地下にある研究室で
地下室へと連行されたボクが見たそこは、まるで研究室のような場所だった。
床は段ボールが置いてありほぼ物置きになっているものの、実験に使いそうな道具や理科室に置いてありそうな薬などがちらほらと棚に収納されており、片手で抱えられていたボクは真っ白な壁に背中をピタリとくっつけられた。
どうやら写真を撮るらしい彼は、段ボールの中を乱雑に漁って見つけたカメラをボクへ向ける。
「よし、お前は金属とかなさそうだからこのまま撮る。」
「き、金属?」
「これはCTをお手軽にしようとしたX線カメラだからな、見た目はこんなでもちょっとした物を撮りたい時に使える優れものだ。もし見えない金属があるなら今のうちに外しておけ。」
見えない金属……この作業着は全て布で出来ている上、ボクが履いている靴は草履だ。
作業着の下に襦袢を着ているが、それも金属で出来ているなんてこともなく、「大丈夫か?」という問いかけに「う、うん、大丈夫。」と少し緊張しながらも頷く。
元々暗かった部屋の電気をより暗く消して、部屋の隅にある机の上の電気しか付いていなかった。
そうしてカシャッと写真を数枚撮れば、「もういいぞ。」と言って椅子に座ってすいーっとパソコンの置いてある机へ移動するイケメン。
カタカタキーボードを打つイケメンの姿に、少し雰囲気がカッコイイな、なんて思う。
「そういえばお前、名前は?あとここの場所を誰に教えてもらった?」
「えっと、ボクの名前は
そう言って軽く事情を説明すれば、「ふーん。」と興味があるのかないのかわからない返答をされる。
長野から東京まで歩いてきたという旨を伝えても、そこまで驚いているような感じはしなかった。
「にしても、喋る犬は見てみたかったな。声帯がどうなっていたのかも気になる。……とはいえ、
「あさか……って、あの女の子のことですか?」
「いやアイツ、自己紹介すらしてなかったのか。俺は
脳筋バカ女って、それは言い過ぎなんじゃ……と思うが、ビルの上から落ちてきても無傷だったり、ジェット機のような速さで近づいてきたりと、案外意外ではない気がしなくもないと思い直してしまう。
「それで、お前はずっと田舎で暮らしてきたんだったか。田舎での話し相手は犬や猫などの動物だけ、なのにそこまで言語能力というか語彙力が年相応で支障がないのは少し違和感がある。」
「そこは人語を喋る犬と暮らしていたからなんですが。まぁ、一番は犬と暮らす前の時点で年相応じゃなかったから。目上の人にはきちんとした敬語を使いなさいと母に言われていて、でもそれも犬の前じゃ全然だったから今じゃこんな感じなんですけど。」
「お前の家は裕福だったのか?」
「資産だけ見れば裕福だったのかもしれません。それこそ世間一般ではボンボンと言われるくらい。ただ祖母も父も母も死んだ事で誰が資産を相続するかという争いの中、ボクは邪魔だからと人のいない田舎に捨て置かれてしまったので。あの後の親戚のことはよく知りません。」
そう言ったボクの言葉に、「お前も壮絶な人生送ってんなー。」とまるで他人事のように……というか事実他人事なのだが、少し俯きながら過去のことを思い出していたボクは、彼のその余計な同情心のない素の言葉に、目をぱちくりと瞬かせた。
今までの人生でボクはたくさん同情をされてきた。
お父さんが死んだ時、祖母が死んだ時、お母さんが死んだ時、たくさんの憐れみの目を向けられてきた。
だからこんな話をして、まるでボクの話に関心がないように……というのはちょっと違うのかもしれないが、一線引いて見ている彼のことが、少し物珍しかった。
それはまだ出会ったばかりだからかもしれないけど、どこかその俯瞰した目がボクには心地よかった。
「それで、
「この世界……?」
「まさか何も知らないまま連れてこられたのか?というより、朝霞は本当に何も説明しなかったのか……そうだな、お前はこのクラブのことをどこまで知ってる?」
「えっと……午前中はカフェをしてる、とかですかね。」
そんなボクの反応に、夜嵐さんはハァ〜〜〜、と深いため息を吐いた。
同時にそういえば犬がクラブ・ヘレシーは何でも屋だと言っていたのを思い出す。
何でも屋とはつまり、お手伝い屋さんみたいなものだろうか?と考えて、夜嵐さんの説明を待った。
「俺たちはクラブ・ヘレシーっていう裏社会の何でも屋をしている。」
「ウラシャカイノナンデモヤ……??」
「とは言っても人殺しとかは必要最低限しない主義だ。殺しの依頼ばかり受けてポリスメンに狙われても困るしな。あくまで俺たちは裏社会の秩序を正すための調停者という立場でしか人殺しはしない。」
「????」
「まあそう重くとらえなくてもいい。最近でこそ
「いや規模。」
全然理解ができず、そんなツッコミしか入れられなくなってしまう。テロなんてそうあってたまるか。
もしかしてボクは結構やばいところに入ってしまったのではないだろうか?と思って、頭を抱えた。
「それにウチには人類最強候補がいるからな。アイツ純粋な力だけだと人類最強に最も近い女、なんて言われてるし。」
「んえぇ……?」
ぼーっとこの世界とやらを説明する夜嵐さんを見ていれば、突然地下室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、ちょうど今話していた人類最強候補らしい美少女。
「おいバカ女、毎回そんな力強くドアを開けんなっつってん…」
「見ろ、当たりだ。」
「んぇぇ……本当だ。おめでとう?」
アイスの棒に当たりと書いてあったらしく、それを見せびらかしてピースをしてくる美少女。
名前は確か、朝霞帷と言うんだったか。
ミルクティーのような色をした髪に、バサバサのまつ毛の下にキリッと鋭くもぱっちり開かれた瞳は、ミカンのように美味しそうな色をしていた。
「ん、ありがとな。そっちは用事済んだか?済んだな?じゃあそこのお前、私と一緒に買い出しに行くぞ。」
「お前じゃなくて狗谷アイムって名前があるんだけど……」
「アイム?自分って意味か?」
「いや違うけど。」
「じゃあお前はこれからアイだ。んで私は
「ボクのことは名前で呼ぶのに自分のことは名字で呼ばせるの?アンタの距離感難しい。」
はぁぁ、と深いため息を吐いたが、後ろでパソコンと睨めっこしている夜嵐さんは「コイツに人との距離感を求めんな。」と忠告してくる。
それは確かにそうかもしれない、とこの短時間での奇行を見て理解した。
「それじゃ夜嵐、留守番頼んだ。何か欲しければ今言うかチャットに入れてくれ。」
「あー、じゃあ何かフルーツ買ってきてくれ。」
何かフルーツとはまた大雑把な、と思ったが、彼らにとってはこれが普通らしい。
まだきっと成人すらしていないはずなのに、まるで熟年夫婦のようなこの会話で、何故だか一人置いてかれた気分だった。
「何かフルーツ、な。何買ってきても文句言うなよ?」
「そう念押しされると怖いが、俺はお前のセンスを信じ……る。」
「ん、じゃあ行ってきます。よいしょ。」
よいしょ、と言いながら片手でボクを持ち上げたアサに、もう何も驚かない。無心だ。
人類最強候補なんて、どこまで本気かはわからないけど、ボクはアサが何をしてももうアサだからなで納得できそうな気がしてきた。
というか、もはや人間超えたゴリラじゃ……ゴリラ……
「いでっ。」
「ん?悪い、ちょっと失礼な視線を感じて。」
「ゴメンナサイ……」
というか、ボクこの耳と尻尾で外出ても大丈夫なの??
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