり厳しいですな。魔力の殆どを持っていかれた」


「神官長、助かった。この欠片を鑑定せねばな。どうしようかの。王宮で鑑定してから再度強力な封印をして城に納めるか、神殿の地下へ納めるか」


「大神殿の地下には他の欠片もある。引き取るのが一番ですな。強固な封印を更に掛けるために人と物を用意せねば。数日後にまた城へ来る。それまで預かっておいて欲しいですな」


「ああ、勿論こちらで預かろう。準備が出来次第知らせをくれ」


そう言って陛下と神官長は話を進めていく。神官長はふと私に視線を向けた。


「して、陛下。そこにいる娘っこは誰ですかな?先ほどの欠片を持てる程の者。貴族だと思うが会ったことはなさそうですが」


「あぁ、神官長。彼女の名はファルマ・ヘルクヴィスト。ヘルクヴィスト家の隠された娘だ。親から籍を抜かれ平民となっている。ファルマは優秀でホルムスの嫁だぞ」


「ほぉ、この娘っ子が、か。ホルムス殿下の嫁。ほぉ、ファルマ、少し手を出してごらん」


神官長様は物珍しそうに私を見ているわ。渋々ながら手を神官長様に差し出すと手を取り、魔力を流し始めた。


「!!」


私は驚いて目を見開く。


「ほぉ、これはまた良い魔力をしておるな。ホルムス殿下が気に入る訳だな、ファルマは少し変わった魔法の使い方なのだな。面白い」


魔力を流すだけで分かるなんてこのおじいちゃん凄いかもしれない。


「そうだろう?もう儂の娘だからな、手出しはさせんぞ」


陛下はニヤニヤしながら話している。陛下の中では師匠と結婚するのが当たり前みたいな雰囲気なんだけど。恐れ多いわ。師匠はハンサムで格好いいし、優秀で優しくて私には勿体ないくらいなのに。すると先ほどまで口を閉じていたレンス王子殿下が口を開いた。


「ファルマ嬢はやはり良い魔力を持っていますよね。兄上はいいなぁ。父上、今からでも構いません、ファルマ嬢を我が妃に変更して下さい」


「ほぉ、レンスよ、残念ながらそれは無理な話だ。ホルムスもファルマも相思相愛なのだからなぁ。二人の縁を取り上げたのならポーションも唐揚げもこの世に存在しなくなるぞ?今度新婚旅行に行く予定らしい。儂も付いていこうかと思案中なのだ」


相思相愛!?ひえぇぇ。


それも私の目の前でそんな話をするなんて。恥ずかしすぎる。私は顔を真っ赤にして俯く。レンス殿下は分かって言ったようでクスリと笑っている。


「父上、新婚旅行に付いていくのは野暮というものですよ。それに勝手に仕事を投げ出して出歩かれたら兄上も宰相も困ります。駄目ですからね、絶対に」


レンス殿下の言葉に宰相が頷いている。陛下は相当迷惑を掛けていたようだ。


「ふぉほっほ、興味深いですなぁ。ファルマ嬢、何かあったらいつでも私に連絡を。いつでも待っておりますのでな。では、私はこれで」


神官長様はニコニコ笑顔で神殿へ帰っていった。私も侍女に連れられて部屋へと戻った。そういえば朝食べて以降何にも食べていなかった。もう夕食の時間だわ。今日はこれからどうするんだろう?

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