第6話

そして、とうとうこの日が来たわ!


 キュウリとトマトの収穫。庭師にこっそり籠を用意してもらったの。野菜の出来栄えに庭師は驚いていたわ。日本の農家をなめちゃいけない。甘味たっぷりのトマトは自慢の品よ。魔法で成長を促したり、甘味を強くするようにしてズルはしたけどね。


おかげで短期間で収穫する事が出来た。早朝にトマトとキュウリを収穫し、籠に詰める。何をするかって?野菜を売りにいくの。もちろん平民の男の子が着る服も用意してもらったわ。


庭師さんいろいろと有難う。


はじめてのおつかいって感じだわ。


 念のために色変え魔法で髪と目の色を変えて帽子を深く被って出発。昔は何度か馬車で邸の外に出たことはあるけど、歩いて出たことはもちろんない。


いまいちお金の価値観もよくわからない。これを機に街の事を勉強していかないとね。


 籠は相当に重いのだが浮遊の護符が付いた籠なので重さは全く感じない。この護符はスキルで作られているらしい。私には作る事が出来なかった。何かと気を使ってくれている庭師は籠以外にも筆記道具や身の回りの最低限の品物をこっそり用意してくれるとっても優しい人。


後で知ったのは執事のセバスチャン他の従者・侍女・使用人達はこっそり気にかけてくれて庭師に必要な物を渡してくれていたのだとか。




 そんなこんなでついに街へと出る事になったわ。一応何か危険に巻き込まれると怖いので蜂さん数匹に籠の中で待機してもらっている。初めて歩く王都。図書室で見つけた王都ガイドブックを読んでしっかり頭に叩き込んだわ。


 私は早速市場まで歩いていく。子供の足では結構遠いのね。市場は朝早くから開いているみたいで活気づいていた。私は市場を一通り見て回る。やはり王都と言われるだけあって様々な品物が並んでいる。


フルーツや魚、ミルクや乳製品。野菜など新鮮でとても美味しそうだ。気になる野菜を見て回ったけれど、形が歪だったり、色抜けや日焼け、傷が多くて驚く。


やはり日本とは違って食べられればいいという感じなのだろうか。買って食べたいけれど今の私はお金を持っていないのでもちろん買えない。悔しい。絶対貯めて好きな物を買うんだと心に誓った所で食堂街に一番近い青果店に目を付けた。


「いらっしゃい。ぼっちゃん。何をお探しかな?」


青果店の店主は人当たりの良さそうなおじさんだった。


「おじさん、僕が作った野菜を買い取って欲しいんだ。新鮮でこの市場で一番美味しい野菜だと思うよ」


おじさんは、ははっと笑った。


「ぼっちゃん、この市場で一番美味しい野菜だって?可笑しな事を言うもんだ。悪いことは言わない。家に帰って友達と遊んできな」


私はそっと籠の中のトマトとキュウリを1つずつおじさんに差し出す。周りの人たちは子供と青果店のおやじとのやりとりに興味を持ったのか人が集まり始めている。


「食べてみてよ。他のとは比べ物にならないからさ」


おじさんは戸惑いながらも野菜を受け取った。すると人だかりの中から一人の若い男の人が声を掛けてきた。


「坊主、美味しそうな野菜じゃないか。これで私にも1つずつくれないか?」


そうして男の人から差し出された数枚のお金。


「いいよ。にいちゃん。どうぞ」


トマトとキュウリを籠から1つずつ差し出す。


「坊主、その籠に入っているトマトとキュウリ、形が揃っているな。育てるのに手間が掛かったんじゃないか?」


「にいちゃん、よく見てるね。そうだよ。僕が丹精込めて作った子たちなんだ」


そう説明している間におじさんと若い男は野菜を齧っていた。すると驚いたように目を見開いている。


「おい、坊主。なんでこんなに美味いんだ。キュウリはみずみずしくて青臭くないし、パリパリと良い食感だ。そしてこのトマト。王家への献上品にもなりそうだぞ。とても赤くてつやもある。味も濃くてそしてフルーツ並みの甘さだ。そこいらでは手に入らないだろう」


「でしょう?僕が作ったんだ。おじさん買ってくれるよね?」


「あぁ!もちろん全て買い取ろう。値段は・・・そうだな。これくらいでどうだ?」


差し出された金額は2000ルン。一応私でも通貨の名前は分かる。この世界ではルンが世界共通の通貨なのだ。目の前に売られている野菜は1カゴ5個入りで200ルン。ぼったくりもいいところだ。トマトとキュウリを併せたこの籠には10キロは入っているのに。


「おじさん、僕を馬鹿にしているの?それとも字が読めないと思って騙そうとしているのかな?」


1キロ400ルンで計算しても4000ルンは貰わないとね。おじさんは私がそう言うと顔色を変えた。やはり騙そうとしていたようだ。


「おい、坊主。そのキュウリとトマトは俺が全部買うよ。6000ルンでどうだ?」


「お兄ちゃん、有難う。お兄ちゃんに売ることにするよ」


若い男は袋を取り出し、お金を払って品物を入れていく。どうやら魔法の掛かった袋のようだ。膨らむことなく品物がスッと入っていったよ。ちょっと驚いたね。


「まいどありー!」


青果店のおじさんはくやしそうだ。周りに集まっていた人たちも子供を騙そうとするなんてとおじさんを白い目で見ている。まぁ、こればかりは仕方がないよね。騙そうとする人が悪い。


私は空になった籠を背負い家に帰ろうと歩き始めた時。


「おい坊主。ほかの野菜もあるのか?」


後ろから先ほどの男の人が声を掛けてきた。


「ジャガイモはまだ育てている最中だけどもうすぐ収穫だから収穫したら売ることは出来るよ?欲しいものがあったら日にちは掛かるけど、美味しく育ててお届け出来るよ」


「そうか。ならジャガイモもお願いしたい。届け先は騎士団の食堂だ。俺は料理長をしているベンヤミンだ。俺の名前を出せば通してくれる。坊主の名前はなんだ?」


「僕の名前はファル。ベンヤミンさんよろしくね」


私はベンヤミンさんにお礼を言ってから市場でいくつかの種と裁縫道具、いくつかの布を買って邸に帰った。


この世界で初めて売ってお金を手にした。


とっても嬉しいわ。


この調子でお金を貯めていけるといいな。因みに、なんで裁縫道具を買ったかというと、財布ももちろんないし、洋服が破れたら自分で縫わないといけないからね。替えを揃えるほどの余裕はないんだ。


庭師に言えば揃えてくれるんだと思うけど、なるべく自分で生きる力を付けておきたい。前世でも少しはやったけど上手じゃないんだ。けど、背に腹は代えられないのよね。


そして護衛として連れてきた蜂さんたちにお礼をしてから解放してあげる。


今日はいろんな事があったわ。ちょっとだけどお金も手元に残っているし、これから少しずつ貯めていこう。

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