足の速いお姉さん×2



「んえっ、あっ、夜嵐さん!?……行っちゃった。」

「ほっとけ、とりあえず私たちは夜嵐からもらった香水を使って、夢を見てるやつらを夢から覚醒させる。きっと夢からシャットダウンすればすぐに目が覚めるだろ。問題はそのあとだ。」



そのあと?と聞いて、ボクは首を傾げる。

にしても、そう簡単に香水だけで目を覚ますことが出来るのだろうか、と疑問を抱いた。


そしてあの身体に現れた紋様は何を意味するのか。


謎はまだ解決されておらず、そもそもサキュバスは何の目的でこんなことをしたのかと頭を悩ませる。



「寝ている人を起こせば起こすほど、元凶が現れる可能性は高い。同時にサキュバスは攻撃能力こそ低くとも、その魅了の力は強力だ。ミイラ取りがミイラになってしまう可能性もある。」


「じゃ、じゃあどうすれば……」

「一撃必殺、元凶が現れたら即拘束だ。」


「拘束したところでちゃんと捕まってくれるのか?そもそも俺たちは異人生命体専門家じゃないから、拘束したところでサキュバスの魅了を無効化させないと話にならないよ。」



それはそうだ、と頷くアサは、立ち上がって部屋の奥に行き、棚から何かを取り出して持ってくる。


机の上に取り出したそれを置いた彼女は、「これが解決策だ。」と言い、烏羽さんは疑問を顔に浮かべながらも彼女が置いた布を手に取る。



「え、これで何するつもり?」


「異人生命体はとりわけ目が弱い。特に妖精とか、悪魔とかな。手足を拘束した後それで目を隠せ。視界を遮ることで魅了の類は効かなくなる。」

「つまりサキュバスの魅了は目からってこと?身体のフェロモンとかそういうのじゃなく?」


「ハッ、フェロモンに当てられてたらお前も既に夢の中だろ。」

「………つまり?」


「サキュバスのフェロモンは常時発動で、コントロールできるヤツはともかく普通はどうにも出来ない。そういう種族だからな。んで少なくとも今寝ている奴らはサキュバスのフェロモンに当てられたから夢を見ているヤツだ。お前がフェロモンに当てられてないってことは、自我が相当理性的か己の性的欲求が皆無なだけだろう。」



自我が相当理性的か性的欲求が皆無なだけ、と言われて烏羽さんはテーブルに顔を突っ伏した。


同時に何やらテーブルを叩きつけて「俺だって、俺だって…」と叫んでいる様子で、その様子を見ていたボクは刀を持ったお姉さんに耳を塞がれた。

かろうじて聞こえたお姉さんの声は、「先輩、未成年のいる場所でそういう話はやめてください。心の底からドン引きます。」と言っていた。


なんとなくお姉さんの苦労加減が窺える。



「ともあれ時間がない。ここで話していても時間の無駄だ、道案内しろ。」



そう言って、アサは烏羽さんを片手で担いだ。

「「え?」」という二人の声は届かなかったのか、そのまま香水をポケットに入れて玄関へと出て行く彼女。


本当にあの人常識破りだな、と思ったが、ボクは口を閉ざす。


「じゃ、先行ってるぞ。」と言って、きっとジェットコースターのような気分を味わうことになる烏羽さんに合掌して、ボクとお姉さんはチラッと目を合わせる。



「えっと……ボクたちもついて行きますか…?」


「……彼女、思っていた通り身体能力が桁違いですね。今度手合わせしてもらいたいです。」

「んぇ、手合わせ!?」


「とはいえ今は緊急事態。キミは私の後をついて来れますか?」


「が、がんばりますっ!」

「そうですか。じゃあ……」



スタスタと店を出て一度立ち止まったあと、今まで表情筋が全く動かなかった彼女はボクに薄ら微笑みかけ、ロケットランチャーのごとく一瞬で消えてった。

もはやそこに見えているものは残像かとでも言うように、目の前にいたお姉さんは遥か上のマンションの屋上にいた。


真顔で大きく手を振ってくる彼女に、あれをボクもしなきゃいけないの…?という不安が押し寄せる。


しかしボクはやれば出来る子元気な子なため、「ふぅ……よし。」と意気込む。


クラブの屋上に飛び乗って空気を蹴って、飛んで、壁を蹴って走って、ぐるぐる身体を回転させて、着地した。



「いや、無茶振りにもほどがありませんかッ!?」



そう叫べど目の前にいたはずのお姉さんは既に隣のマンションを駆け走ってボクの前より向こうを行っていた。


完全に置いて行かれたボクは、向こうは待つ気なんて更々なかったようで、頭を押さえてため息を吐く。



「はぁーー……もうっ!お姉さんってば待ってくださいーーーっ!!ボクここの土地勘ないからホント迷ったら終わりなんですよーーーっ!!」



叫び声も虚しく彼女はボクの遥か先を走り、ボクもまたビルの上を走ってジャンプして登って降りて蹴って駆け上がって、ともう無茶苦茶だった。

お姉さんはジャンプ力が高いらしく、ボクが犬なら猫の特異能力でも持っているんじゃないかと思ってしまう。


ぴょんぴょんとビルの上を駆け走る彼女は、そのジャンプ力の高さのおかげで見失わずに済んでいるが、それにしたって慣れすぎている。


この世界ではこれが普通なのだろうか?と思ってしまうが、それはやっとの思いで警視庁対特異課ビルへと着いたところで否定される。



「うう……普段こんなにアクロバティックなことしないから本当に……」

「その割には才能ありますよ、子犬。」


「んえぇ……烏羽さん、お姉さんみたいなのがここにはゴロゴロいるんですか…?」


「いやいや、こんなのがゴロゴロいてたまるかよ!おえっ、吐きそう……うぇ、」

「おい吐くならトイレにでも行ってこい。私はそこの……」



ビル前でアサと烏羽さんとも合流出来て、とりあえずは逸れずに済んだ。


アサはチラッとお姉さんを見て、言いかけて言葉がそこで止まる。

そういえばお姉さんの名前をまだ聞いていなかった、と思い出した。



「……霧雨、霧雨椿です。先輩のことはまたあとで合流しましょう、先に同僚を夢から覚さなければ。」


「わかった、椿。案内をよろしく頼む。」

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