第16話

 はぁ、ここから1人で歩いて行くのね。リュックは軽いとはいえ、心は重い。ネスが言うにはここから山道を入ってまっすぐ歩くのが一番街に近いのだとか。街まで山を迂回するので子供の足でも1週間以上掛かるらしい。


 幸いな事に山の中の道は整備されているようで見たところ迷うことは無いわ。街や道に関して様々なルートをセバスチャン達は考えてくれていたのだと思うとまた涙が出そうになってくる。ちゃんと街に着かないとね。


ネスが用意してくれた短剣を腰に差して山道を歩いていく。


 この山道はしっかりと魔物除けの杭が打たれているので道を外れない限りは襲って来ないようにはなっている。それでも山道を1人で歩くのは寂しい。自分の気持ちを鼓舞するために歌いながら山道をずんずんと進んでいく。


午前中に山に入ったのはやはり良かった。真夜中に山の中にポイ捨てされていたらと思うと自分は本当に助けられて生きているんだと思う。大体の人は馬車で街道を通るため敢えて山道を行く人はいないようだ。



何時間か歩いたけれど誰とも会うことは無かった。こんな道なら盗賊も出ないだろう。



 そういえば、小学生の時に山登りがあったのを思い出したわ。あれって1クラス40人ほどの人数で6クラスあって今思うと蟻の行列みたいだったな。そして自分のペースで歩けないし、休憩出来ないからとっても疲れて帰る頃にはヘロヘロだった記憶。途中で石に腰かけてお茶飲んだり、頂上でピクニックシート広げてお弁当を食べたわね。


かなり懐かしい記憶だわ。




 そうして自分のペースで歩くこと数時間。日も暮れ始めたわ。魔物除けの杭がぼんやりと淡い光を放ち始めている。夜道を迷わないような仕組みになっているのね。なんて素晴らしい。私は少し広くなっている道の真ん中で、早めに休む事にした。山火事にならないように枯葉をそよ風で飛ばし、地面をさらしだす。そして周辺に落ちている木の枝を拾い集めて火を点ける。


ベンヤミンさんに貰ったベーコンをナイフで切り、枝に刺してから火で炙ってみる。良い香りだわ。


コップに水魔法で水を淹れてパンにベーコンを挟んで食べる。さすが王宮騎士団の食堂で扱っているベーコンだけあってとっても美味しい!欲を言えば野菜が欲しいわ。野菜スープ。


 今日はただ街に着くために歩くことだけを考えていたけれど、明日からは山菜を気にしながら歩くのもいいわね。こうなる事を考えて2年もの間、知識を蓄えていたんだもの。


今、その知識を発揮する時だわ!


でも、ぼんやりとした光があって道は安全とはいえ、夜の闇に聞こえる音には心が折れてしまいそうになる。


風の音や葉の擦れる音、虫の鳴き声。


今は心細さが不安を掻き立ててしまう。


早く寝てしまおう。


 私は枝をくべて火が消えないようにしてから少しでも体温の低下を防ぐようにタオルで体を包んで目を瞑る。パチパチ枝の爆ぜる音が耳に心地よくて、一杯歩いたせいもあってすぐに眠りにつくことが出来た。


翌朝、いつのまにか火が消えていたせいか肌寒さで目が覚めた。この世界には四季は無く、春から初夏のような過ごしやすい気候だ。ただ私の知っている範囲で、だけれど。一部で極寒の地や灼熱の地があるとは本に書かれてあったわ。


 過ごしやすい気候は植物や動物、魔物も過ごしやすいようで皆繁殖力は強い。多少森の伐採や火災が起こってもすぐに元に戻る。そして過ごしやすい気候とはいえ、朝晩はやはり少しは肌寒い。


火を再度起こそうかと思ったけれど、時間も掛かるので魔法でコップに水を出して白湯を作る。焚火をしていた場所に手のひらサイズの石があったようで熱せられていたせいかまだ温かい。クリーン魔法で石を綺麗にしてからその石をお腹に抱え白湯を飲んで温まる。


 朝の森って空気が澄んでいてとても心が穏やかにしっとりと乾いた心を潤してくれる気がする。ほっと朝の余韻に浸りながらパンを少しだけ齧り、出発の準備を始める。


荷物をリュックに詰めて出発。


やはり朝の山は空気が美味しいわ。朝露に濡れる木の葉。



 気分よく歩き始めること数時間。昨日とは違い、色々と植物を気にしながら歩ける程度には心の余裕が出来たのかもしれないわね。道の少し逸れた所に生えているのはドクダミかしら?採ってロープに掛けて干しながら歩くかな。


ドクダミ茶が飲めるわ。私はナイフでドクダミを採取し、腰のロープに引っかけて邪魔にならない程度にしてからまた歩き始める。ギシギシだって見つけたわ。後でお浸しにしてみようかな。若い葉だけ摘むのがポイントよ。


そして山菜だけでなく木の実も見つけたの。近くにいる力強い虫にお願いして実を採って貰った。


あぁ、山の恵って素晴らしい。感動しちゃう。


でも、よく考えると私はまだ家も無い子供。あまり採っても荷物になるし、処理出来ないわ。涙を呑んでまた歩き始める。山の中腹といった所かな。




 それは突然私の目に入ってきた。人が倒れているわ!!遠目から見て動く様子がない。死んでいるの・・・?


どうしよう。死体なんて初めて見たわ。


行倒れ?腐臭もないし。


怖くて震える。


近くに魔物がいるの?


走って逃げればいい?


そんな事を考えつつ、周りをキョロキョロと見回す。どうやら付近に魔物はいないみたい。


落ちている小石を死体に向けて投げつけた。やっぱり動く気配は無いわ。死体はやっぱり死体なのね。


どうしよう・・・。


このまま恐怖でここに留まっていても死体は匂うだけだし、魔物も匂いに釣られて来るかもしれない。意を決して死体の傍を通り抜けよう!


 私はリュックの肩ひもをぐっと握りしめて歩き出した。一歩一歩死体に近づくけれど視線を上に向けて見ないようにしながら進んで行く。ちょうど死体から通り過ぎたとホッとした瞬間、何かが足首を掴んだ。


恐る恐る視線を足首に向けると、そこにはしっかりと足首を掴んでいる死体の手が!


「ぎゃーーーーーーーー!!!」


山に私の悲鳴が木霊したのは言うまでもなかった。

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