教えて!夜嵐博士!
また地下室へと戻ってくれば、何やらパソコンをじっと見つめている
その声に気付いた彼はボクに気付いて、こっちに来いと人差し指で合図をするのを見て、恐る恐る近づく。
「これを見ろ、お前の耳と尻尾についての特異能力値だ。」
「特異能力値?」
「ああ。んでさっき朝霞に注射されたアレは、身体に秘められた特異能力を増量もしくは解放させる薬だ。とはいえ、
「んぇ?」
抑え込まれた力?それは一体どういう意味かと首を傾げれば、彼はパソコンのあるデータをボクに見せる。
そこには色々な数値やメモ書きが書かれていて、頭がこんがらがりそうだった。
「つ、つまり、ボクの特異能力ないし特異体質は、誰かによって抑え込まれていたってこと…ですか?」
「そういうことだ。とはいえ抑え込むことが悪いこととは限らない。大体、能力の飛躍的な上昇は身体に悪影響をもたらすどころか、下手したら命に関わるからな。それも子供の身体なら尚更。」
「ちなみに……その、そもそも特異能力と特異体質ってなんなんですか?特異能力と特異体質の違いって、何かあるんですか?」
ボクのその問いかけに、夜嵐さんはパソコンの方に向いていた椅子をくるっと回転させてボクに向け、机の上にあったマグカップに入ったコーヒーを飲んだ。
コーヒーを飲むだけで様になる姿に、ボクは心の隅でこの人モデルでもやったらすごく売れそうだな、なんて関係ないことを考える。
「…厳密に特異能力と特異体質に区別はない。強いていうのなら、特異体質が身体に関連する特異な能力のことで、同時に特異能力の副産物の能力でもある。だから大半の特異能力者の特異体質はこの能力に似通ったものだが、俺みたいに元々特異体質は持っていない者や、特異体質だけを持っている者もいる。何にでも例外はあるが、特異能力ないし特異体質については個人個人の能力差があって、一概にこれはこうだ、とは言えないんだよ。」
「んえぇ、難しい……じゃあ特異体質は特異能力から分裂した力、とかになるんですか?」
「大抵はな。だが例外はあるし、特異能力なんて例外しかない。詳しく説明するのは省くが、ここ近年になって人工特異能力者も出てきた。僕の特異体質''痛覚無効''も人工特異能力実験による名残りだ。」
「じ、人工特異能力実験……?」
なんだか怖そうな言葉が出てきて、思わず身震いさせる。
その上で痛覚無効なんて、痛みを感じないのはいいかもしれないとはいえ、そこに至るまで一体どんな実験をされてきたのかは想像出来ない。
「俺は元々研究所で育った。父親がマッドサイエンティストでな、幼い子供の身体に本当に色々してくれたもんだ。」
「うぇぇ……」
白衣を脱いだ下には半袖のタートルネックを着ていて、露になった腕の傷は至る所にあった。
手袋を脱げば指先が黒く腐食しているところもあり、それを見て絶句した。
「痛そうだとでも思ったか?だが俺は痛みを感じない体質だから、定期的に検査をしないと体の不調が自分では分からない。そしてこの指は使えない訳じゃない。」
「いや、でもそれ……」
「そうだな、ほとんどの指の神経は終わってる。とはいえ、あの父親はマッドサイエンティストであるのと同時に超天才科学者でもあった。神経細胞を作って、移植して……指の肉は腐りきってるが、腐食はそこまでで食い止めて。そういう訳で今では普通に使えている。」
「んぇ……つまり夜嵐さんの痛覚無効って、その時の……」
「………
そういうことだ、と言われてもボクはどういう反応をすればいいのか分からない。
でもきっと夜嵐さんは同情してほしくて話をした訳じゃないだろうし、自分自身を知って欲しくて話したのかもしれない。
それでも突然やってきた見ず知らずの他人にそんなことを教えるなんて、彼らは警戒というものを知らないのだろうか、とも思った。
「なんだ、不満げな顔だな。言ってみろ。」
「んぇえぇ……心の中もお見通しなんですね……」
「そんな訳あるか。お前が何か言いたげな顔をしていたから気になっただけだ。」
そんなにボクは顔に出ていただろうか?と首を捻る。
でも確かに、犬といた時も「お前は顔に出やすいな、嘘を吐くのが下手過ぎる。」なんて言われたこともあった気がする。
でも疑問を聞いてくれるなら、問いかけてみよう。
ただボクは、過去の経験上優しいだけの人は、あまり信用が出来ないというだけなんだけど。
彼らはそういうことを無視してボクのことを警戒していないから、やはり不思議なのだ。
それこそアサが犬にボクのことを頼まれたから、と言われたからとはいえ。
「……どうして、夜嵐さんも、アサも、今日会ったばかりのボクに対してそんなに友好的なんですか?」
「はぁ…?別に俺は友好的……かどうかはともかく、アイツはお前のことを害になると見做してないからだろ。お前は俺が少し見ただけでも分かるほど根が優しすぎるからな。」
「いや、じゃあどうして、そんなことが分かるんですか?まだボクたちは会って間もない……ただの、他人ですよね?」
「そうだな。」
その言葉に、少し意外だと思った。
しかし次に放たれた言葉は、ボクの感情を大きく揺さぶるものだった。
「実を言うと、俺は一応お前がここに来ることを知っていた。その犬とやらが直々に伝書カラスで連絡をくれていたんだ。まあ俺は実際にそのカラスを見てはないし、ポストに入っているとこを見ただけなんだが。」
「???」
「まあ聞け……内容はこうだ。
ーー''超天才科学者様へ。私は犬です。ああいや、名前が犬なのではなく、特異能力によって人間から犬へ生き方を変えた犬です。この度はクラブ・ヘレシーに折入って依頼をお願いしたく、伝書カラスを通じてこの手紙を届けさせて頂きました。依頼についてですが、そう難しい話ではありません。私が弟のように可愛がっている子を、クラブ・ヘレシーで引き取っていただきたいのです。あの子はあなた方にも有益になるでしょう。
ってな。」
読み終えたよ夜嵐の言葉を聞いたものの、ボクは頭の上にはてなマークを何個も浮かばせた。
色々理解のできない単語が飛び交う中で、犬はそんなことまでしてくれていたのかと、何よりも驚愕した。
しかしそれと同時に……一体犬はボクに何をさせたいのかと、疑問に思った。
「訳が分からないって顔だな?無理もない。預言者ルーヴルは、半世紀前に死んだ未来の裏社会で名を馳せる名前を全て書記に書き記したヤツだ。最近だと
「やっぱボク来る場所間違えた……?」
ひえぇ、と肩を震わせて怯えるも、人型殺戮機なんて怖い二つ名を持っている紫乃川さんとやらには関わりたくない。
しかし現実は無常で、椅子から立ち上がった夜嵐さんはその綺麗な顔を近づけ、ニコリと笑ってボクの肩にポンと手を置く。
「逃がさねぇよ。」
耳元で囁かれた声のトーンが一段と低くなっていて、思わず真顔になってしまう。
ガチだ、この人。
「訂正訂正訂正っ!!やっぱり優しくないですこの人ぉ!んえぇえええっ絶対来る場所間違えたああああっ!!犬のバカああああ!!」
「ははっ、逃げれるもんなら逃げてもいいんだぜ。衣食住整ってるこの空間から逃れるもんならな?」
「いや鬼!!悪魔!!このっ、天才博士ー!!」
とかぎゃんぎゃん地下室で喚いていれば、またも突然ドアがドガンッ!!と開いて、アサがやって来た。
空気はまさに氷点下二十度を下回るほどだ。
「……おい、ご飯が出来たぞ。地下でわーぎゃー喚いてる暇があるならさっさと食いに来い。」
「「……ハイ。」」
脳筋ゴリラには、誰も敵わない。
上に上がったアサを見て、やれやれとボクたちは肩をすくめたのだった。
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