第12話

それからしばらくして、雪乃の仕事場に電話がかかってきた。



相手は康介の不倫相手だった小林真奈美だった。


取引先のふりをして雪乃に電話をしてきたのだ。


『会社に電話してしまい申し訳ありません。どうしても、会って謝罪したいのでお時間をいただきたいです』


『謝罪は結構ですし、職場に個人的な電話をしてこられるのは困ります』


『連絡手段がこれしかなく、仕方なくこういう方法を取らせて頂きました。どうか一度お会いできませんか?仕事が終わる時間帯に会社の近くで待たせて頂くこともできますので』


『それは迷惑ですので、やめて下さい。こちらから改めて電話しますので』


なんて常識のない人なんだろうと驚いた。

謝罪はいらないし会いたくはない。

けれど、考えてみると、もしかして彼女は怯えているのかもしれないと思った。

慰謝料請求や、ご主人にバラされると思い謝罪と言っているのかもしれない。

とにかく一度、真奈美さんと会う必要がある。


雪乃は事情を知っている前島さんに相談してみた。


「会社に直接電話をしてくるなんて、少しおかしい人じゃないのか?しかも会社の近くで待っているとか、普通なら有り得ないだろう」


「そうですよね。もしかしたら、ご主人にバラされることを恐れているのかもしれないと思ったんですけど」


「そうだな。その口止めをするために会いたいと言っているのかもしれないな」


「バラすつもりもありませんし、慰謝料請求もしません。関わり合いたくないんですが、それをはっきり言おうと思います」


「河津さんのご主人を呼んだ方がいいのかもしれないな」


康介に彼女から電話があったと伝えたら、彼は彼女に話をするだろう。

そうなるとまた、事が拗れる。

雪乃は眉間にしわを寄せる。


「彼女は謝罪したいと言っているので、とにかく私だけで会ってみます」


事を大きくしたくないし、彼女が謝りたいというのならそうさせよう。

面倒事はさっさと終わらせたい。


「ボイスレコーダーを持っていって。録音した方がいい」


「わかりました」


前島さんは私物のボイスレコーダーを雪乃に貸してくれた。




********************




小林真奈美とは個室のあるカフェで会う事になった。


「この度は、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」


深く頭を下げ彼女は雪乃に謝罪した。


「もう二度と会社に電話はしてこないで下さい。私は今後一切、あなたとかかわりを持ちたくありませんから」


「ただ……聞いてほしかったんです」


なにを?


「私と康介さんは学生時代からの友人でした。ずっと会っていませんでしたが、1年前に偶然町で会いました」


「いえ、そんな事はどうでもいいです。聞く必要がありません」


「どうしてそうなったかを知っていただきたいんです」


なんで?


「ほんとに出来心で、1年前に体の関係を持ってしまいました。やめよう、これで終わりにしようと思いながらも、1年も関係を続けてしまいました。本当にごめんなさい」


「1年……」


康介は彼女と深い関係を持ったのは半年前だと言っていた。


「はい。主人が単身赴任で、ワンオペの育児に疲れていた私を慰めてくれたのは康介さんです。食事や旅行にも連れて行って下さって。子供達にも良くしてくれて。私は彼に甘えていました」


「旅行……子供と会っていた」


そんな話は聞いていない。

いや、雪乃が康介に聞かなかっただけかもしれない。


「誕生日やクリスマスなどの記念日を独占していまいすみませんでした。奥様と過ごされなければならないのに、一緒に過ごしたのも私の我儘です。どうかお許しください」


真奈美さんは目に涙を浮かべながら謝罪する。

謝ってもらった気がしないのは、彼女の言っていることはおかしいからだ。


「あの……何を言っているんですか?」


彼女は、自分がいかに康介と仲良くしていたのかを雪乃に報告している。


「証拠はあります。その都度、写真を撮りましたし、顔を隠していますがSNSにアップしていました。それが私の生きがいみたいになっていて、癒しでした。悪いとは思っていたのですが、彼から想われているという実感が欲しかったんです」


この人はふざけているのかしら?


「SNSにあげていたんですか?」


「え!奥様はご存じなかったんですか?てっきり全て知っていて、それで浮気がバレたのかと思っていました」


いや、知らないわよ。というか、康介も絶対知らないだろう。

彼は、ラインのログも即削除するタイプだ。ネットに上げている事を知っていたら許すはずがない。


「あの、それって私は知リませんでした。今更ですが、アカウントを教えてもらってもいいですか?」


「はい……そうですよね。もう、バレてしまっていますので、教えますね」




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