第9話

 翌日、私は護衛の蜂を連れてこっそりと街へ向かった。今日は新しい苗も欲しいけれど、なけなしのお金で鞄を買う事にした。もちろん買おうと思っているのは逃走用のバッグ。いつ何があるか分からないもの。



通りを歩いて一軒の洋服屋へと入る。


 軒先には平民用の服がずらりと置いてある。中に入ると、作業着や動きやすい服が所狭しと置かれている。そして半分はお下がり品が置いてあった。


足元には様々な靴や鞄も置かれている。私はその中でも沢山の荷物が入りそうな大きなリュックを見つけた。紐で口を絞めるタイプの物のようだ。


まぁ、この世界でチャックを見たことが無いので少し不便だなとは思っているけれどこればかりは仕方がないわよね。


 私は見つけたリュックに穴がないか、重さに耐えられるかしっかりチェックをする。そういう所はやはりおばちゃん精神が顔を出す気がするわ。


「坊主。そのリュック、気に入ったのか?」


「うん。これなら沢山の荷物が入りそうだし、これを買うよ!」


「坊主には少し大きいがいいのか?」


「大丈夫。荷物を詰めるだけだから」


「まぁ、坊主がいいならいいんだが。これはお下がり品だから1200ルンだ」


私はポケットから財布を取り出し、支払う。この財布もこの間チクチクと時間をかけて自分で作った。リュックは流石に作れないと思って早々に断念したんだよね。私はリュックを受け取りさっそく背中に背負った。うん、これなら大丈夫そう。


 そのまま市場の区画へ歩いていき、苗を買う。いつ家から放り出されるかも分からない。今の所は体調もいいし、毒は盛られていなさそうなのよね。そして庭師の人は家族以外は敵じゃない事を言ってたわ。独り言として。使用人たちに守られているのねきっと。


さてと、買い物も終わったことだし、急いで帰らないと。


私は走って邸へと帰ろうとした時、後ろから誰かに腕を掴まれた。


「こんな所に子供が一人で買い物かい?」


掴まれた腕から視線をあげるとニヤニヤした顔をした男だった。日中の人通りの多い場所を選んだのに。チッと舌打ちしたい気分になった。


「おじさんこそ、僕の腕を掴んで、何か用?」


「あぁ、ちょっくらついて来て欲しいんだな」


「誰かー!!人さらいだ!!助けてっ!!」


私が大声で叫ぶと周りにいた人達が一斉に視線を向けた。


「そこのおじさん!騎士を呼んで!!」


私はそう指示を出す。こういう時って群衆の心理が働いてみんなが傍観者になっちゃうんだよね。だからあえて指名する。おじさんはギョッとしていたけれど、頷き騎士を呼んでくれるみたい。走って行った。自分でも良い選択をしたと思うわ!


「チッ。坊主!うるせぇ!黙りやがれ!黙ってついてくりゃいいんだよ!」


男は手を離し、殴りかかって来ようとしている。私は無我夢中でスキルを使い護衛達に指示をすると、ブンッと護衛として連れてきていた蜂たちが男を針で刺し始めた。殴られるのはなんとか回避出来たっぽい。


蜂さんたちだけでは力不足かもしれない。付近にいる虫という虫にスキルを使ってみる。『助けて』と。するとハエや蟻が男に群がってきた。男はとっても不快そうだ。


うん、見ているこっちもゾワゾワするし不快だ。


 こういった状況を予想していたとはいえ、あんまり使うもんじゃないね。男は痛みのあまりに倒れ、虫たちに集られて苦しそうだ。


 さきほどのおじさんと共に3人の騎士達が走ってきた。もう大丈夫かな。私はそっと護衛蜂を戻してから男に集っている虫たちにスキルを解除する。虫たちは何事も無かったように帰っていく。周りに居た人々からちょっと引かれている。


うん、きっとドン引きされてしまったね。


 騎士たちは男を捕まえてから周りの人たちから事情を聞いている。


「君、大丈夫だったか?当事者でもあるし、このまま詰所まで来てもらえるか?」


疑問符で聞かれたけど強制ですよね。ハイ。


「僕、急いで帰らなきゃなんないんだけど」


「大丈夫だ。話をちょっと聞いて終わりだから」


そう言われれば従わないといけないね。


 そうして私は男と共にシブシブ詰所へと向かう。もちろん男はそのまま牢屋行きだが。




 王宮前の騎士団の詰所へとやってきた。詰所はイスやテーブル、ソファが置いてあり、私はソファへポスンと座って足をプラプラさせて待っている。


「君の名前は?」


「おじさんは?」


騎士のリーダーっぽい人が聞いてきた。


「私は第6騎士団団長コーバスだ」


「僕はファル」


「ファルはあの男を知っているのか?」


「知らない人。このリュックを買って苗を買って家に帰ろうとしたら連れていかれそうになった」


どうやらその辺りの話は納得してくれたようだ。


「分かった。あの男が倒れていたのは君のスキルか?」


「うん。でもスキルの名前は人に言わないほうがいいって言われてるから言わないよ」


「しっかりしているな。聞きたいのはそれくらいだ。王都は治安がいい方とはいえ、無事で良かった。怖かっただろう。家族に連絡して迎えに来てもらう」


家族という言葉に一瞬ビクリとする。コーバス団長は見逃さなかったようだ。


「団長さん、僕に家族はいない。だから一人で帰るよ」


「近所の知り合いもいないのか?おかしな話だ。こんな子供が一人で生活しているなんて不思議じゃないか」


ニコニコと話をしているが、とても怪しまれている様子。仕方がない。


「団長さん、僕のスキルを見たでしょう?あれで僕は家族から生きる事を望まれていないんだ。わかるかな?これ以上騒ぎ立てて僕の事を詮索されると困るんだよね」


そう言って護衛蜂を背後に配置した。するとコーバス団長はそれ以上は何も言わなかった。言えなかったの間違いか。怪しんではいるんだろうけどね。


「僕はお金を貯めて王都を出てひっそり暮らしたいんだ。今はそのためにお小遣いを貯めてるの」


そうして蜂を元に戻す。本当なら絶対問い詰められるし、親に通報されるまで帰してもらえないだろう。


「そうか。ファルには色々と事情があるのだな。それ以上は今は詮索しないでおこう」


「そうしてくれると助かるよ。それに僕は怪しくないよ?たまに騎士団の食堂に野菜を買い取ってもらいにここに来てる。ベンヤミンさんには良くして貰ってるんだ。あ、そろそろ本当に帰らなきゃ!団長さんまたね!!」


私はテーブルに置かれたお茶とクッキーを一気に口に頬張り、手を振って詰所を出た。まだこの時間ならあいつらは食事中だ。急げば間に合う。


私は猛ダッシュで邸へと帰っていった。

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