第10話

康介は雪乃の条件を呑んだ。


康介は今後雪乃に嘘はつかない。

真奈美さんとは連絡も取らないし二度と会わない。

半年間妻を抱かない。これは半年間雪乃とはレスだったからだ。

その半年の間に雪乃は他の男性と浮気をする。

それに対して文句は言わず、質問は一切しない。


雪乃は康介がやっていた事と同じことをするだけだ。

それに康介が耐えられ、尚且つまだ私との結婚生活を続けるつもりなら、離婚はしない。

約束を守ってくれるなら、元通りの生活に戻ると約束をした。




そして水曜の夜、雪乃は前島のアパートへ来ていた。


「いいだろう。結構広いし何より住人があまりいないから静かだ」


住人がいないのは、人気がない物件だという事だろう。



「静かでいいですが少し怖いかもしれません」


「確かに女性の一人暮らしに向いているとは言い難いかもね」



前島さんは冷蔵庫からビールを出してくれた。


駅前で牛丼をテイクアウトしてきて、二人で食べることにした。



「お子さんにと思って、お土産を買ったんですけど今日は留守ですか?」


「義実家が近いんだ。小学校に入学する事になったから、学区の事もあるし平日はそこに住んでいる。土日はこっちで過ごしている感じだな」



「おじいちゃんおばあちゃんと一緒なんですね。それは有り難いですね。前島さんが時短勤務ってわけにもいきませんしね」



お土産は渡しておくよ。ありがとうと言って彼は笑った。



「よかったら、ご主人と何があったか聞くけど?いい助言ができるかは別だが」


「そうですね。前島さんに聞いていただこうと思ってました」


リノベーションされた物件を見てみたかったというのもあるが、離婚経験者の彼に夫のことを相談したかった。

別に隠し立てするつもりもなかったが、前島にだけしか話せない内容もあった。


雪乃は今まで自分に起こった事を全て前島に話した。



「なるほど……なんていうか、君ら夫婦はかなり拗らせてるね」



妻が他で浮気をしても構わないという契約をしたというくだりは、前島さんを驚かせた。



雪乃は、前島となら一線を越えられるような気がしていた。



「心と体は別物だという夫の心情を理解し、同じことを私がしても彼がそれを許せるのなら復縁という話をしています」


「そんな無茶苦茶な条件、旦那さんよく呑んだな」


「嫁が他の男に抱かれるんです。普通なら許せない。けれど、離婚しないで済む条件を提示するよう彼が求めましたので……」


前島さんは頷いた。


「よく分からないんだけど、普通なら許せないだろう浮気をして、河津さんは最終的にご主人と離婚するわけ?それとも、旦那が君の浮気を許せば元サヤに戻るのが目標?」


「それが、自分でもよく分からないんです。自分が愛する人以外に抱かれることができるのかも分からない」


支離滅裂な内容に、自分でも何を言っているのだろうと思ってしまった。


「で、河津さんはその体を許す相手に俺を選んだわけ?」


雪乃はそうですと頷いた。


「前島さんは今後結婚するつもりないでしょう?お子さんを大事にしてらっしゃいます。今まで、いろんな女性が前島さんを口説こうとしていましたよね?職場でモテているのは知っていました。けれど、真剣に交際するつもりはないとすべて断っていることも知ってます」


「よくご存じで」


そう言って前島は缶酎ハイのプルトップに指をかけた。


「お金を払って、女性専用の風俗みたいな場所に行こうかと思ったんです。いろいろ調べました。けれど、私はあまり性欲がないというか、それ自体に魅力を感じないし、ちょっと嫌で……けれど、前島さんとなら一線を越えてもいいかなと思ったんです」


前島は雪乃の言葉を聞いて酎ハイを吹き出した。


「まぁ、嫌なもんに金を払う必要はないよな。ってか、河津さんってそんな人だったんだね。あ、これは別に悪い意味ではないよ。なんていうか、もっと真面目で冷静に物事を判断するというか、どちらかというと冒険心はなさそうなタイプにみえた」


「冒険なんでしょうかね……」


「う……ん?なんていうか、君を抱くことはやぶさかではない。けど、ご主人以外の男に体を触られるんだぞ?平気なの?」


前島さんは右の眉を上げて雪乃に問いかけた。


「そうですね……やってみないと分からないです。ただ、そういう行為がしたいかと言えば、あんまりしたくないかな」


「なんだそれ、ならば、しなくていいだろう。した振りでもしておいたらどうだ?金払ってまで無理にしなくていいだろう」


前島さんは呆れたようにそう言うと黙り込んだ。

雪乃は彼を怒らせてしまったと思い、話したことを後悔した。



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