第26話


「ファルマ、いいお湯でした」


風呂上がりの師匠に私はふと疑問をぶつけてみる。


「ねぇ師匠、この世界にはポーションは無いの?」


師匠は急に真面目な顔をして立ち止まった。何か可笑しな事を言った?


「ファルマ、ちょっとここに座りなさい。少し話をしよう」


師匠にそう促されて私は先ほどまで食事をしていた椅子に座る。師匠がお風呂に入っている間にテーブルはすっかり片づいていた。


「どうしたの?」


「私は曲がりなりにも学生時代は王族としてある程度贅沢な暮らしをしていたんだけれど、ファルマの作る料理は今まで見たことは無かったです。


それに先ほど、『この世界にはポーションは無いの?』と聞きましたがそもそもポーションとは何ですか?そしてファルマ、貴女は一体何者なのでしょう?私は不思議な気持ちで一杯です」


はっ。気づいていなかった。知らない間に墓穴を掘っていたわ。まぁ、そんなに私の知識が役立ちそうな気もしないし大丈夫かな。それに師匠なら悪い様に扱わない気がする。気がするだけだけど。私は姿勢を正して口を開く。


「師匠、この間までの私の名前はファルマ・ヘルクヴィスト。ヘルクヴィスト家の次女として生まれました。が、師匠も知っての通りこの間親から捨てられました。


私はスキルを授かった後、家族から嫌われ、更には自分の部屋をも妹に取られ、居場所の無くなった私は邸の一番端の使用人の部屋で2年間ひっそり暮らしていました。初めてスキルを使ったのをきっかけに前世の記憶を思い出したのです」


「・・・前世?」


「ええ。この世界とは違う暮らし。魔法の無い世界です。文明もこの世界より300年は進んでいたでしょうか。その世界で私は1人の女として生きて生涯を終えました。前世の世界ではこの世界とは違い魔法はおろか魔力も全くない世界でした。


ですが、高度な文明だったため娯楽も豊富だったのです。魔法や魔物といった物は空想上の話。物語のような物と言えばいいでしょうか。空想上の産物なので概念だけはある感じというんでしょうか。


ポーションもその1つで薬草と魔法が1つになったような液体で怪我をすると飲んだり、振りかけたりすればたちどころに怪我が治るという仕様の物です。現実は魔法が使えないので怪我をすると医師が傷口を縫ったり、薬を塗り、化膿しないために薬を飲んだりするんですけどね。


前世では娯楽も発展していたから気づかず、突拍子のない発言になっていたのだと思います。それに私の生活魔法が他の人とどうやら少し違うようなのはきっと前世の知識が影響しているんだと思います」


「なるほど。ファルマがここへ来る時に魔物に襲われた護衛の回復のさせ方が他の治癒士と違ったのはそのせいかもしれませんね」


「多分そうだと思います」


テーブルに置いていたポットに魔法で水を入れて温めてお茶を出す。


「私はファルマの前世での医学についてはもっと詳しく知りたいですね」


師匠は興味を持ったのか前のめりになり聞いてきた。


「師匠、私は田舎の主婦でしかなかったから医学の知識なんて殆どないですよ?学生が教わる一般的な体の作りとか病気の事だってニュースで知ったとかの雑学程度しかないです。お役に立てないと思いますよ」


「いや、基本的な事も300年程度の文明の違いがあるのなら役立つはず」


「そうなんですね。でも、明日でいいですか?お風呂に入って寝たい。まだ12歳の少女には睡眠が必要です」


「・・・分かりました。明日にでも詳しく聞かせて欲しい」


話が長くなりそうだったのでぶった切ってしまった。こればかりは仕方がない。何も言わなければきっと徹夜で講義を行う事になっていたに違いない。私は久々にお風呂に浸かり、気分よくベッドへと入ってそのまま夢の中へと入っていった。





「ファルマ、朝ですよ」


「・・・はっ。師匠!寝過ごしました!?」


朝の強い私が寝坊?と思いきやまだ小鳥が囀る前の時間のようだ。薄っすらと空が明るくなってきている。


「師匠、まだ朝早いですよ。もうちょっと寝かせて」


「もう待てません。昨日の話を詳しく」


・・・そうだった。


師匠はこうなると寝食忘れるほどのめりこむんだった。


 私は眠気眼で朝の準備をして朝食を食べながら簡単に話をする。まず、細菌やウイルスが存在するって話から始まって人の体には血液があって、血液型があって血液型が合えば輸血が出来るんだよ的な話をしたり、人の体は細胞って小さいのから出来てるんだよーって説明したりしたわ。


でもさ、医学の知識なんて本当にないからその辺はあまり突っ込まないで欲しい。師匠はとっても興味深そうに聞いていてメモしていた。時に私にどんな物か紙に書いて説明してほしいと言われたわ。


 私は持てる知識をフル稼働して紙に書いたりしたわ。例えば小学校で使った顕微鏡の説明。凹レンズと凸レンズ。この世界の眼鏡は貴族の一部だけの特権なのだとか。そして実験器具の話は細かく聞かれたわ。でも器具って言ってもシャーレとかピペットとかさ、三角フラスコ、アルコールランプ等の最低限の知識しかない。ごめんね。分銅もあったわね。


 話をしていて師匠の中で思うところがあったみたい。工房へ行く準備をしているわ。師匠の中で何かを刺激したらしい。フラフラと近所の工房へ旅立った師匠。


 そして私は店番をしながら勉強を始める。私の勉強はというとまだまだ簡易な物を覚えている。例えばミントの葉の効能とかね。そういえばミントって湿布代わりにしていたわ。湿布ってまだ見たことがない。


後で師匠に教えておこう。因みにこの世界の薬事情はまだ民間療法の域を出ていない。


 裕福な貴族が我が家レシピのように試していたり、お茶会で情報交換をする事もあるのだとか。師匠は王族であった事から知識を得やすかったのだとか。学院では何を教えていたのかと思うね。


きっととんでも医療に違いない。


因みに師匠はスキルで薬を作る作業をパパっとやってしまうのよね。部屋に器具が無いのはそのせい。部屋で何をしているのか、って?ほぼ材料で埋め尽くされている。広い部屋なのにね。でもこの部屋だけはきっちりと乾燥した薬草達が整理されて置かれている。


私が薬の調合をする時には器具が一式必要となる。当たり前だけどね。


 師匠は近所の工房に無理難題を突きつけたのだと思う。帰って来たのはすでに夕方になっていた。私が店を閉めて夕飯の準備に取り掛かっていると師匠が少し疲れた顔をして椅子に座った。


「師匠おかえりなさーい」


「ただいま。今日の晩御飯は何かな?いい香りですね」


「今日はね、パンとオレンジドレッシングのサラダとチキンのマーマレード焼きだよ」


「楽しみにしてます」

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