第14話

静かに邸に帰り、私は1人部屋を片づけていく。すると、扉をノックする音が聞こえてきた。


「ファルマお嬢様」


私は懐かしい声がしたのでそっと扉を開けるとその人物はさっと部屋へ入ってきた。私の侍女だったネス。彼女の目は赤く腫れあがっている。何処かで大泣きしてきたのだろう。私は持っていたハンカチを水魔法で濡らして目元に当ててあげる。


「どうしたの?ネス。駄目じゃないここに来ちゃ」


「ファルマお嬢様。・・・ううっ」


ハンカチを目に当てたまま、またネスは涙を流している。やはりそういう事だろう。


「大丈夫よネス。私は此処を出る準備をしておいたんだもの。1人で暮らしていけるように準備する時間があっただけ助かったわ。それにみんなのおかげでお小遣いだって稼いでいたのよ?」


「ですがっ。お嬢様はまだ12歳ですっ」


ネスは私の侍女を外されてからずっと心配してくれていたようだ。彼女は今年19歳になる。家族はいるのだが、歳の離れた弟が病気の為、早いうちから伯爵家の侍女として働きに出ている。とってもしっかり者のお姉さんとしていつも私は甘えていたっけ。


「ねぇ、ネス。貴方が来たって事は私は明日にはここから追い出されるのかしら?」


「・・・お嬢様。明日の朝食後にセバスチャンさんが縄で括りそのまま馬車へ乗せ、お嬢様は王都の南の森へ運ばれるそうです」


「分かったわ。覚悟は出来ているし、大丈夫よ。それに必要な荷物はこのリュックに詰め込んであるわ。あぁ、籠の重さを無くす護符をリュックに貼り替え忘れていたわ」


私は部屋の隅に用意してあるリュックを指さす。中身は最低限の洋服と麹と醤油とベンヤミンさんに貰った吊るしベーコンが入っている。


「お嬢様、明日は旦那様達の前で引きずられて行くかもしれません。リュックを持ち出す事が難しいと思うので私が先に預からせて頂きますね。先に馬車に積んでおきます。私にはそれくらいしか出来ないですが」


「ううん。そう思ってくれるだけで嬉しいわ。有難う。ネス、お願いがあるの」


「お願いとは何ですか?」


「私の髪を短く切ってほしいの。ほらっ、これから森を抜けて街に行くのに女の子の恰好では困るでしょう?」


そう言うと涙が止まっていたネスがまた泣き始めた。


「お、お嬢様ぁ。女性の大切な髪を切らないといけないなんて」


「大丈夫よ。短くたって全然構わないわ」


今は外へ出るときは三つ編みをして帽子に入れ込んだスタイルだけど、短くなれば気にしなくていいし。前世だって大人になってからベリーショートだったし、何の問題もないわ。私はネスを説得して髪を短く切って貰った。


「ネス、有難う。長い時間引き止めちゃってごめんね」


「お嬢様、どうか街までの無事をお祈りしております」


そうして目の腫れたネスは私のリュックを持ってそっと部屋から出て行った。とうとう明日にはこの邸から出される。様々な思いが複雑に絡まった感じだけど、こればかりは仕方がないわ。


今は明日からの事を考えるしかない。


そうして私はいつもより早くにベッドへ入った。




 翌日、やはりネスが言っていたように朝食後に突然扉が開かれた。そこには父の姿。後ろにはセバスチャンと従者が2人程立っていた。


「なんですか?突然部屋に入ってきて。貴族とは呼び難いですね、お父様」


父は眉を顰めて不快な表情をしたが、そのままニヤリと歪に口角を上げた。


「はっ。お前に父と呼ばれたくないわ。お前は一族の恥だ。喜べ!今からお前は病死となる。第2王子の婚約者選びであるお茶会にはお前の代わりに精霊使いのエイラが出席する。栄誉な事だろう?喜べ」


「まぁ、お父様、恥だなんて。きっと後悔しますわ。たかがスキルで子供を殺そうとしているなんて器量の狭い伯爵様だこと。その優しさに涙が出そうですわ。エイラが最後まで会場に留まれる事を陰から願っておりますわ」


「うるさいやつだ!セバスチャン連れていけ!!」


父がそう言うとセバスチャンと従者達が私の前へ出て私を押さえると後ろ手に縄を掛けて歩くように促す。


「はっ。お前なんて死んでしまえ。間違っても戻ってくるなよ。この邸を血で汚したくないからな。ここで殺さないだけ有難く思え!」


「まぁ、実の父親が娘に対して酷い暴言ですわね。子殺しを肯定するなんて。たかがスキルで。なんと嘆かわしい。ヘルクヴィスト家がこの先も栄えますように、お祈りしておきますわ。ではセバスチャン連れて行って下さい」


 私は前を向いて凛とした姿勢のままセバスチャンと共に歩きだした。父は泣いて縋る私を見たかったのか悔しそうな顔をしている。そうして玄関を出ようとしている時にエイラが階段上から声を掛けてきた。


「可哀そうなお姉さま。さようなら、お姉さまの分も私が幸せになってあげるわ。感謝して頂戴」


私が捨てられる事が嬉しいのか、それはそれは大層楽しそうに話をしている。


「あら、とても嬉しそうね。そんなに家族が死ぬのが嬉しいのかしら。まぁ、私の分まで貴族として幸せになったらいいんじゃないかしら。じゃあね」


「もう、家族じゃなくなるでしょうから。さよなら平民のファルマ!あっはっは」


エイラは可笑しそうに笑っているけれど、私は玄関前に止められた家紋の無い馬車に乗り込んだ。


 セバスチャンは私が乗り込むと無言のまま縄を緩めてから扉を閉めた。セバスチャン、ごめんね。こんなことをさせてしまって。私は窓越しにセバスチャンを見て頷く。馬車はセバスチャンの合図で動き始めた。今まで有難うと心の中で思いながらそっと流れゆく景色をしばらく眺めていた。


こんなに王都って忙しなく人々は生活していたのね。


私もその1人だったわ。ついこの間まで。


 自分の親から捨てられるって覚悟していたけれど、こんなに心が悲鳴を上げるものなのね。私は感傷に浸りながら緩められた縄を解いていく。足元にはネスに渡したリュックが置いてあった。渡した時より気のせいか膨らんでいるわ。


私は早速リュックを開けると、私が入れていた物の他に数日分のパンやコップ、タオル類やナイフ、短剣等の野宿で使うであろう品物が入っていた。そして鞄には魔物除けの護符まで。みんなの優しさが心に染みてくる。何も返せる物がなくてごめんね。


本当に感謝しかない。


 王都を出てしばらくすると馬車はゆっくりとペースを落とし、止まった。どうやらここでお別れのようだわ。私は縄を腰に巻きつけてリュックを背負い馬車を降りた。


「ファルマお嬢様、ここでお別れとなります」


「有難う。みんなには感謝しかないわ。後で伝えておいてね」


御者と言葉を交わしてから私は振り返る事無く歩き始めた。

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