第22話

 鳥のさえずりが聞こえるわ。気が付くとベッドで寝ていた。あれ?私は馬車で目を閉じて少しだけ眠っていたような、気がするんだけど?周りを見回してみると本やらなんやらが雑然とベッドの周りを取り囲んでいる。


「気が付きましたか?」


私は声の方を振り向くと師匠が立っていた。


「師匠!ここは?」


「私の家ですよ。少々手狭ではありますが」


「私、師匠のベッドとっちゃってたの?」


「大丈夫ですよ。ファルマの寝ていたのは患者用のベッドですから」


「それにもう朝なの?そんなに私ぐっすり寝てたんだ」


「ファルマは丸3日寝ていました」


「え!?3日!」


私は驚きベッドから飛び起きた。


「大量の魔力とスキルを使ったんだから当たり前ですよ」


師匠はそういってお茶を淹れてくれた。


・・・不味い。


 何だろう、この不味さは。素晴らしいくらいの苦味と渋み。そしてドロッとする程の甘味。これはお茶と呼ぶ代物なのだろうか?患者用と言っていたベッドの周りも本だらけ。


これは、主婦だった時の勘が囁いているわ。


”コイツニ家事ヲヤラセルトマズイ”と。


「師匠、私はもう元気だから大丈夫だよ!それより弟子になったんだから師匠の役に立たないとね!」



 師匠からは無理をしなくてもいいと言われたが、これではかえって私が落ち着かないの!コツコツと自分のベッドの周りから片づけを始める事にした。物を片づける度に清浄魔法を使ったのは言うまでもないわね。埃まみれなんだもん。


一気に部屋の埃を取りたいけど、そこまでまだ清浄魔法を使った事がないから不安なんだよね。初級魔法でも広範囲になるとコントロールがやはり甘いんだと思うの。大切な紙を捨ててしまってはいけないから少しずつ綺麗にしていく。


目覚めてから半日程経っただろうか。患者用の部屋はかなり綺麗になったと思うのよね。


「ファルマお昼ですよ。・・・!!部屋が綺麗に片付いている」


「師匠褒めてもいいよ!頑張った。あと、トイレは速攻で浄化魔法フルに使ったよ。心地よく過ごせるよ」


師匠は綺麗になった部屋を見て驚いている様子。そうでしょう、そうでしょう。やはり心地良く過ごすためには綺麗な部屋がいいもの。


 そういえば先日使った治癒魔法はかすり傷程度なら魔力は殆ど使わなかったけれど、いざ治療となると1回でかなりの魔力を消耗した気がする。


例えるなら清浄魔法の3、4倍といった所かなぁ。でも部屋を掃除する時に清浄魔法を乱発しても全然減った気はしないんだよね。実際はもっと治癒魔法の魔力は消費されてるのかも。効率悪いね。あまり使わないに越したことはなさそう。


 師匠は肉を焼いた物とサラダっぽい物を皿に乗せて、野菜スープっぽい物もテーブルの上に運んでくれた。どうやら師匠も一緒に食べるらしい。山盛りの肉を見て気づいた。山で食べた量では全く足りなかったのね。そして味付けがシンプル。塩のみ。


「師匠、美味しい?」


「え?自分で作る食事は栄養を摂るためだけに食べるものだと解釈していますが?お肉は美味しいかな?」


「お肉は塩味で美味しいけど、スープは薬膳なの?」


「薬膳?」


・・・どうやら違ったようだ。


「師匠は今までどうやってごはんを食べてきたの?」


「普通の食事ですよ?小さい頃は母の手料理を美味しく食べていましたが、学生時代は学食。それ以降は1人で作って食べていましたよ。まぁ、家事は得意ではないですね。1人暮らしをするまで家事は一切したことは無かったですから」


何となくは分かっていたさ。お貴族様だってね。学院に通うほどの金持ちだったら家事なんてしたことが無かったはずだよね。


「師匠、私、家事得意だから任せて!晩御飯から私が作るよ」


「そういってくれると助かります」


師匠はどことなく嬉しそうだ。


 自分の寝る部屋は一応片付いたが、問題はこの部屋以外の部屋だと思う。食事を終えて少しずつキッチンの掃除に取り掛かる。夕食の為に。そうそう、私が今使っている部屋はめったに使わないけれど、患者さんを診るために用意された部屋らしい。


師匠は薬師として薬を売っているのだとか。そしてお店となる部屋、住居部分がその後ろにある。キッチンとリビングがあり、師匠の部屋と薬の調合室、物置部屋3部屋があるようだ。住居部分を含めてかなり広い家だ。


それなのに、診察台のベッドで寝かされるほど物で溢れかえっている住居部分。叫びたくなったのは仕方がない事だと思う。キッチンには使いっぱなしの食器で溢れて汚れも凄かったわ。


ひぃぃぃと恐怖と怒りで叫ばなかっただけでも自分を褒めたい。


即、清浄魔法を使ったのは言うまでもない。


 この世界に黒光りするあいつが存在しないという事実だけがただ、ただ有難い。コツコツ掃除を始めてなんとか調理場だけは確保出来た。


 キッチン横には肉と最低限の野菜が置かれていた。今までどんな生活をしてきたんだろう。いや、きっと興味のある事以外は気にならないタイプに違いない。これから食べるにはちょっと食糧があまりにも少ない。私は調合室にいる師匠に扉の外から声を掛ける。


「師匠、買い物に行ってくるね」


しばらくすると、扉が開かれて師匠が出てきた。


「私も一緒に行きますよ。お金を持っていないでしょう?」


自分の貯めたお金は少なくはないけど、多くもないと思う。ここは一つ師匠に甘えよう。初めての買い物。ウッキウキよ。


ここの村はどんな感じなのかしら。


大きめの村なのは聞いて知っているけれど、寝ている間に師匠の家に移動したからね。



 ここの村は治安はいいらしい。そして師匠はみんなから慕われている事は分かった。道行く人達が師匠を見るたびに声を掛けている。話しかけてきたおばさんによると、師匠の薬は凄いらしくて王都からも薬を求めて人が通ってくるのだとか。


凄い人の弟子になれて良かった。


 そして私達は村の中心となっている通りを歩いて八百屋へとやってきた。トマトやキノコや野菜、卵、小麦、フルーツを買って帰る事にした。次はパン屋に寄ってパンを買う。師匠が荷物を持ってくれている。紳士だわ。


「師匠、重くない?」


「これくらい大丈夫ですよ。風魔法で少し浮かせているからね」


なんという魔力の無駄遣い。魔力が多い人は気にせずに使えるやつですね。人の事はいえないけど。私は荷物を浮き上がらせる程の威力はもちろん出ない。


そよ風で物を乾かす程度。でもいいの。


乾物を作るのには最適でしょう?

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