第15話王宮のお茶会 レンズ王子side

 今日は僕の婚約者を選ぶためのお茶会が開かれる。伯爵家以上で同じ歳の令嬢や令息達が一堂に集まる。兄上には一応婚約者がいるので、僕は今回のお茶会で無理に婚約者を決めなくてもいいらしい。気に入った令嬢がいるといいな。


そういえば、少し前に騎士団の食堂裏に居た彼女。男の子だと思っていたけれど、苺を食べた時に感じた優しい魔力は女の子だった。何か理由があるのだと思った。部屋に戻ってから直接ベンヤミンが苺を届けに来たので彼女の事を聞いてみた。


「ベンヤミン、苺の彼女はいつもベンヤミンの所に来るの?」


ベンヤミンは少し驚いたような顔をしている。


「ファルですか?男だと思っていましたが女の子だったんですね。ファルはちょっとばかり家庭が複雑なようで貴族の子だとは思うんですがね。あまり追及すると来なくなりそうなので深くは聞いていません。


あの子の持ってくる野菜やレシピはとっても素晴らしくて来なくなると困るんですよね。来なくなると騎士たちが暴走するかもしれませんよ?」


男の子だと思っていたのか。騎士たちが暴走?そんなに凄い子なんだ。ますます興味が湧いてくる。きっとまた会えるよね。



 そしてお茶会の当日。


 天気に恵まれたので中庭でのお茶会の会場となった。僕は一番最後に兄上と母上と会場に入る事になっている。どんなご令嬢達がいるんだろう。ちょっとドキドキしながら会場に入る。そこには華やかに彩られたドレスを着た令嬢達や何人かの見知った顔のある令息達が席に座っていた。


その中に交じって1人だけ歳の違う令嬢がいる事に気が付いた。みんなが紳士淑女を真似すべく静かに席に着いているのに彼女だけは足をプラプラと揺らし、お茶を飲んでいる。


「母上、あのご令嬢は?」


「あぁ、あの子はヘルクヴィスト家のエイラ嬢よ。ファルマ嬢がついこの間病死したらしくて、急遽妹がここへ来たらしいわ。可愛い子でしょう?」


ふぅん。あまりマナーも出来ていないようだし近づきたくはないな。そう思っている間にお茶会は開始となった。


 今回参加している子息の中には僕の側近になる令息が数名いる。開始と同時に僕の後ろに回って来てくれているようなのでちょっと安心だね。やはり令嬢達は僕を取り囲むように集まってきた。好きな色は?ご趣味は?食べ物は?と、様々な方向から言葉が飛んでくる。


これだから令嬢達が嫌なんだよね。何だか獲物を狙う猛禽類みたいだし。


けれど僕も王族の端くれ。笑顔でご令嬢達とやり取りを交わしていく。すると、後ろから令嬢達を押しのけるように前へ進み出てきた子がいた。


・・・エイラ嬢だ。


「レンス殿下!他の令嬢達に囲まれて鼻の下が伸びきっているわ。わたしという者がありながら!!」


「・・・えっと、どういう事かな・・・?」


唐突に言われて僕はいまいち理解出来て居なかった。それはきっと後ろに居た側近の令息も僕を取り囲んでいた令嬢達も同じように思ったんだろう。誰もが言葉を発しなかったんだ彼女以外。


「だ・か・ら。将来の王子妃となる私がいるのに、もう側妃選びですか?失礼しちゃうわ!」


・・・。


皆がエイラ嬢に視線を向けているが、彼女は一向に気にしていない様子。その視線の意味も分からないのかな?


「エイラ嬢?今日は貴族同士の親睦を深めたいと思って開いたお茶会なんだよ。そして僕の婚約者は決まっていないんだ」


ニコリと作り笑顔でエイラ嬢にやんわりと釘を刺す。令嬢達もうんうんと頷き、その内の1人の令嬢が会話を始める。


「レンス殿下。私は氷の魔法が得意ですの。まだまだ上手ではありませんが氷で鳥の形が作れますわ」


「氷魔法?それは珍しいね。今度見せて欲しいな」


そう笑いかけると顔を真っ赤にしている。


「私は刺繍が得意ですの」


「私は乗馬ですわ」


令嬢達は先ほどのエイラ嬢の事を忘れてどんどん話をしながらヒートアップしている様子。ここら辺で少し落ち着かせるように話をしようかな。と、思った時。


「レンス殿下!私のスキルは父と同じで精霊使いなの!水魔法だって使えるんだから!」


そう言うと、いきなり精霊召喚を始め、小さなウィンディーネを呼び出した。令息達は走って僕の前に、もちろん側近も僕を隠すように立ちはだかる。令嬢達は後ろへと下がろうとしている。


「レンス殿下!見てください!こうやって水だって出せるんですよ?」


エイラ嬢は自慢するようにウィンディーネに指示をする。


「エイラ・ヘルクヴィストを取り押さえろ!」


護衛の1人が叫ぶと同時に騎士が四方から走り寄って来る。ウィンディーネはエイラ嬢の魔力を取り込み、手のひらからその場に居る全員に向けて雨を降らせた。魔法で降らせた雨は僕にねっとり絡みつくような魔力をしている。


なんて嫌な魔力なんだ。だが、何処かで感じた魔力に似ている。


「キャー!」


令嬢達が水に濡れて叫び、騎士がエイラ嬢を取り押さえた。


「痛い!何するのよ!邪魔しないで!」


取り押さえられて集中力が切れたのかウィンディーネはパッと消え去った。辺りは騒然としている。僕は感じ取った魔力に思考を持っていかれそうになったが、すぐに引き戻した。


「エイラ嬢、君は何も言われて来なかったのかな?」


僕はそっとエイラ嬢の前まで歩いて話す。


「私は、ただレンス殿下に見てもらいたかっただけよ!!」


エイラ嬢は騎士に取り押さえられながらも問題に気づいておらず、憤然としながら騎士に向かって怒鳴っている。すると離れた席で一部始終を見ていた兄上がやってきた。


「ヘルクヴィスト伯爵は娘の教育をしっかりと出来ていないようですね。連行しろ。エイラ嬢はマナーが完璧になるまで王宮へ上がることを禁ずる。この場にいる未来の臣下達には改めてお礼をせねばなりませんね。そしてご令嬢達もこんなに濡れてしまった。今日のお茶会はお開きにしましょう」


兄上がそう言って手をパチンと一叩きするとさっきまで雨に濡れていた髪や洋服が一瞬にして乾いた。


流石兄上。


みんなもその繊細な魔法に感動したのか膝を折っている。


そうして開かれたお茶会は早々に終了した。


 結局母上はあの令嬢に眉を顰めただけで一言も発する事は無かった。僕は自分の部屋で執事が淹れたお茶を飲みながら第一騎士団長からお茶会後の報告を聞いていた。


「・・・報告は以上です」


団長は眉間に皺を寄せいつもより厳しい表情をしている。団長は報告を終えると一礼して部屋を出ていった。


「ダナン、ちょっと調べて欲しいんだけど頼めるかな?」


「どういった内容をお調べしますか?」


「ヘルクヴィスト家を調べて欲しいんだ。気になる事があってね」


「かしこまりました。それにしてもレンス様、珍しいですね。あの家を調べるだなんて」


僕より5つ離れた執事のダナンは心配そうに聞いてくる。


「うん。前にさ、ベンヤミンの所で苺を食べた時に感じた魔力。きっとあの子、ヘルクヴィスト家の子じゃないかなって思ってさ。エイラ嬢の纏っていた魔力が家族?親族かな?近い感じだったんだよね。エイラ嬢と違ってあの子はもっと優しい魔力だったけどね。もしかしたらって思ってさ」


「すぐに調べておきます」


そうしてまたお茶をゆっくりと口にする。




 その後、ヘルクヴィスト伯爵を呼びつけ厳重注意となった。本来なら王宮で使用許可なくスキルはもちろんの事、魔法も使用禁止だがエイラ嬢はためらう事無く使用した。下手をすればその場で首を切られても可笑しくなかった。


だが、エイラ嬢はまだ10歳で神殿でスキルを授かったばかりだったという事を理由に王妃から庇う声もあったため、厳重注意となった。あの場に居た令息達との縁組は今後望めないだろうが。まぁ、仕方がないよね。


それにあの性格ではね・・・。



 数日後。ダナンの報告書によれば、やはりあの子、ファルはヘルクヴィスト家の次女ファルマ嬢だった。神殿で蟲使いのスキルと生活魔法が分かってから家族に疎まれていたようだ。だが、伯爵家に昔から仕えている執事の機転によりファルマは家族から離れて1人で生活をしていたらしい。


そしてたまたま知り合ったベンヤミンに野菜を買い取ってもらい使用人に頼る事無く生活をしていたのだ。どこぞのお茶会に出席するようなか弱い令嬢とは違うようだ。僕はファルマに興味を持ったけれど、先日のお茶会の招待状でヘルクヴィスト伯爵はファルマを殺す決意を固めたようだ。ファルマを逃した執事は優秀だな。


 執事は私たちに情報を流してくれていたが、その後の足取りについては彼女の生死に関わるためそれ以上は口にしなかった。ダナンの調べでもファルマ嬢のその後の足取りは掴めていないようだ。分かったことは捨てられる前にベンヤミンに別れを告げて去ったらしい。


彼女が残していった酒はとても美味らしく、ベンヤミンは大切に保管しているようだ。伯爵の罪を問いたい所だが、使用人達が彼女を守っていた事もあり、家族から暴力を振るわれているわけでもないので罪に問うのは難しいようだ。そして彼女は行方不明のためそれ以上の事を王家が介入し詮索する事も出来ないだろう。


彼女の無事を祈るしかないな。


また会ってみたい、あの優しい魔力に。

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