第41話 ホルムスside 2

 翌日、街の屋台でパンを頬張ってから城へと登城した。全ての食事に薬が含まれている可能性があるからな。あいつ等ならやりかねない。


「ホルムス様、ご登城いたしました!」


謁見の間の扉が騎士の掛け声と共に開かれる。


 謁見の間では陛下と宰相とヘルクヴィスト伯爵とその娘と思われる令嬢が立っていた。


チッ。こんな所でファルマの家族にあうなんてな。あの娘と結婚させる気か?ありえないな。


「ホルムスよ、よく戻ってきた。昨日はすまなかった」


陛下が一番に告げる。


「ホルムス、この度の活躍王都にも知れ渡っている。ポーションを王宮薬師として更に研究を続けるといい。褒美は王宮薬師としての身分とヘルクヴィスト伯爵家の長女シーラ嬢と婚姻し婿に入る事とする」


 宰相は予め決められていた内容を読み上げるように告げた。もちろん宰相は昨日の食堂で話していた事を知らないのだろう。陛下は前もって宰相に伝えるべきではないのかと思うが自分勝手なあいつらの事だこれ以上考えるだけ無駄だな。


「謹んで辞退申し上げます」


私は微笑みながら礼をする。


「何故だ?栄誉な事だろう」


「私にとって常に命を狙われる王宮に居ることが喜ぶべき事と言っているのですか?はははっ、貴方がたの目は節穴でいらっしゃる」


 宰相は言葉に詰まっている様子。謁見の場で反論されるとは思わなかったのだろう。王妃から常に命を狙われていたことでも思い出したか。それとも権力で押し通せると思っていたのか?


「そしてそこにいるシーラ嬢でしたか、貴女を娶る気は全くない」


「ホルムス様!私ずっとホルムス様の事をお慕いしておりました。薬師として王宮に務める夫を陰日向と支えていきますわ。是非私を妻に迎えて下さいませ」


胸を強調してすり寄ってくる。なんて気持ち悪い令嬢なんだ。本当にファルマの姉なのか?


「陛下、昨日も言いましたが、そもそも私は王家と籍が違うのに勝手に婚姻させようなど可笑しな事ですよね?王太子を差し置いて平民である私の婚姻を、王命を出してまで急ぎ求めるものなのですか?」


陛下は苦しそうな顔をしている。何を考えているのか。どうせ王妃が勝手に王命を出すように仕向けでもしたんだろう。


「既に王妃がヘルクヴィスト家と契約を済ませておったようなのだ」


「私の了解なく、勝手をしてまでヘルクヴィスト家との契約結婚するのであれば、私は次女のファルマ嬢と婚姻いたします。それ以外は受け入れません。ファルマ以外を娶るのであれば契約は無効です。私は今すぐに国外へと行かせてもらう」


どうやらファルマという言葉を聞いて伯爵もシーラ嬢も驚いたようだ。


「し、しかしファルマは・・・先日、病で亡くなっておるのです」


伯爵は慌てて説明する。


「ほう。亡くなった?私が耳にした話とは大分違いますね。彼女のスキルは蟲使い。得意魔法は生活魔法でしたか。ヘルクヴィスト家で長年監禁され、最近山に捨てられたと聞いたのですが?」


「伯爵、その話は本当か?」


陛下の眉間に皺が寄り、伯爵に問う。


「・・・い、いえ、は、はい。ホルムス様の仰る通りです」


伯爵は観念したのか白い顔をして白状しているがシーラ嬢はどこ吹く風のようだ。


「自分の子を疎み追い出すとは、この国の王侯貴族はどこの家もそう変わらないのでしょうね」


 私の嫌味に宰相も押し黙った。母は追い出された。私も命を狙われ続け、結果王都から出る事になった。


こっちはせいせいしているが。


「さて、私への褒美は金貨で結構です。王都に住むつもりもない。ましてや娘を監禁するような家との結婚などありえませんね。宰相様、手続きをお願いします。あぁ、勿論王妃が勝手に行った契約など無効です」


「当たり前だな」


陛下がそう口にすると宰相も同意した。


「承知いたしました」


 少しすると従者が金貨の入った袋を持ってきたので受け取り、サインをする。


「ホルムス、これからポーションの件はどうするのか?」


「さぁ?私は村に戻り研究を続けるだけです。王宮薬師達が連絡を寄こすなら答える位はしましょう」


「そうか」


「ホルムス様!このまま私と婚姻すれば領地でゆっくりと過ごせますわ。婿養子として薬の研究をすればいいではありませんか」


突然割って入ったかと思えば。


「・・・はぁ。ここまで頭が弱いとは。シーラ嬢。先ほどの話を聞いていなかったのですか?この婚姻は無効なのですよ?天変地異が起ころうとも貴女と結婚する気なんて毛頭ないですが。そもそも私と王家は別籍、王妃が好き勝手出来るものではないんですが、ね?


陛下、勝手に人の婚姻が出来るのであれば世の中が混乱しますが、最近国ではそのような法律が出来たのですかね?」


何度もしつこい位に言ってやる。


「そのような法律は勿論無い」


「そうですよね、安心しました。あ、そうそう、私は今の生活に大変満足しております。それを脅かすのであればいつでも国を捨てて出ていきますので。


死亡届が出されたファルマ嬢についても同じですよ、伯爵? では私はこれにて帰ります。王妃陛下が勝手になさった契約、様々な所に影響が出ないと良いですね。では」


 そうして私は念を押し、しっかりと微笑みながら一礼をして扉に向かい歩き出す。


「我が息子よ、後日また連絡する」


陛下は私の背中に向かって静かに声をかけてきたが、私は振り向かずそのまま謁見の間を出た。




 城を出る前に騎士団食堂へと立ち寄る。ファルマがベンヤミンに渡してほしいと言っていたレシピ。


「ベンヤミンは居るかな?」


私はまだ混んでいない食堂へと入り声を掛ける。すると、厨房の奥から1人の男が現れた。


「誰だ?俺を呼ぶのは。!?ホルムス殿下!」


「私は殿下ではないですよ。貴方がベンヤミンですね。ファルマからの預かりものです」


そうして私は何枚かのレシピを渡す。我が家でよく作られている食べ物ばかりだ。あの柔らかいパンもあるな。


「ファルは元気なのでしょうか」


「ええ。元気にしていますよ。ファルマからの伝言で『このレシピでフェルナンド団長さんにご飯を作ってあげて欲しい』だそうです。伝えましたからね」


 ベンヤミンは分かりました、と頷いた。彼なりにファルマの事を心配していたのでしょう。


人たらしな弟子だ。


私は用事も終えたのでさっさと城を出た。ファルマのお土産は何にしようかと悩んだが、コショウと言う商人が勧めてきた香辛料と髪飾りを買って帰る事にした。


一刻も早くファルマの待つ家に帰りたい。

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