第11話
けれど前島さんは、少し考えた後、『協力をしてもいいけど』と続けた。
「俺は、子どもがいる。男の子で名前は太陽。妻とは死別だ。5年前に事故で亡くなった」
離婚じゃなくて奥さんとは死別だったんだ。
初めて聞いた話だった。
雪乃はなんと言っていいのか言葉が出なかった。
「妻を愛していたし、今でも彼女の事は忘れられない。この先結婚するつもりもない。いや、まぁ、先のことは分からないが、とにかく一番大事なのは太陽だ」
「なんか……すみません。私の話なんか、くだらないですよね」
凄く重い話をされて、軽率な自分が恥ずかしくなった。
「くだらないというか、簡単に自分の体を好きでもない相手に許すのはちょっと違うような気がするな」
「心と体は別という真偽を確定するために、実践してみようかと思ったんです」
何だそれと前島さんは笑った。
「性欲的なことで言うと、男性と女性で違うのかもしれないな。人によるのかもしれない。少なくとも河津さんは誰にでも体を許せるタイプではないと思う」
「そうなんですかね……」
「俺だって、男だし。まぁ、性欲はあるから風俗に行ったりするし、一夜限りの女性と関係を持ったこともある。妻が亡くなってずいぶん経ったから、いつまでも自分で慰めてるって訳にもいかないしな」
「そう……なんですね。亡くなった奥様に操を立てているとかいう訳ではないんですね」
「そうだな。男だしって言ってしまうと、ご主人と同じかもしれないな」
操を立てるって男にも使う言葉だっけ?と言いながら前島さんは立ち上がった。
冷蔵庫から酎ハイのおかわりを出し、雪乃にも一本持って来てくれた。
「今日は水曜日だし、河津さんが遅くに帰ったら、ご主人は浮気したって思う?」
「はい。そうかもしれません」
「実際、体の関係がなくても、水曜と金曜だっけ?は、うちに来ればいいよ。ただし条件がある。お手伝いさんだ」
「お手伝いさん?」
「そう。河津さんは家事代行のお姉さんだ。太陽もこの家にいる事があるから、表向きは家事代行のお姉さん」
「家事労働を私に強いる訳ですね」
「そういう事。晩飯を作ってくれたら嬉しい。材料費は出す」
「夫には浮気をしてきたと思わせる事ができるし、一石二鳥という訳ですね」
「いや、そうでもないな。だってさ、そんなことしなくても水曜と金曜はどこか別の場所で時間をつぶせばいいだけだし、河津さんがわざわざ家事するためにうちに来る必要はないだろう」
「そうですね」
「だから、俺は出張ホスト、なんだ……女性専用風俗のキャスト?になるよ。本番は有りでも無しでもいい」
「え……と?」
「だって、河津さん。俺に抱かれてもいいって思ってここに来たんだよね?分からないとは言ってたけど、相手として俺ならば一線を越えられるかもしれないって思ったんだよね?」
「そう……ですね」
前島さんになら抱かれる事ができるかもしれないと思ったのは確かだ。
やってみなくては分からない、それをお願いできるのが前島さんだと思った。
「OK、じゃあ、河津さんが望まない限り一線は越えない。けど、嫌じゃなければ体を触る。体と心が別だと確かめてみればいい。もし、無理なら、河津さんは体と心は一緒の人間なんだ。無理強いはしない。けれど、君が望むなら……抱くよ」
一気に心臓がドキドキしだした。
私は、前島さんに抱かれるのか……
「もう一つ条件がある」
「えっ、条件?」
「俺との関係、半年間だっけ。その間、絶対に旦那に抱かれないこと」
「夫に抱かれないこと」
「そうだ」
「それならば、問題ないです。私たち夫婦はセックスレスでした。もう半年以上も夫との間にそういう事はなかったので」
前島さんは少し驚いたようだった。
「うわぁ……もったいないね」
そう言って、前島さんはニッと笑った。
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