第45話
騎士や従者が居ないのは師匠みたいに飛んできたとかじゃない、よね?
「陛下、供の者は?」
師匠が訝し気な表情で聞いている。
「おぉ、お忍びだからな。こっそり飛んできたぞ。今頃はフィンセントと宰相が儂の代わりに仕事をしておる。心配しなくても大丈夫だ。ここでは儂は陛下ではなく親父と呼んでくれ」
いやいや勝手に来ちゃまずいでしょう。珍しく師匠の眉がピクピクしている。でも1人で飛んで来たのなら疲れているよねきっと。
私は急いで患者さん用の部屋にタナトス様を案内した。
「タナトス様、ここしかベッドが無いのですみません。疲れたでしょう?すぐお風呂を用意しますね」
「ファルマ、敬語はいらん。ここではホルムスの親父だぞ」
「・・・わかりました。タナトス様、お風呂が出来たら呼びにくるね」
私は早速お風呂の準備をしながら角煮を作り始めた。折角だからいつもとは違う食べ方がいいかな。
「タナトス様、お風呂が出来たよ」
私は風呂場へと案内した。陛下は1人でお風呂は入れるらしい。一安心だ。若い頃は視察や軍と共に遠征に行ってたらしく、自分の事は自分で一通りやっていたのだとか。
陛下がお風呂へ入っている間に服に清浄魔法を掛けて綺麗にしておく。どうやら師匠はタナトス様がお風呂に入っている間に城に知らせを飛ばしたらしい。城の者が迎えに来るのでその間だけ預かっていて欲しいとの事だ。
きっと宰相達はカンカンだよね。本当にあるんだね、こんな事が。
人よりずば抜けて魔力が多いと1人で来れてしまうのね。まぁ、師匠を見てもそうだけど、1人で盗賊団が襲ってきても簡単に退治できちゃうよね。
私はそう思いながら新たに作って貰った蒸し器を使う。タナトス様がお風呂から上がるととっても上機嫌だった。どうやら石鹸がとってもいい香りだったのだとか。それに香り付きチンキ剤を薄めた酢と混ぜ、リンスとして使っていたので、頭皮がサッパリ、髪サラサラで香りも付いてこれはいい!と言っていた。
この家では普通に使っていたのですっかり忘れていたわ。どうやら王宮で使われていなかったようだ。まぁ、石鹸で洗った後、ギッシギシになる。乾いた後にオイルを付けるのが一般的だものね。中々風呂場から出てこなかったのはそのせいか。
その後、タナトス様は師匠の家の中を見て回り、興味深そうにしていた。王様だから庶民の家に入った事なんてないよね。
「師匠、タナトス様、ご飯ができたよー」
私はそう呼ぶと二人ともリビングへとやってきた。今日は過去の記憶を掘り起こして某中華風な街にある角煮バーガーを真似て作ってみた。初めて蒸し器で作った料理。あと、シュウマイっぽいのも作ってみたんだよね。ぽいのはご愛敬。かつ玉にはしなかったよ。ごめんね思い付きで料理を変更してしまいました。
「ファルマ、これはなんていう食べ物ですか?いつもとは違いますね」
「これはね、この間師匠が注文してくれた蒸し器で作ったボアの角煮バーガーとシュウマイっていうの。肉屋さんで買ったお肉の部位はこれが一番かなって思ったんだ。あと野菜スープも作ったから飲んでね。
シュウマイはそのままでも食べれるけど、この醤油と酢のタレに付けて食べると美味しいよ。お酒が飲みたくなるかも」
残念ながら我が家にはワイン以外は置いてないんだけどね。
「ファルマ、これは美味いな。アツアツの料理を食べることも何十年ぶりだが、こんな料理を見たことも食べたこともないぞ。美味い」
「良かった!師匠も美味しい?」
「ええ。ボア肉の臭みが全くないし、ホロホロと口の中で溶けてしまう。このふかふかのパンとの相性もとってもいいですね。美味しいですよ」
「二人のお口に合って良かったよ。初めて作ったからどうかなってちょっと心配だったんだ」
私は野菜スープを飲む。今日の野菜スープも優しい味でとっても美味しいわ。本日も合格。タナトス様は美味しい、美味しいと言いながら角煮バーガーを3つ程食べて野菜スープを飲んでいる。
王宮の食事ってどんな食べ物なのだろう。私のイメージにあるようなフランス料理のフルコースっぽい食べ物なのかな。~若鳥のオーブン焼き クリームソースと共に~ みたいなハイカラな感じなんだよね私のイメージは。でも、どうやってフランス料理のイメージを師匠に伝えればいいか分からないな。
今度、なんちゃってフルコースを作ってみる?あ、でもフルコースがわかんないや。前菜と肉料理か魚料理、パンとデザート。あと2品位あった気がするんだよね。そんな知識しか無い事に気づいた。
まぁ、美味しければそれでいいのよ我が家は。
そして食後のデザートのプリンを出す。師匠はペロリと食べている。タナトス様もここで甘味が食べられると思っていなかったようで喜んで食べている。
「ファルマ、とても美味しかった。ファルマは料理が上手いのだな」
「王宮の料理はどんな物が出されるか分からないけど、私の作る家庭料理を美味しいと言ってくれてよかった」
「王宮でもこんな美味しい物は滅多にでないぞ?なぁ、ホルムスよ」
「・・・そうですね」
師匠はプリンを食べ終わって片づけようと風魔法で皿を浮かせている。そして片づけ終わった後にタナトス様は話を始める。
「ホルムスよ、ようやく王妃を病死に持ち込む事が出来た。もうお前を害する者はいない。王都に戻って来てはくれぬか?」
詳しく話を聞くと、王妃は禁止薬の売買や身寄りのない者を保護という目的で確保し、人身売買を秘密裏に行っていたらしく、闇の組織との繋がりも日に日に色濃くなっていったようだ。
まだ手を染めはじめた頃は実家の公爵の力は強く、もみ消しが行われており、王家としても迂闊に手を出せなかった背景があり、声を上げる事が出来ずにいたのだが、声を上げられない事を良い事に徐々に王妃は手を広げていたようだ。
正妃の後ろ盾となっていた公爵も死去し、息子の代で領地の不正が発覚、そこから徐々に公爵家の影響力を削ぎ落とし、闇の組織を殲滅。残る王宮内の公爵家、王妃派の手の者を排除してきた。
今回のホルムス様の褒賞の件で今までの罪を償わせる事になったのだとか。積もりに積もった罪により王妃は病を発症し、特別な治療を行うみたい。
「私は王都には戻りません。母と暮らしたこの村が気に入っています。それにファルマの料理に敵うものはないし、貴族達の醜い争いに巻き込まれたくもない」
「・・・そうか、なら儂がここに住むしかないな」
え!!?
驚いたのは絶対私だけでは無かった。師匠もタナトス様の言葉に眉を顰めたもの。
「タナトス様って王様だよね?王様辞めちゃうの?」
「王都には王子が3人もいるし、今回の件で儂も引退しても良い頃だろう。フィンセントはもうすぐ20歳だ。それに儂はずっとセリルと二人で暮らしたかったのだ。仮令平民になったとしてもな。それは叶わなかった。だが、ホルムスはここに居る。大事な息子と過ごせなかった時間を少しでも取り戻したいのだ」
タナトス様は少し寂し気な表情で答えた。ここに来るまでに様々な事があったのだろう。
「そんなにすぐに辞められるの?」
「どうであろうな。まぁ今回は騎士達が迎えにくる数日間はここで息子と楽しく過ごす予定だ」
「ふふっ。じゃぁ、お迎えが来るまで楽しく過ごさないとね。偶には息抜きも必要だよね?師匠」
「まぁ、騎士が迎えに来る数日はゆっくりしていくしかない。何にもない村ですからね」
「ホルムス、ここに居る間は親父と呼ぶのだ。長年の儂の夢なのだ」
そうして話をしながら夜は更けていった。
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