第21話ホルムス・ラスタールside

 私の名前はホルムス・ラスタール。曲がりなりにもこの国の王族の一員だった。今はこうして薬師として村で働く毎日だ。本来は第一王子ではあった。


 私が生まれる前、没落寸前の男爵家の母に父が一目惚れをしたそうだが、母の家の爵位では正妃になれず、母は愛妾となったのだとか。そして正妃が子供を生む前に母は私を身ごもったため、正妃は怒り狂い母をこの村へと追い出した。


 まぁ、よくある愛憎劇だな。母は文句をいうこと無く、この村に根を下ろし、母子共に慎ましやかに過ごしていたんだ。私が10歳になる頃、母は流行り病に罹り亡くなってしまった。病床の中で母は自分がもう長くないと悟ったようで国王である父にだけ分かる名を使い手紙を送っていたんだ。私の今後を憂いていると。



 すぐさま父はこの村へ私を迎えに来た。


父は私の姿を見るなり、母を思い出し、涙を流していた。そこからは父の願い通り王都に住まいを変え、王族の勉強やマナーなどを教えられた。


 幼い頃から私は母に文字の読み書きや計算を教わっていたので貴族としての最低限はクリア出来ていたのだが王族になるには足りない事の方が多く、それは厳しく果てしない道のりだった。



 そして王都で暮らすようになってから幾度となく正妃からの嫌がらせがあり何度となく命も狙われた。学院へは寮に入った。学院では正妃の力が及んでいなかったようで平和に過ごす事ができた。その間にスキルを磨き、薬学の勉強に勤しんだ。

 


学院を卒業した後、王宮に戻るように父からは言われていたのだが、薬師となり王位継承権を放棄する事と王族籍離脱を願い出たがその場ではうやむやとなった。


 父はどうしても私に後を継がせたかったようだ。私は王族の器では無いことを自覚している。



 ある日、父と正妃、宰相や貴族達がいる公式の場で私は『薬師になる。王位継承権は放棄する、王族籍の離脱をする』と話をした。もちろん正妃は大喜びだ。


父は正妃とは対照でとても寂しそうな表情をしていたのは記憶に新しい。


父には何度も思いとどまるように言われたが、煩わしい貴族で居たくなかった。何故、母を大切だと言っておきながらずっと探し出そうとしなかったのか?私が王妃から毒を盛られても王妃を止める事もしなかったのか?そんな考えが頭をもたげ父を信用できないでいた。


様々な思惑があるのだろうと推測はしているが。


愛は無いと言いつつ正妃との間に生まれた3人の王子もいる。


私の居場所はここではない。


 早々に手続きをして住んでいた元の村へと戻り、薬師として働き始めた。やはり自分の居場所はここなのだと改めて実感する。村の人たちもそんな私を遠目で見ることもなく温かく迎えてくれた。




薬師として4年。


ようやく1人前になった頃、私は依頼のあった薬草を取りに王都近くの山へと出かける事になった。普段から食事は生きるためだけに栄養を取る感じで疎かにする事も多い。山に入ってから適当に草を食べて歩き回り、薬草の採取をしていた。採取も終わり、後は家へ帰る事になったのだが、そこで空腹を覚えた。


仕方がない。山道でしばらく休憩してから家へ帰るとするか。そう思い、魔物除けがされている山道の中に入りゴロリと寝転んでいた。しばらく目を瞑っていると何かがぶつかって来た。


ん?石を投げられた?


そこには滅多に人のこない山道に大きなリュックを背負った女の子が私に向かって石を投げている。どうやら死んでいるか確認しているらしかった。


面白い。


 私はそのまま通り過ぎようとしている女の子の足首を掴み、食事にありつく事ができた。


よく見ると、平民と違い魔力が大きい。魔術師になれそうなほど。私も一応王家の血筋ではあるらしく、魔力も豊富でぼんやりとだが人の魔力が読み取れる。ファルマはとても優しい魔力をしている。けれど、スキルのせいで親に捨てられたのだとか。


魔力量からしても貴族で間違いはないだろう。


この子は自分の傍に置くべきだと私の直感がいっていた。


 ファルマは行く当てもないらしく、薬師に嫌悪感を示す事無く素直に弟子になった。普通の貴族の令嬢は香水や宝石を好み、薬草の匂いを嫌がる子が多かったのだがファルマは薬に興味を示している。そして知識もいくらかはあるようだ。


ふぅ、それにしても久々の食事だった。腹を満たしてファルマを見るとどうやらスキルで蜂蜜を採ってきたようだ。甘い物なんていつぶりだったか。ファルマと共に貴重な薬草探しをしても面白そうだ。




そうして街でファルマの身分証明を手に入れてから村に向かう馬車に乗り込んだ。


しばらく馬車が走った頃、魔物の襲撃にあった。この周辺にはいつも強い魔物も出ないため馬車の護衛で事足りるのだが、今回は違うようだ。


私はファルマを残し、馬車の前方へと出る。馬車に残ったのはファルマと老婆の2人のみ。乗客4人が戦闘に加わった。


 対峙したのはヘルハウンドの群れで普段なら5~10頭の群れで暮らしているのだが、30頭近くが馬車の前方から現れて馬車の周りを取り囲むように動いていた。数が多い。御者や護衛も数匹倒しているが既にケガをしている様子。


 乗客に指示をしながら私は火魔法でヘルハウンドが広がらないように1ヶ所に集めていく。集めた所で一気に魔法攻撃をし、半数は倒すことが出来た。乗客たちは魔力も少ないため剣で切りながらの応戦をしているが徐々にケガをするのが見える。


残り4分の1まで減っただろうか。


 私以外の人を下がらせて一気に見える範囲のヘルハウンドにファイアーボールを打ち込む。バタバタと魔物は倒れていき、ホッと一息をついた。


そしてファルマの事が心配になり急いで馬車の後方へ向かうと、震えながらスキルを使うファルマの姿が見えた。


驚くほどの虫の量。


ここら一帯の全ての虫が呼び出されたのだろう。気づけば5体のヘルハウンドがこと切れていた。


 そして先ほどまで戦っていた護衛が大量の血を流しヘルハウンドの横で倒れている。どうやら私が仕留め損ねた魔物はケガをしている護衛に襲い掛かったのだろう。


自分の未熟さに腹が立つ。


 ファルマは魔物を初めて見たのだろう。そして目の前で人が襲われる事も。カタカタと小刻みに震えているけれど、彼女は自分の事よりも私を心配してくれている。


なるべく安心させるように話をしてから護衛や怪我人の手当をしていく。


 護衛の手当をしたが、傷が深く出血も多い。残念だがこのまま村まで保つかどうか。するとファルマが護衛の治療を買って出た。かすり傷しか治療をしたことがないと言っていた。


かすり傷でも生活魔法の中で治癒魔法が使えるのは珍しい。本来生活魔法は4属性の初歩の初歩しか使えない。多くの者が光も闇も使えないのだが。私は生死を彷徨っている護衛に出来る最大限の治療はした。

 


 ファルマの気が済むならと治療の許可をする。するとどうだろう。本当に小さいが白い光がファルマの指先から出ている。魔力消費も一般的な魔法よりも何倍も掛かっているようだ。


何度も何度も魔法を繰り返していく。何度目のヒールだろうか。それまで浅い息をしていた護衛が落ち着いてきたような気がする。傷ついた目に手を当ててヒールをする姿は聖女のようにも思える。


そしてファルマはヒールを唱え終えやり切ったような表情をしている。


 私が護衛の傷口を確認すると傷口は完全に塞がって新たな皮膚が構築されているようだ。こんな治癒の仕方を私は知らない。


傷つき光を失ったであろう眼球もほぼ完全に再生されているようだ。生活魔法でこんな事が出来てしまうなんて信じられなかった。


 ファルマは魔力が切れたのか、安堵のためか目を閉じると深い眠りについてしまった。



当分起きる事はないだろう。乗客達はファルマの様子を見てみんなが驚いたと同時に心打たれたようだ。まだまだ幼さが残る子供が懸命に怪我人を治療する様子に感じる物があったのだろう。


今はそっと寝かせておこう。


ゆっくりお休み、ファルマ。

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