第11話

 今まで生きてきた中で一番の全力疾走をしたんじゃないかな。息苦しい。ぜぇぜぇしながらもなんとか邸にたどり着いた。そっと庭の方へ回るとまだ母達はお茶をするために中庭には出ていない様子。


残る体力をふり絞って急ぎ足で中庭を通り部屋へと飛び込んだ。当分こんなに走るのはごめん被りたい。


 護衛蜂には庭の花の蜜を沢山飲んで疲れを癒して貰いたいと願いつつ解放する。扉の外には冷めた昼食が置かれていたのでそっと部屋へ持ち込みもぐもぐと遅い昼食を摂る。疲れたー。クリーン魔法で体を綺麗にしてからベッドへダイブ。


今日はもう勉強する気分じゃないかな。


振り返ってみると、初めて人に対してスキルを使ったけれど、えげつないね。近くに蜂の巣があれば大変な事にもなるね。きっとコーバス団長は私の事を怪しんでいるけど、ベンヤミンさんの名前を出した時に意外そうな顔をしていた。知り合いだったのかもしれない。


まぁ、当分は何にも言われない事を祈るしかない。悪い事をしたわけじゃないし。


ただ家族から虐待されているだけ。


完全なネグレクトだ。


早くお金を貯めないと。




 それから私は変わりなくベンヤミンさんにトマトやピクルス用キュウリ、タマネギ、香草類を中心に畑で作って持って行った。どうやらマヨネーズは中毒者が出現したみたい。


騎士達に樽でマヨネーズが欲しいと懇願されているらしい。喜ばれて良かった。





 ある日いつものように野菜をベンヤミンさんに持って行った時の事。


「ベンヤミンさん。今日もお疲れ様。苺を作ってみたんだ。今まで育てた事が無かったから不安だったけど、蜂さん達が(スキルで)助けてくれたり、ちょっとした工夫を加えてみたんだ。いい出来だと思うんだよね。食べてみてよ」


「ファル、今日はデザートか。いいな苺。どれどれ」


私はヘタまで赤く染まった苺を渡す。王都の気温は過ごしやすい。あまり昼夜の寒暖差もないんだよね。苺には夜少しだけ気温を下げてあげないと上手く甘味が付かない。これはかなりの工夫が必要で我ながら自慢の一品だと思う。いつも手を抜いている訳じゃないんだけどね。彼は苺を手に取ると香りを確認し、ヘタをポイッともぎ取り口へ放り込む。


「・・・甘いな。市場で売られている物よりも格段に味も濃い」


「でしょ?へへっ。美味しいって言ってもらえて良かった」


「これはみんな喜ぶな」


そうして食堂の裏口でいつものように話をしていると後ろから声がした。


「いい香りがすると思ったら。美味しそうだね。僕も食べてみたいな」


ベンヤミンさんが視線を向けると急に畏まっている。私もその様子を見て視線を後ろへと向けるとそこには1人の男の子がいた。こんな所に子供?って思ったけれど、自分も同じような歳の子供だった。


服装や後ろに付いている騎士からして噂の第2王子ではなかろうか。確か名前はレンス殿下。確か今年12歳で私と同じ歳だったような?因みに第1王子はフィンセント殿下。今年16歳。第三王子はヴィル殿下。今年9歳だったはず。私は立ち上がり、頭を下げる。


「あぁ、頭を上げて。僕も味見をしてみたい」


なんて恐れ多い。私は目を泳がせ、ベンヤミンさんに助けを求める。


「ファル、お、美味しいところを」


ベンヤミンさんも突然の事で緊張しているみたい。私はブンブンと頷きながら急いで苺を籠ごとレンス殿下の前に差し出す。


「レンス殿下。どうぞ、どれも甘くて美味しいと思います。好きな物をお取りください」


後ろにいた護衛騎士が毒見をしてからレンス殿下はそっと苺を籠から1つ取りパクリと口にする。


「美味しいね。騎士達はいつもこんなに美味しい物を食べているの?羨ましいな」


「レンス殿下。いつもは野菜を持ってきていますが、今日、初めて果物を持ってきたのです。お口に合って良かったです」


レンス殿下は気にする事なくパクパクと苺を食べている。相当にお気に召したらしい。


「とっても美味しいよ。それに良い魔力だ。苺が喜んでいる」


「有難き幸せです」


私は頭を下げる。


「ねぇ、料理長。この苺、もっと食べたい。後で王宮の方に持ってきて」


「分かりました。後でお持ちいたします」


そう言うとレンス殿下はじゃぁね。と護衛騎士達と戻って行った。


「ドキドキしたー。まさかレンス殿下が食堂裏に来るなんてびっくりしたよ」


「ファル、お前の作った苺が気に入ったようだったな。よかったじゃないか。この苺は確かに美味いな。今までで食べた苺の中で一番だよ。いつもより多めに入れておく」


「やったー!!!」


今日はいつもより多めにお小遣いを貰ってウハウハとハイテンションで邸に帰る事が出来た。

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