買い出しと人類最強候補の受難

買い出しのスーパーへ向かう道中、アサの足が超人の如く早いせいで犬の耳とか尻尾とか気にしている場合じゃなかった。

なんなら普通に酔った。


途中でボクの「ナンデコンナイソギアシナノ(訳:なんでこんな急ぎ足なの)……」という問いかけには、「水曜日は半額セールが早いからな。」という主婦のような返しをされてしまい、もう何も言うまいと心に決めた。


そうしてスーパーに辿り着いたものの、ボクはかれこれ6年ぶりの買い物。

しかも全ての食材が犬と一緒にいた田舎とは違って品質も良く、何より育てていた畑の野菜よりも大きかった。


最初こそ犬と一緒に畑を始めても小さいきゅうりなどで満足できていたが、今となってはよくあんな少量のご飯でここまで育ったなとボク自身を褒め称えたい。


スーパー入り口の目の前までやってくれば、アサはじっとボクの姿を見てくる。

片手で抱えていたボクを下ろされてから、やっぱり視線は感じていたものの、やっぱりこの犬耳はまずかったか……と頭を抱えた。


しかし彼女はあろうことか被っていた黒いキャップをボクの頭に被せ、満足げに頷く。



「よし、尻尾はそこまで服からはみ出ていないから大丈夫だろ。争奪戦に行くぞ、お前は今夜何が食べたい?」


「んえ、別になんでも……」

「そうだな……じゃあ今夜はハンバーグにする。夜嵐は最近ご飯をまともに食べてくれないからな。好物でも出せば嫌でも食べるだろ。」


「好物なのに嫌でも食べるの…?」


「ん。元が少食だからな、アイツ。好物じゃないとまともに食べてくれないんだよ。」



夜嵐さんもそんな一面があったなんて、と今日会ったばかりの人だから意外だと思うのも変かもしれないが、さっきの夜嵐さんの印象とはまた別の印象を受けた。


軽く悪態を吐きながらも食材をカゴに入れていくアサは、それはもう慣れた手つきで必要なものを取っていく。

にんじん、ひき肉、レタス、玉ねぎなど、きっともう頭の中に買う食材がインプットされているのだろうと思った。


そうしてフルーツもちゃんと買って、次でレジがボクたちの番だというその時。



「この場にいる全員手を上げろ!!」



バァァァンッッ!!と、いきなり横開き式の自動ドアが蹴破られ、顔を隠した黒マスクの集団が数名の人質を取ってそう言い放った。


いやそんな簡単にテロが起きたら溜まったもんじゃない、と言っていたが、案外テロは身近にあるらしい。

現に黒マスクの集団は銃を持っていて、まるで映画でも見ているかのような怪しさ満点の動作に、思わず吹き出しそうになる。


なんというか、現実味がないというか。



「オイ!そこのお前ら、何ぼーっとしてる?手を上げろって言ってんだよ聞こえねえのかア?」



そう言って前髪を引っ張ってガンを飛ばされても、正直なところあんまり怖くはない。

銃を持っているとはいえ、ボクの中に潜む野生の勘みたいなものが小物臭しかしないと訴えていて、全く怖くない。


困った風に眉尻を下げて苦笑いをすれば、銃を頭に突きつけられる。

まさか銃口を頭に突きつけられるという経験をするなんて思ってもおらず、内心でワースッゲーと思う他に考えることができず、こんな状況で思考放棄をしてしまいそうになる。


これは本物の銃なのか、モデルガンなのか、そもそも本物の銃だとして弾は入っているのかさえボクには判別はつかないが、一つだけ分かる事がある。


ここにいる黒マスクの集団は、レジのために十数分並んでいた朝霞アサを怒らせた、ということだった。



「………うわ。」



舌打ちを零した彼女は、次の瞬間ボクの頭に銃口を向けていた黒マスクを文字通り一蹴し、叩き潰す。

その威力はさながらトラックに轢かれた猫のよう。


普通にあれ死んではないんだろうか。生きていると信じたい。


なんで銃口向けた相手にそんなことを思っているのかといえば、アサの殲滅能力が高すぎて、確かにアレは''人類最強候補''だとか''純粋な力だけだと人類最強に最も近い女''だとか言われているだけはある、と遠い目をした。


あまりにも酷い一方的な暴力に、思わず前で会計をしていた少女の目を隠してしまったほど。


ズドーンッ!という音と共にスーパーの中に入ってきた他の黒マスク十数名も叩き破った自動ドアと一緒に外へ叩き出し、その速さは彼女がここに戻ってくるの込みで10秒ピッタリ。


もはやゴリラ超えて地球外生命体じゃないだろうか。

ボクが彼女の姿をじっと見ていると、その一つ一つの洗練された動きがまるでスローモーションのように再生され、適当に殴っている訳ではないとボクの頭でも理解が出来た。


世界がスローモーションに見えて呆然と立ち尽くしているところでアサはここへ戻ってきたものの、次の瞬間には残像になって消えていた。



『先帰ってるからあとは頼んだ。』



あとは頼んだとは?という疑問の前に、ボクは心の声と共に叫ぶ。



「いやいや、ボクお金持ってないんだけどーーっ!?」



いや気にするとこそこ!?

一部始終を見ていた客たちのツッコミは見事にキレッキレだった。

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