クラブ・ヘレシーに来店
「ハッ、今更だな。もし、そうだと言ったら……お前はどうする?」
「んえぇっ、…………助かる?」
「いや、助かるってお前……本当にウチに何しに来た?」
突然威圧的な態度を取られて腰が引けたものの、思ったことを言えば、何しに来たのか分からないと困惑する少女。
なんとなく年上なのは分かるものの、それでも同年代だと思ったボクは、要所要所省いてありのままを伝える。
同時に彼女がクラブ・ヘレシーの人なら、これも渡してしまおうと思って、遺書と形見を手渡した。
「ん。なんだこれ……って、ウソだろ?」
「これをクラブ・ヘレシーの人に渡して欲しいって言われて、長野から歩いて来たんだよ……」
「長野から東京まで歩いてきたのも驚いたが、この名札……昔、見覚えがある。」
021、021、と名札に書かれている番号を呟く彼女は、「チッ、喉元まで出てるんだよ…!」と、どうやら必死に記憶を辿っているようだった。
もしかしたら彼女は犬と知り合いだったのかもしれない、そう思って思い切って犬のことについて聞いてみた。
「えっと。もしかして、喋る犬のことについて何か知ってたりする……?」
「喋る犬…?犬って、犬……いや、知らないな。」
「そっ、か……この名札、その喋る犬にお願いされて遺書と一緒に届けにきたんだよね。」
「遺書。ちょっと読ませてくれ。」
書道の紙にボールペンで書いたらしい遺書は、裏面から見ても分かる通り、ところどころくしゃくしゃになっていたりした。
犬が書いたから仕方ないと思うが、そもそも犬が書いた字は読めるのだろうかと不安が過ぎる。
ボクは他人に宛てた遺書を勝手に見ることはしないけど、それでもなんて書いてあるのか気になって、読み終えた少女に「なんて書いてあった?」と聞いてみた。
ぎこちない笑みを零した少女だったが、突然鼻で嘲笑って空を仰ぐ。
「あー……お前のことを頼む、って書いてあった。それも昔の貸しを返してもらうって名目でな。」
「んえ、ボクのこと?って、昔の貸し……?」
「正直あんなの貸しにもならないだろうけどな……気が変わった、お前ウチに来い。どうせ長野からここまで来て住むところないんだろ?ウチ一つ、住み込みバイトってのはどうだ。」
住 み 込 み バ イ ト ! !
まさかの言葉にボクは感動のあまり目を輝かせてしまった。
この歳になって初めてのバイトという働き口は、ずっと田舎で暮らしていたボクにとってなんだか新鮮だった。
気付いたら、「や、やりたい!いや、働かせてください!」と口が走ってしまったくらい。
「そうかよ。じゃあ早速私についてこい、お前にいいモノをくれてやる。」
ボクはそう言った彼女の後ろをついて行くことにした。
やってきた先は看板が少し傾いてある、あのボロボロな屋敷ほどではないにせよちょっとお古でアンティークな店。
倶楽部・ヘレシーと書かれている看板は、どこかこのアンティークな佇まいの店に不釣り合いだった。
まだ英語にすればいいのに、なんて思ったものの、ドアを開けて中へと入って行く彼女に、ボクも恐る恐る店の中へと入る。
どうやら午前中だけのカフェをやっているらしく、午後は人がいないみたいだった。
「お、お邪魔します……」
「ん、上がれ。今は
「コレ?って……えっ、なに、んえっ……?!」
戸棚から突然注射器を取り出した彼女は、とてもイイ笑顔でボクに近づいてくる。
その速さはジェット機にも勝るとも劣らないくらいで、ボクを絶対逃さないぞという圧があった。
冷や汗がダラダラと流れるものの、注射器を持つ彼女の手は止まらない。
ボクはやっぱり、美味い話には穴があるのだと、注射器に刺された痛みとともに身をもって実感したのだった。
「いっ……あ、頭が、ぁッ!」
「ん?おお……お前、随分と可愛くなったな……いや、元から顔立ちは可愛かったが。あー……ほら、鏡見てみろ。」
顔立ちが可愛いのはアンタも同じでしょ、というよくわからない悪態を内心で吐きつつ手持ち鏡を持ってきた彼女の厚意に甘えて痛かった頭部を見てみようとしたものの、その前に不思議と髪の根本を触ると違和感があった。
もふもふ、の何か。
同時に頭部に気を取られて気付かなかったが、腰のあたりにも何か違和感を感じて触ってみる。
「んぇ……?な、なに……これ?」
手鏡持って自分の姿を見てみれば、驚いたことに頭に犬の耳のようなものが生えていた。
「うえぇえっ!?もしかして、ボク……犬になってるーー!?」
「あっははは!」
「笑い事じゃないんだけどっ!?なん、ど、どっ、どうしてこうなった!?」
まるでファンタジーだ。
そう思ったのも束の間、笑い声のうるさい彼女のせいで、地下にいたという男が上がってきた。
笑い方が個性的で地下にも響いてきたらしい彼女に、男はガツンと一発頭を殴った。
しかし「いてっ、」と声を出したのは、殴られた彼女ではなく殴った方の男で、彼女の方は殴られたことにも気づかないまま「んっふふふふ、あはははっ!!」とより一層笑い声が大きくなった。
そして男はそんな彼女を持ち上げて、ソファーへと放り投げ、彼女の口の中に持っていた棒アイスを無言で捩じ込む。
その手際の良さはさながら匠の手腕だ。
やっと笑い声が落ち着いたものの、ボクはこんな状況でどうしていいか分からず、じっと青い瞳を持つイケメンに見つめられていた。
「で、これはどういうことだ。」
「えっと、あの人に注射されたら耳と尻尾が生えて……」
「そうか。つまり、検査だな。」
「んぇ?」
「安心しろ、ウチにはなんでも揃ってる。お前の頭が今どうなってるのか知りたくはないか?俺は知りたい。」
「んえぇーー。」
そう言ってまたもやイケメンのとてもいい笑顔にボクは圧倒された。
というよりその細身な身体のどこにそんな力があるのか、腕力の強い彼は身長が170近くあるボクを片手で抱え、ボクは彼に地下室へと連行されたのだった。
「なーーーんーーーでぇーーー?」
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