第55話

「団長さん、あれ物凄く危険な香りがするんだけど」


「流石にファルマも気づいたか。あの黒い物体から魔力が漏れ出ている。詳しくは分からないが、もしかしたらあれが魔王の欠片と呼ばれる物ではないか」


「え?魔王の欠片?あれって遺物だよね?急にここに出てくる物なの?」


「どうだろうな。ただ土に埋まっていたものが何かの拍子で地表に出てきたのかもしれない。土は引っ搔いたような痕があるだろう?小さな獣の類が巣を作るために掘った可能性もある」


黒い物体から漏れだす魔力は凄い。魔物は魔力に引かれて集まって来るのだと思う。そして近くに行けば自我を忘れるほどの魔力酔いを起こしているのかもしれない。


そんな中、私達はどうして平気なのかって?人間も魔力を持っている。私もフェルナンド団長さんも魔力は多いし、魔法を使い日々訓練している状態。魔力を受け流したり、耐性があるのだと思う。


 きっと平民の魔力が少ない人であれば魔力に酔い自我を失ってしまうのだと思う。きっとこれを放置すれば新たな魔物が生まれてくるかもしれないわね。


まぁ、どうやって生まれるのかは分からないけれど、魔王が魔物を生んだのだとされているのだから欠片でも何かしら生まれそうな気もする。


 因みに魔物は魔力が少ないものも多いの。魔王が作った初期の魔物は豊富に持っていたかもしれないけれど、現在は繁殖で増えているので個体差は大いにありそうなのよね。


その辺の謎は解明されていないのよね。


なんせ魔王の欠片なんて殆ど現在残されていないのだもの。王都の神殿の奥深くに封じられているらしいとは聞いたことがある。これはきっと貴重な資料にもなるはずよね。


でもどうやって持ち帰ろう。


このまま素手で触って大丈夫?それに漏れだす魔力に気づいた魔物が追いかけてくるんじゃ?色々な考えが頭をよぎる。かといってここに放置して置くと魔物は魔力に引き寄せられ増えるだろうし、魔物的な何かが生み出されるかもしれない。


そうなれば一刻も早く光属性を持つ人達に封印して貰わないといけない。


「ファルマ、君は生活魔法でも治癒が使えたはず。この物体に結界が張れるか?」


「え?無理だと思うよ?使ったことないし」


もちろんフェルナンド団長さんの質問には即答する。結界って高レベルの魔法だし私には出来るとは思えない。試しにイメージを持って【結界】と唱詠してみたけれど、一瞬手のひらが光っただけでやはり出来なかった。そして私はある事に気づいた。


「団長さん、土に埋まっていた時は魔物達はこんなに集まっていなかったとすれば土か水か何かで包めばいいんじゃない?」


「良い案だな」


 私達は早速欠片を掘り起こされた土に包んでみるが微々たる効果しかなかったようだ。


「ファルマ、ウォーターボールを作ってみてくれ」


「分かった」


私はウォーターボールを手のひらに出すと、事もあろうか団長さんがその欠片をひょいっとウォーターボールの中に投げ込んだ。


するとウォーターボールが震え始める。魔力がウォーターボールを伝わり手のひらに電気が走ったような感覚になった。


「ぎゃー。団長さん!びりびりするよっ。ヤバイヤバイ!」


私は咄嗟に魔法を止めて欠片と共にウォーターボールを地面に落とした。


「団長さん急に何するの。酷いよ。とっても痛かったよ」


「すまんすまん。でもウォーターボールの中に入れている間は殆ど漏れる事は無かったからこれなら運べそうだ」


「え?私が運ぶの?えー」


私はジト目でフェルナンド団長さんを見ると団長さんは目を反らした。


「ファルマ、これを騎士団まで運べば騎士の荷物の中に結界札がある。それなら魔力をある程度封じる事が出来るだろう」


「団長さん、護符を持ってくれば解決でしょう?」


「行き来するにもリスクが増える。それにここで封印したから魔物達は我に返っているだろう。隠密スキルが掛かっているとはいえ洞窟の外に出た瞬間私たちに襲い掛かってくるかもしれないからな。


今、洞窟を出て草むらに入ったらすぐにウォーターボールで魔力を包み、一気に駆け抜ける。


隠密スキルはまだ掛かっているし、その方が退避しやすい。それに俺がファルマを抱えて走るから大丈夫だ」


「えっと私は全然大丈夫じゃない気がするんだけど」


「とにかく、洞窟の入口の草むらまで行ったらファルマはウォーターボールで魔王の欠片を包んでくれ」


えー、なんてむちゃくちゃな。


 確かに団員達を呼ぶとしても数で気づかれてしまう可能性があるし、この魔物の量で殺し合いをしている間をまた行き来するのはリスクが高いわ。でも、だからって私がしなくても。


涙目で抗議するが聞き入れてくれないらしい。


くそう、後でフェルナンド団長さんの食事は肉無しにしてやる。


 仕方なく私は行動に移す。フェルナンド団長さんは洞窟の入口まで進むと身体強化を掛ける。魔法かスキルかは分からないけどゆっくり見ている状況ではないのは確か。


緊張で心臓がバクバクする。こんな爆弾抱えて走る羽目になるとは。


城に帰ったら八つ当たりしてやる。みんなを〆てやるんだから。


 ビリビリする遺物を持ちながらフェルナンド団長さんの合図で洞窟をそっと出て草むらに飛び込みウォーターボールで欠片を包む。


途端に魔物達が我に返ったようで雄たけびを挙げている。フェルナンド団長さんがさっと私を抱えて草むらを飛び出し、ひたすらに走り抜ける。


速い!師匠の風に乗って移動するスピードと遜色ないんじゃないかな。


そして森なので倒木を飛び越えたり、木に隠れたり、避けたりとまっすぐ進んでいないので動きを変えるたびの衝撃が凄い。


そして手が痛い。気を抜くとウォーターボールが消滅してしまいそうになる。


ビリビリと手に電気が走り続けて気を失いそうだわ。どれくらいの時間耐えただろうか。ものの10分位だろうとは思うけれど、体感時間は3時間位よ。


もうだめって何度も思った。


 フェルナンド団長さんに抱えられてふと後ろを振り向くと1体の魔物が鼻息を荒くして付いてきている。


恐怖と痛みに耐え続ける私、頑張れ。


「ファルマ嬢!フェルナンド団長!こっちです!」


誰かが私達に向かって叫んでいる。騎士たちが私達に付いてきた魔物に切りかかっている。


早く、誰か、結界札を・・・。私がちぬわ。


「誰か結界札を!」


 フェルナンド団長さんが叫ぶ。レンス殿下が私の様子に気づいてくれたようでリュックから結界札を出し、渡してくれた。私は魔法を止めて素早く黒い物体を結界札で包む。


なんとかなったみたいだけど、魔力の強さにあまり札がもたないかもしれない。


「一同退却!すぐに街へ戻れ!」


 レンス殿下がそう叫ぶように指示を出す。風魔法で団員全員に伝わったようで魔物を倒した後、走るように街へと退却する。


森の中を迷わずに走り抜けるのって難しいと思うんだけど、そこは巡回騎士団。帰る方向を見失わないような工夫をしているらしい。


 私はというと走っても足手まといなので引き続きフェルナンド団長さんに抱えられている。やはり団長クラスにもなると体力は違うのかな。ボーっと考えながら過ぎ去っていく森を見つめていた。




 どれくらい走り続けていたのだろうか、ようやく街の入口が見えてきた。騎士達はそれほど疲れている様子は無いし、レンス殿下もしっかりと付いてきている。凄いわ。日頃から鍛えている人って違うのね。感心しちゃう。


きっとフェルナンド団長さんにお姫様抱っこされて走る姿だけを見ればご令嬢達は嫉妬の嵐だよね。私には恐怖しかなかったけどね。

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