第20話

「ファルマ、起きて朝ですよ」


え?朝?その言葉に私は飛び起きる。


「師匠、お帰りなさい。晩御飯食べにいくの?」


「何を言ってるのですか。もう朝ですよ。よほど疲れていたのですね、昨日私が帰ってきた時にはもう寝ていて何をしても起きない状態でしたよ。今はもう朝です」


ふえぇ!?


寝すぎた。いくら疲れていたとはいえ、翌日まで寝ていたとは。いや、きっと子供特有の睡眠時間が長いせいだ、そう思いたい。



 私は寝すぎた事にショックを覚えながらも師匠と食事を済ませ、村へ向かうため馬車乗り場へとやってきた。どうやらここから半日行った所に師匠の住んでいる村があるらしい。


村行きの馬車乗り場には数人の人がいるだけで混むことはなさそうだ。中には顔見知りの人もいるらしく、師匠は軽く会釈をしていた。


「師匠、また風魔法でびゅーっと行くのかと思ってました」


「あれは人気のない所でしか使わないですよ。人にぶつかったら大変ですからね」




 そうして時間になり、馬車に乗り込む。あれだけ寝たのに馬車の揺れでまた目を閉じたくなるのは気のせいかしら。雨が降ってもいいように幌のついた馬車はのんびりと村に向かっている。外に見える景色は街を一歩でるとやはり森。ぼんやり外を眺めながら村へと向かう。


「師匠、この付近の森って魔物は出るの?」


「そうですね。偶に出没します。魔物は危険なため遭遇しないように馬車には護符が貼ってありますよ。魔物は護符を嫌って近寄らないはずです。それでも護符を無視して襲い掛かってくる魔物は相当な強さですね」


異世界を自覚してから魔物がいる事は知っていたけれど、実際に遭ったらどうなるんだろう。やはり熊に遭遇する時の恐怖なのかしら。熊って可愛く描かれている事が多いけれど、実際は途轍もなく強いのよね。


鎌や包丁で刺しても弾き返す強さって知ってた?恐ろしいのよね。武器も無いので見たら逃げるしかない。魔物に出会わない事を祈るしかない。


…と思っていたら案の定、馬車は急停車。馬の嘶く声。何があったんだろう。


「魔物だ!魔物が出たぞ!」


御者の大きな声。


「戦える者はいるか?ヘルハウンドの群れが現れた。いつもより数が多い。救援要請を!」


慌ただしく動き出す人々。偶にあるのだろうか。馬車の内に居た村人は戦う準備をして馬車を降りて行った。


「し、師匠」


私は震える声で師匠に掴まる。


「大丈夫。ここに居なさい。私が倒してくるから」


そう言いうとホルムス師匠は馬車を降りて前方に向かっていった。


 馬車に残っているのは私と1人のおばあさんのみ。おばあさんは震える私の肩をそっと抱き寄せて大丈夫、大丈夫と言ってくれる。前方では戦闘が始まったのか掛け声と共に金属音や魔物の唸り声。


恐怖で震えが止まらない。


恐怖で目を閉じてしまいたくなる。


その時、前方の戦闘とは違い、後ろの方でガサリと音がした。私は音のする方を見ると何かを咥えている1匹と4匹の魔物が後ろから回り込み馬車を狙っている。


どうしよう・・・。


でも、ここに居るのは私とお婆さんだけ。お婆さんは寄ってくる魔物に気づいたのか私を庇おうとしてくれている。駄目よ。


私は立ち上がり、スキルを使う。『虫達よ集まれ。魔物を襲え』すると近くにいる虫達がスキルに呼応し、集まってくる。土から這い出てくるもの、歩いて来るもの、飛んでくるもの。


 虫達は次々と魔物に群がり始める。蜂も到着したようで大群が魔物を刺し始めている。目や口に虫たちが入り込む。ヘルハウンドは苦しみはじめ地面をのたうち回る。そして5匹は動かなくなった。


「ファルマ、よくやった」


後ろから声がした。私は振り向いて師匠にしがみつく。


「師匠、師匠、怖かった。私怖かった」


スキル解除をするのも忘れるくらいに。



「ええ、頑張りましたね。まず、スキルを解除しましょうか。皆が驚いてしまうからね」


師匠に言われて虫達に元の場所へ帰るように指示をしてからスキルを解除させる。


「師匠、前の方は大丈夫だった?」


「敵は倒しましたよ。けれど、ケガ人が出ているので応急処置のために荷物を取りにきたのです」


師匠は手早く準備をしている。


「そういえば、後ろのヘルハウンドが何か咥えていたの!」


 私は怖くて何かまで確認出来ないでいたが、師匠は私の頭をポンポンしてから様子を見にいってくれた。しばらくして周りが落ち着いて状況確認を行うとやはり怪我人がいたみたい。


そして私が見たヘルハウンドが咥えていたものはやはり人だったようだ。御者と共にいた護衛の人だとか。


幸いにして命は取り留めたけれど、出血が酷く、師匠の応急手当でなんとか保っている状態で容態は相当に危ないようだ。現在は馬車の中に運びこまれ寝かされている。


「師匠。私、魔法を護衛の人に使ってもいい?少ししか効かないけど、魔力は沢山あるの。気休めでも治してあげたい」


「ファルマは治癒魔法が使えるのでしたね」


「少しだけね?生活魔法しか使えないけど、擦り傷が治せるくらい。きっと私じゃ大した治療は出来ないと思うの。でも目の前で傷ついているなら少しでも助けたいわ」


今まで生きてきた中で大怪我する事なんてなかったしどの程度治せるかなんて全く分からない。


「生活魔法・・・。ファルマ、彼の応急処置は終わったし、気のすむまでやりなさい」


 私は寝ている男の人の元へ行き、清浄魔法を掛けた後、最も包帯が赤く滲んでいる左の肩口に手を当てて、新しい細胞で傷口を塞ぐようなイメージで『ヒール』を唱える。


手から伝わる感触はまだまだ傷口が開いている。『ヒール』、『ヒール』、『ヒール』4回目にしてようやく傷口は塞がった感覚があった。次は腹部。そして右目。


同じように何回も魔法を使って傷口を塞ぐ作業を行う。


 きっと右目は眼球が深く傷ついているのだと思う。私は左目をコピーするイメージで右目にヒールを掛けていく。流石に何度も魔力を使ったので疲労感が凄い。


「師匠、多分終わりました。血は沢山流れているから当分は目を覚まさないかもしれないですが、傷は塞いだので大丈夫だと思う」


 先ほどまで細かく息をしていたのがいつの間にか穏やかになっている。漠然とした感覚でしかないけれど、彼はもう大丈夫だと思う。師匠が包帯を少し取り傷口を確認している。するとすぐに目を大きく見開いて驚いているようだ。


「ファルマ、これは・・・?傷口から新しい皮膚が生まれているように見えますが」


「うん。この人の新しい細胞を作って傷口を塞いだの。どうかなーって思ったけど成功してよかった」


「・・・細胞?」


「難しい話になっちゃうね。師匠、私魔力の使いすぎで疲れちゃった。もうひと眠りしてもいい?」


「えぇ。かなり魔法を使っていたしね。村まで安心して眠りなさい」


私は大きなあくびをして座ったまま目を瞑る。眠くて仕方がない。

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