グッドモーニング

翌日、朝日が昇ってくるのと同時に目が覚めたボクは、3階の物置部屋の段ボールをベッドにさせてもらっていた。


窓から陽光が差し込むのを薄目に、ぐいーっと伸びをする。



「んあ〜〜〜。」



昨日はなんやかんやあったものの、久々に上等な段ボールのベッドで寝れて満足だった。

何せこの二週間、碌なところで寝ていないのだ。


路上ならまだしも、道なき道や山を登っている最中に眠気が襲ってきてはどうしようもなく、ふと目が覚めたら目の前にイノシシがいたことだってある。

本当に田舎に住んでいた頃は、足が早くて助かったことしかない。


一階のリビングへとやってくればまだ誰も起きていないようで、軽い朝ご飯でも作ろうかとキッチンを漁る。



3人分の朝ご飯を軽く作ろうと思ったものの、昨日の夕食を思い出して夜嵐さんの分は少なめでもいいかと思い直した。


何せ、あの人好物のハンバーグしか食べてなかったのだ。

しかも夜嵐さんだけ大盛りも盛り盛りで。


かろうじて出されたお茶は飲んでいたものの、少し食べた野菜の残りはアサに全部食べてもらっていて、一緒に食べていたヒナちゃんも引いていた。

好き嫌い激し過ぎるだろう、と。


しかし何故ハンバーグしか食べないのかと聞いてみれば、帰ってきた言葉はあまりに反応に困るものだった。



『あー。俺は元々好き嫌いなんてない前にそもそもが少食なんだが、母親が作ってくれていた料理の中でもハンバーグだけは格別でな。両親が死んだ日はハンバーグだったんだ。今となってはもう頭のおかしい執着染みた行為だが、ハンバーグすら食べることをやめたら、母親のことを何もかも忘れてしまいそうだったから。』



そもそもが少食なのにハンバーグだけはよく食べるな、だとか、そんな話をなんてことでもないように話す夜嵐さんにどういう反応をしていいか分からず、ハンバーグを食べようとしていた手が止まる。

しかしそんな彼の話をぶった斬ったのがアサで、彼女の言葉は空気を読んでいるのか読んでいないのか分からないものだった。



『全く、いつまで引きずっているつもりだ。ハンバーグを食べようと食べまいとお前の過去は変えられないし、忘れるということは両親にとっての侮辱だ。大体お前が親の記憶を忘れることなんて出来るわけないだろうが。』


『ちょっ、……言い過ぎじゃないの?』



ボクがそう言って擁護したことに、『気にするな、もう過ぎたことだ。』と言われて、ボクはどんな顔をしたんだったか。

しかしボクのその反応がここでは珍しかったのか、『……狗谷は本当に優しいな。』と言われた。


そこまでボクは酷い顔をしていただろうかと思ったが、自分の顔を見れないボクはあの時ボクがどんな顔をしていたのか、よく思い出せない。


ちなみにあの後ヒナちゃんは一人で帰った。

中学生の少女をあのまま送るのは少し気が引けたが、彼女曰く付いて来られると困るそうなので玄関まで見送った。



「ん。朝ご飯を作ってくれたのか?ありがとう、助かる。」



ボクが起きてから15分後くらい、時間にして6時45分。

階段から降りてきたアサにボクは「んぇ、アサ?おはよう。」と挨拶をする。


人間相手におはようと挨拶することも本当に久々で、なんだか新鮮な気持ちだった。



「それにしても手慣れてるな。田舎は電気が通っていたのか?」

「んいや、でも釜戸があったからね。フライパンは猫たちがゴミ箱に捨てられたのを持ってきてくれて、パンをフライパンで焼くことは出来なかったけど、コンロとパンがあるならこっちの方が香ばしいし。」


「そうか。朝の夜嵐は寝起きが悪い上ご飯を食べない。7時半になっても起きなかったらお前が起こしに行け。」


「いいけど、アサはどうするの?」

「今日の午前中は何でも屋カフェの営業時間だ。常連客はほとんどが裏社会に通じてるが、そこまで悪いヤツばかりじゃない。だがあまりお前のことを言いふらしたくないから私が呼ぶまで表には出ないでくれ。もしくは何かあったら夜嵐起こせ。」



その言葉に、ボクは頷いて「わかった。」と言う。


それにしても、すぅっと息を吸うとなんだか改めて別世界に来た雰囲気を感じて、深く息を吐くと「今日も一日がんばろうっ!」と自分を鼓舞したのだった。


しかしカフェ開店から数十分後、早速緊急事態のようで、まさかの警察がやって来るなんてアサも思っていなかったらしい。

アサが警察手帳を持つお兄さんと刀を持つお姉さんを相手に話している間、ボクは急いで地下にいる夜嵐さんを起こしに行くことになった。



「大変です夜嵐さん!なんか警察が来たんですけどっ!?起き、てっ……起きてください夜嵐さーーんっ!!」



布団を抱きしめて縮こまる夜嵐さんを起こそうとするものの、揺すっても起きない夜嵐さん。

ボクは最終手段として……布団からはみ出ている足に、ランドセルカバンの中に持ってきていた最終兵器こと、その名も隣町の猫によく効く最強の猫じゃらしを使うことにしたのだった。

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