第33話 フェルナンド・コークside

 私の名はフェルナンド・コーク。元は伯爵家の次男だが、今は騎士爵を承り団長職に就いている。歳は28歳。私はずっと近衛騎士として務めていたが、ホルムス殿下が市井で見つかってからはホルムス殿下の専属護衛騎士として6年間程仕えていた。彼は元々から王族になりたいとの考えは持っていなかったのにも関わらず、王妃は王位継承権第一位のホルムス殿下が気に入らず刺客を差し向けてきた。


何度私も殿下も命を落としかけたことか。


 そして王族の中でも一番と言っても過言では無いほどの頭脳の持ち主。妾妃より読み書き程度は教わっていたとはいえ、数年で王族が覚える知識やマナーを覚えた上で薬師としての勉強も欠かさず、王宮薬師長と薬の話を対等にしているほどの知識の深さ。感銘を覚えずにはいられない。


もっとも王に相応しい。


だが、王妃はそれを望まない。本人もまた望んでいない様子。



 継承権を放棄した時は私を含めた騎士団、治癒士、薬師などさまざまな所から落胆の声が上がった。議会も揉めに揉めたと聞いた。


そしてホルムス殿下は城を去った。


私はホルムス殿下に付いていこうとしていたが、陛下から待ったの声が掛かり今に至っている。殿下は母君の暮らしていた家で薬師として静かに暮らしていきたいのだとか。私は近衛から希望を出して巡回騎士団へと職場を変更した。ホルムス殿下の命を狙い続けた王妃を守る事は出来ないと思ったからだ。


巡回騎士団は危険が伴うが、騎士として生きてきた中で一番気が楽だと思う。


そして巡回騎士となって3年目。


 ホルムス殿下の住んでいる村に滞在する事となった。殿下は変わらず素晴らしい人物だった。王都に居た時は令嬢達から凄まじい程の人気で沢山の声が掛かったにも関わらず、全く興味を示していなかったし、誰一人近くに置く事もなかった。


 今はファルマという美少女を弟子として傍に置いている。私はファルマに興味を持った。


殿下は何故この少女を自分の傍に置くようになったのかと。


毎日届け物を持ってホルムス様の家へ向かう。


 ある日、ファルマの作ったお昼ご飯を頂く事になった。ホルムス様はいつもこんなにも美味しい料理を食べていたのか。こんなにも美味しい料理は王都でも滅多に食べられないだろう。彼女はシチューやグラタン、ハンバーグという物を夕食として食べていると言っていた。私も食べたくなり、ご飯時にホルムス様の家に自然と向かうようになったのは言うまでもない。


とにかく美味しいのだ。


そして彼女は明るい。


 彼女があははと笑いホルムス様も微笑んでいる。王都では見られなかった笑顔。この村に来て、彼女がホルムス様の傍にいる事が良かったのだろう。このままここで過ごしていたいとさえ思う。



 この村の注意すべき魔物は大体狩ったと思う。団員達とも話し合い、そろそろ次の街に移動するのが決まった。私はこのままここに残りたいと願いを出すが、何故か即却下されてしまう。仕方がない。休みになったらここを訪れよう。そう思っていたんだ。


そして出来事は起こってしまった。




朝のうちに討伐へ出ようと村の外に出ると音が一切しないのだ。鳥の鳴く声、木を揺する動物たちがいない。


「団長、何かおかしいですね」


「ああ、今私も思っていた所だ」


そしてどこか遠くからカサカサと近づいてくる音がした。


「団長、右斜め前方に魔物の群れを発見。蜘蛛の魔物のようです。途轍もない数を引き連れています」


 私も目視出来る程度に敵が迫って来ている。未だかつて見たことの無いほどの蜘蛛の数。一帯が黒く覆われている。これは巡回騎士団が全滅するかもしれない。私の体は珍しく強張りヒヤリと冷たい汗をかく。


「団員、陣を組み固まって攻撃せよ!離れたら敵が襲ってくる。村人に避難するように伝令せよ」


 私はそう指示を出して蜘蛛の群れに切りかかる。1匹1匹自体はとても弱い。中には毒や酸を吐く個体もいるようだが私が体を覆っている簡易結界なら大丈夫なようだ。何匹も何匹も蜘蛛を切り続ける。その間にも団員達は少しずつケガが増え、脱落していく者が現れはじめてきた。


不味い。いつまで保つだろうか。


「団長!治癒士がやられました。下がらせます」


そう言うが、敵が溢れて下がるのにも時間が掛かっている。私は加勢に入り、なんとか治癒士を下がらせたが、至る所に噛み傷があり危険な状態だと見てわかる。


私達ももはやこれまでか・・・。


 団員たちの士気は高いが相手が悪い。この人数で数千はいるであろう蜘蛛の相手は難しい。団員達は魔法が使えるとはいえ、それほど豊富ではないのだ。村人達が避難出来るまでの時間稼ぎが出来ればいい、そう思っていると。


「師匠!危険だ!」


知った声が聞こえた気がした。視線を声のする方に向けるとホルムス様とファルマがいた。『ここは危険だ』そう告げようと思っていると、二人は何やら会話をしている。そしてファルマが片手を胸の前に突き出して何か命令をしているような素振りをしている。


なんという事だ。


 一斉に小さな蜘蛛の動きが止まった。そして蜘蛛たちが一斉に集まり始める。1箇所に集まり柱のようにそびえ立つ。そこにホルムス様は火魔法で一気に蜘蛛たちを焼いていった。あれだけの数をこの短時間で討伐するとは。この二人は凄い。


そう思っていると小さな蜘蛛を操っていた親蜘蛛がホルムス様とファルマを攻撃し始めた。


「殿下、加勢します」


「フェルナンド、殿下ではありません。まず、注意を引いていてください」


咄嗟に出た一言をすぐに訂正してきたホルムス様。私は気にせず蜘蛛の足を狙い何度も攻撃をしていく。親蜘蛛ともなると毒攻撃もあるようだが、私は軽々と避ける。


そしてダメージが蓄積してきたのか親蜘蛛の動きが徐々に遅くなってきている。


「師匠、今動きを止めるね」


 ファルマはそう言うとまたも親蜘蛛に手を翳す。すると蜘蛛は抵抗している素振りを見せているがその場で動けずにいるようだ。そしてホルムス様の魔法で親蜘蛛の息の根が止まった。やはりこの二人は凄い。あれほど苦労して相手をしていた敵を二人で瞬時に終わらせてしまうのだ。


それにしてもファルマのスキルは何だ?


見たことの無いスキルだ。


 疑問は浮かぶばかりだが、私はホルムス様とファルマの後に付いていく。




 先ほどの蜘蛛達からの攻撃でケガをした団員や村人の傷の手当に向かった。どうやらファルマが使う生活魔法の中に力は弱いが治療の魔法があるらしい。


先ほど下がらせた治癒士は瀕死の重症を負っていて薬ではまず助からないだろうと思われる。ファルマの持つ治療スキルはどの程度使えるのだろうか。無いよりはマシ、彼が助からなくても仕方がない思いも少しはあった。


「ファルマ、まず治癒士を治療してあげなさい。貴女の魔法で彼を最優先に治療する方がいいですね」


ホルムス様の一言に頷いたファルマは彼の元に駆け寄り魔法を掛け始めた。何度も何度も。血は止まり、みるみる傷跡も無くなっていく。そして驚いたのは顔の傷だ。彼女は細心の注意を払っているようで時間を掛けて治療している。


 顔の一部を残し治療をとめ、ファルマは魔力切れを起こして倒れこんだ。ホルムス様は彼女を心配してとても怒っている。


「ホルムス様、有難うございます。これで他の団員や村人達の治癒が出来ます」


私はそう言って治癒士に目で合図を送る。彼は額以外綺麗に傷が治っていることに感動していたようだ。すぐに他の団員達の治療に取り掛かろうとしていたが、ホルムス様が声を掛けてきた。


「少し待って下さい。この新しい薬を使ってみてほしい。ポーションというんだ。まだ完成にはほど遠いですが、使ってみてください」


 ホルムス様は団員達で実験しようとしているようだ。ちゃっかりしている気もするが、怪我に効果があるのなら是非試してみたい。治癒士1人では負担が大きいのもまた事実なのだ。


 私はホルムス様からポーションを受け取り、怪我人に直接振りかけていく。どうやらその場でホルムス様が薬瓶に魔力を込めているようだ。すると、どうだろう。治癒士程の効果は無いが怪我人達の傷が浅くなっている。出血も止まっているようだ。内臓などの損傷には服用させろと言っていたが、今回は体の表面を怪我している者が多いので殆ど振りかける事になった。


・・・なんという事だ。これは素晴らしい。


国を、いや世界を揺るがす程の物だろう。


 ホルムス様は『まだまだですね』と言いながら、でも手ごたえを感じている様子。そしてファルマを抱えてさっさと家に帰ってしまった。


団員達にもホルムス様とファルマの事が知れ渡り、救世主だと称える者まで出てきたのは仕方がない。


この日は怪我人の治療に追われ、数日後にようやく村も団員達も落ち着いてきた様子。


「団長、あのファルマという少女、巡回騎士団に迎える事はできないのですか?」


「副団長、それは無理だな。国中の令嬢達が殿下に熱を上げていたのを知っているだろう?その彼女達を丸っと無視していた殿下が常に傍におく少女。そして今回の立役者。スキルも実力も未知数だが、ホルムス殿下が手放すとは思えない」


「なんとか協力して貰いたいものですが」


「・・・そうだな。一応掛け合ってみるが期待はしない方がいいな」


定例の団内会議で副団長に聞かれたが、渋い顔をしつつ私はそう答えるしかなかった。その後、私はまたいつものようにホルムス様の家へと向かった。

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