クラブ・ヘレシーへの道中で
山を登って降りて、街へ出たらまた山を登って、海沿いに行けば東京に着くと思って謎の土地感覚を発揮して、路上で寝ていたらお巡りさんに見つかっては逃げて、そうしてやってきた都会。
ここが東京なのかは、道路交通標識を見れば分かることだろう。
あのボロ屋敷を出てから既に二週間が経過していた。
ぐぎゅぅぅぅ、と腹が鳴る。
たくさんのきゅうりとトマトをカバンに入れたものの、今やカバンの中は腐ったトマトの汁でベトベトだ。
「……それにしても、人ばっかりだ。」
東京のど真ん中、昔お母さんと一緒に暮らしていた家のテレビで見た渋谷のスクランブル交差点、というやつ。
目まぐるしい人の多さと速さに人酔いをしてしまってビル街の隅っこでうずくまっていると、ふいに頭上から影が現れた。
上を見上げてみれば、そこには髭を生やした銀髪のおじさんがいて、首を捻る。
「あ、あの…?」
「あー、お前さん腹が減ってるんだろ?オジサンちょっともう腹いっぱいでさ。これ食ってくんねぇかな。」
そう言って差し出されたのは、6年ぶりくらいに見たコンビニ弁当の残り物。
どうして犬なんかのために東京まで来たんだろう、という気持ちが吹き飛んで、3日ぶりの食べ物に「ァ、ァ……」とよだれが垂れる。
それにおじさんは苦笑して、お箸と一緒にコンビニ弁当を分けてくれた。
「ほんっ、ほにっ、はりはほう、ほはいっ…!(訳:本当にありがとうございます)」
「ははっ、いいっていいって。お前さんからは既に駄賃をもらってるからな。」
「?ボク、なにかあげましたっけ…?」
「まあ気にするな。それでお前さん、その感じだと結構遠くから来たんじゃないのか?」
そう聞かれたボクは、残りもののからあげを平らげて、口元をぺろりと舐めた後、頷く。
それにしてもこのおじさん、妙にフレンドリーで話しやすい。
温厚な顔立ちだからというのもあるのだろうが、元々の根が優しいのだろうと思った。
「はい、ボク、長野から歩いて来て……」
「…へぇ、長野から歩いてか。それは大変だっただろう。東京に何か用事でもあったのかい?」
「あ、えっと!おじさんはクラブ・ヘレシーって知ってますか?」
「クラブ・ヘレシー……一応聞くが、お前さんそこにいって何をするつもりだい?」
スッと目が細められた、ような気がした。
首を傾げて優しく微笑みかけられるものの、なんとなくさっきのオジサンの雰囲気とまるで別物の何か。
ボクの中に野生的な本能があるのか、おじさんは危ないという危険を察知した。
しかし、なんとなく大丈夫そうだという確信もあり、やや眉を下げて警戒をしながら事情を話す。
「えっと、兄の遺書と形見を渡しに。」
「………そうか。」
一瞬驚いたような、悲しそうな顔をしたおじさんに違和感を覚えたものの、「それなら、」と言って紙に地図を書いてくれた。
おじさんの字は意外にも達筆で、今や学力が小学生の頃で止まっているボクは、読みこそ出来れど漢字を書くことは難しそうだと思った。
「とりあえずこの通りをずっと突き進んで、橋が見えたら手前で曲がりなさい。近くの細道を進んでいけば看板が見えてくるはずさ。」
「わっ、ありがとうございます!」
「いいってことよ。もう半分隠居気味のオジサンなんでね、情報を売ることでしか利益を得られないからさ。」
「情報を売る……?」
その言葉に疑問を抱いたものの、弁当のゴミを持って手を振って街中に消えてしまったおじさんを引き止めることは出来ず、その場に呆然と立ち尽くす。
「えーーっと。とりあえず、この地図の通りに……って、うわっ!?」
ドスンッ!!!と大きな音を立てて、この小さな路地裏に大きな砂埃の煙が舞った。
「……ん。なんだ?」
「なんだ?って、いや今どっから降ってきた!?」
「空。シャチの匂いがしたから来てみたが、人違いだったみたいだ。」
何を言っているのか意味がわからず、何を言ってるんだこの人は……という目でまじまじと上から落ちてきた美少女を見た。
ボクよりも10センチくらい背が低い彼女の脚力は強いらしく、突然ドッスンと地面に大きなヒビが入るほどの着地をしても至ってピンピンしている。
もしかしたら、彼女は特異能力者なのかもしれないという考えが過ぎるほどだ。
「いやいやいや!シャチってそんな、海の中じゃないんだから……」
「地上にも人々が恐れ慄くシャチはいるぞ。まぁ、別に私があんなジジイに恐れ慄くことはないが。」
「シャチってジジイなの……」
「ああ、見るからに老いぼれだ。何でみんなあんなヤツを恐れるのか不思議でならないな。」
「ちなみにそのシャチって何者なの…?」
そう問いかければ、パチリと彼女と目が合った。
ニヤリ、そう不敵に笑った彼女は「知りたいか?」と聞いてくる。
「え、そこまで言うなら知りたい……」
「だが残念、私は教えない。それに勝手に話を広めたりでもしたら、アイツうるさそうだしな。」
「はぁ…?」
それなら最初から話しかけないでよ、と言いたいところだったが、もう無視をしてオジサンに教えてもらった道を歩くことに。
おじさんのお陰で腹も少し満たされて満足だ。
橋まで真っ直ぐ歩いて行き、細道を通ってクラブ・ヘレシーへと向かうものの、何故かあの美少女も一歩後ろをついてきていた。
なんで後ろをついてくるのかとか、彼女はストーカーなのかだとか、もしかしたら迷子なのかもしれないという疑念が生まれるものの、無言では何も解決しないため、思い切って話しかけてみようと思った。
しかし先に「おい。」と、口を開いたのは後ろを歩いていた彼女で、振り向けば物珍しそうにボクのことを見ていた。
「お前、ここの辺りのヤツじゃないだろ。私の前を邪魔して歩いて、何のつもりだ。」
「いやいや、アンタの方こそボクの後ろをストーカーして何なんですか!?」
「はぁ〜〜??こっちは帰路なんだよこの犬顔。お前の方こそこの道でどこ行くつもりだ。ここには住宅街以外何もないぞ。」
「え?いや、でも……オジサンが言うにはこの辺りにクラブ・ヘレシーがあるって……」
そう言いかけて、おじさんの話は嘘だったのではないかと思い始めた。
そもそも弁当の残りを分けてくれるなんて甘い話、当然裏があるもので……と思っても、ボクは弁当を食べただけで対価を払ってない上いいことしかしてもらっておらず、頭の上にはてなマークが浮かぶ。
それにしても、今度おじさんに会ったらお礼をしないと。
そう考え込んでいたところ、顔を上げれば、少女もまた考え込んでいたようで、「お前…」と声をかけられる。
「それをどこで知った?」
「それって、クラブ・ヘレシーのこと…?」
「しっ!声を小さくしろ、見た感じ表の人間だろうが……誰に聞いた?」
詰め寄ってくる彼女に疑問が浮かぶ。
表の人間とはどう言う意味だろう。
誰に聞いたと聞かれれば犬に聞いたのだが、それをありのまま話す訳にも行かず、「えっと、兄に聞いた。」とだけ返した。
しかし彼女の疑念は晴れないようで、顔と体がズンズンと迫ってくる。
「……そうだな、聞き方を変えよう。お前はウチのクラブに何しにきた?」
「ウチ…?って、アンタもしかしてクラブ・ヘレシーの人なの?」
「ハッ、今更だな。
もし、そうだと言ったら……お前はどうする?」
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