第3章 愛される資格【3】

 フィリベルトとともに寝室に戻ると、イーリスがすでにベッドのシーツを畳んでいた。リベルが戻って来るのを待っていたらしい。

「おはようございます、リベル様」

「おはよう、イーリス」

「今日は早くご起床されたのですね。私が来るほうが遅くなって申し訳ありません」

「ううん。僕が早すぎたんだよ」

「じゃあ、自分はこれで。あとはよろしくっス」

 敬礼するフィリベルトにリベルが微笑んで礼を言うと、フィリベルトは満足そうに寝室を出て行く。これから就寝するのだろう。

「イーリスもフィリベルトより強かったりするの?」

「そこまではいきませんが、リベル様の護衛になれるくらいとは自負しています」

「そうなんだ……」

 イーリスはか弱い女性に見える。それでも、いまリベルの護衛となる者はイーリスしかいない。おそらく、他の護衛にも引けを取らないのだろう。

 手早く身支度を済ませると、リベルは鏡台の前に腰を下ろした。あとはイーリスが満足するまで髪を整えれば終わりだ。

「護衛が少ないと思ってたけど、個々が強いってことなんだよね」

「はい。ブラム、フィリベルト、ルド、カルラが揃えば、この王宮を制圧できますよ」

「でも、キングはそれより強いんだよね」

「そうですね。キングならおひとりで王宮を制圧できますわ」

 この王宮には騎士と魔法使いの隊がいくつもあるらしい。総出で掛かったとしても、キングにはひと捻りなのだろう。そう考えると少し恐ろしいような気がした。

「けれど、キングが一番に強いとは言えなくなりましたね」

 イーリスが穏やかな笑みで言うので、リベルは首を傾げる。

「キングもリベル様には勝てませんわ」

 リベルは少し頬が熱くなった。キングはリベルに弱い。有り得ないことだが、リベルがキングに戦いを挑めば、キングは勝つことはできないだろう。キングはリベルを傷付けられない。この王宮で最も強いのはリベルと言えるのかもしれない。

「でも、僕はこの王宮で一番に弱いよ。ポケットラットの家系だから……」

 少しだけ恥ずかしく思いながらリベルが言うと、イーリスの動きがぴたりと止まった。目を見開いたイーリスが、頬に手を添えて目を輝かせる。

「なんて可愛らしいんでしょう! では、リベル様は魔力切れを起こされたらポケットラットになるのですか?」

 魔族は魔力切れを起こすと、その種族の姿に変わってしまう。リベルも人型の魔族だが、魔力が切れればポケットラットの姿になってしまうのだ。

「そういうことになるね」

「まあ! なんてお可愛らしい!」

 イーリスは興奮しているが、ポケットラットの家系であることはリベルにはあまり喜ばしくない。

 ポケットラットは小さいネズミの魔獣で、魔獣の中で最も弱いとされる最下位御三家と言われる魔獣の中に含まれる。最も力のない魔獣だ。ポケットラットの姿になってしまえば、簡単に狩られてしまうのだ。

「ですが、そういうことでしたら、いざというときに逃げる手段がひとつできますね」

 穏やかな微笑みに戻ってイーリスが言うので、リベルは鏡の中のイーリスを見上げた。

「ポケットラットの家系には『魔力放出』がありますでしょう? 魔力を放出してわざと魔力切れを起こして、強制的に魔獣の姿に変えることができます」

「ポケットラットの姿で逃げ回るんだね」

「はい。ポケットラットは素早いですから、簡単には捕まえられません。いざというときはそうやってお逃げになられるとよろしいでしょう」

 ポケットラットは体が小さく、動きが素早い。物理攻撃での撃破はほとんど不可能とされているらしい。魔法を使われてしまえば一発だが、それでも当てるのが難しいと言われるほどの素早さだ。弱さから生まれた能力である。

「よほどのことがない限りあり得ないでしょうが、手段のひとつとして有効ですわ」

「そうだね。イーリスはハーピーの家系だっけ」

「はい」

「みんな、強い種族の家系だけど、その中にポケットラットの僕がいていいのかな……」

「私はポケットラットが劣っているとは思っていません」

 イーリスは優しく微笑む。そうは言ってもポケットラットはグリーンウォンバット、ギミックバットと並んで最下位御三家に分類されている。弱いことに間違いはない。魔王族であるキングと比べ物にならないのは歴然で、他の護衛たちにもかすり傷すら負わせることはできないだろう。

「ポケットラットは確かに弱いですが、長所もありますよ」

「そうかなあ……」

「そうですよ。それにしても……なるほど。リベル様のお可愛らしさはそういうところから来ているのですね」

 イーリスがまた興奮した表情になるので、リベルは苦笑いを浮かべた。ポケットラットの家系であるリベルは体が小さい。それに加えて童顔であるため、可愛く見えるのは残念ながら否定できない。

 そのとき、イーリスがハッと息を呑む。

「王宮が嫌になられても、ポケットラットのお姿になられて群れの中に消えたりしないでくださいね……!?」

「そうなっても魔力で探し出せるんじゃないの?」

「それはそうですが、各地に点在する群れの中から見つけるのは困難ですよ! この国だけでポケットラットの群れがいくつあるかご存知でしょう?」

「それはちょっと知らないかな……」

 ポケットラットは弱さゆえに大きな群れを作る。ポケットラットの数はどの魔獣よりも多く、この王宮の周辺だけでも何十と群れがあるだろう。その中から一体を見つけ出すことは相当に労力のかかることだ。まずはどの群れに紛れたかというところから始めなければならない。時間のかかることだろう。

「僕は弱いんだから、そんな危険なことをしようとは思わないよ」

「この先もそうでいらしてくださいね」

「大丈夫だよ」

 リベルは自分の弱さをよくわかっている。守られるべき存在であることも。本来なら、ポケットラットが王になどなるべきではない。

(僕はここに相応しくない)

 そんなことはわかっている。だが、いまはここにいなければならない。

「リベル様? どうかなさいましたか?」

「ううん。何もないよ」

 いまは神を信じて、ここにいるしかない。




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転生したら姉の遺作BLゲーム世界の悪役魔王だったので無限の天啓で魔王国を救います 加賀谷 依胡 @icokagaya

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