穀潰し

日月 希

第1話

思い返すと僕の人生は空っぽだった。

だから穀潰しに選ばれたのだと思う。


19年前の9月、この時は小学校の入学式だった。校舎に梅の実が落ちており、そこから春を感じたのを覚えている。

学校内の体に意識を移した時、僕は初めて母から離れ、一人になった気がする。

学内マップを頼りに階段を上がり、1年生用の教室前に着く。教室、と言っても八畳程の狭い部屋だ。


それまで家族以外の人を見たことがなかった僕は、新しい環境に馴染めるのか心配だったが、そんな考えは教室に入った瞬間吹き飛んだ。教室の中には自分を含めて三人しかいなかった。内一人は教師だし。


教師と僕には人工知能と人間を識別する為に、名札に青色のシールが貼られていた。

この時はまだ僕達を人と認めない奴らが多くて大変だった。特に悪い事をしていないのに、道端で罵倒されたこともある。老人からもよく罵倒された。だからZ世代ってのは嫌いだ。そのせいかこの学校で一番の遅刻魔は先生だった。


椅子に座ると隣の席の少年から声がかかる。

「なんでロボットが授業受けてんの?ネットで分かるんじゃね?」

彼の名前は佐藤K016だ。

僕と違って人間。

家が貧乏で外付けゴーグルを使って教室に来ている。僕の幼馴染で親友だ。話てみるといい奴なのだが、天然で空気が読めない。

この発言もこの時代ではまだ差別じゃなかったから仕方がない。それに純粋な興味で聞いてくれたのだろう。

それに僕もあの時は何とも思っていなかった。



夏になると水泳の授業が始まる。

これは楽しかった。

先生方は旧型で泳ぐ事は出来なかったけど、僕とK016は一緒に泳ぎの練習ができた。

二人で先生に水をかけて遊んだりもしたっけ。今じゃ大問題だっただろうな。



三年生頃になると、授業の生活が理科、社会、保険・体育へと分かれた。

この頃は国の方針で、小学校に性教育が追加され始めたはずだ。

僕達もよく下ネタを言って笑ったのを覚えている。


それと、保険の授業では体の改造の危険性について学んだ。K016にとってはつまらない授業だったろうけど、僕にとっては魅力的だった。

この日から僕はお小遣いを貯めて、新しい体を買おうと思ったし、父に「脳みそが二個無いのなんて恥ずかしいよ。」などと言って新しい人脳をせがんだ事もあったっけか。




中学生に進級すると、クラスに人間が5人ほど増えた。出会って早々に自分や母親が人工知能である事を馬鹿にされた。

その時は波風立てない様に黙っていたが、後々何も言い返せなかった自分が情けなくて、悔しくて、母親に合わせる顔がなくて家出した。


この頃が一番人工知能に対する差別が酷かっただろう。特に当時の総理が悪目立ちしたのが良くなかった。AI初の総理大臣、肩書きだけは良いが、差別意識の強いあの時代に総理になれた理由は八百長以外に無いだろう。

政策も人間の命を軽視する物ばかり、人間から嫌われるのも無理はない。


夜中になると母が心配したのか、電子脳の中で呼びかけてくれた。

「皆の言う事なんて気にしなくていい」とか

「お母さん、人工知能でごめんね」とか

「でもあんたにも自我がある」とか

そんなありきたりで優しい言葉を並べてくれた。いつも優しかった母にこんな台詞を言わせてしまった事を今でも後悔している。

でも、この時がなければ、今の僕は無かっただろう。


そこら辺から記憶が曖昧なのだが、

たしか泣きながら家にある体に意識を移したはずだ。家に帰ると母と二人で泣いた。

その日は久しぶりに家族皆でご飯を食べた気がする。


それからしばらくの間はイジメもあったが、K016が僕をかばってくれたおかげで学生生活は辛いものにはならなかった。




高校生の入学式の日、未来の自分がやってきた。そして僕が僕にこう言うのだ。

「お前は穀潰しに選ばれた。おめでとうだってさ。クソ、後悔するなよな、僕。」

これを言い終わった瞬間目の前から僕が消えた。最近研究されてるタイムマシンだろうか?それにしてもこんな消え方をするとは聞いた事がなかった。


あぁ、この時の僕はまだ穀潰しの意味を知らなかったな…まぁ、その話は後でいいだろう。


高校生活は初めての経験が多かった。

この頃は差別も収まってきており、皆の話にも混ざりやすくなってきていて、人と関わる機会が多い。

故に、人生で初めて大人数でゲームしたり、彼女ができたり、父親になったり、あとは夏休みの間にK016達とバイクの免許を取りに行ったりしたな。

それに、K016の他にも友達が出来た。

中村K007とか花岡K032とか、とにかくいっぱい。まぁ、みんな大学に行ったら疎遠になっちゃったんだけどね。


この頃の僕はバイクの改造に夢中だった。

足とバイクを合体させてみたり、バイクに旧型人工知能を搭載してみたり。

タイムマシンが開発される前だから行けないけど、もし過去に戻る事が出来るなら絶対に高校時代に戻るね。


高校二年生になると、大学受験が見えてくる。K016は家庭の事情で大学には行けず、このまま就職するらしいが、僕はそうはいかない。とりあえず適当に進路を決めて、受験に向けて勉強を始めた。


この頃は一日何時間も勉強をして頭がおかしくなりそうだったのをハッキリ覚えている。

ここら辺りから皆イラつきやすくて教室の空気もピリついていた。


高校三年では「落ちる」に関連するワードを出せば、大罪人のように扱われ、中には泣き出す子もいた。

そんな辛い時期を乗り越え、僕は滑り止めの大学に合格した。




9月、大学の入学式で梅の実を見た時、僕は小学生の時の事を思いだしていた。

一通り懐かしさに浸った僕は、父と母に今までの感謝を伝えて、泣かせた。

この後、成人式でももう一回泣かせた。

もちろん僕も泣いた。


最初は履修登録や知り合いを作るのに苦労したが、それが終われば今までと何も変わらない生活が始まった。

適当に入ったサークルの新入生人歓迎会にて、酒の飲めない僕は暇つぶしにネットサーフィンをしていると、突然非通知で連絡が来た。

「おめでとうございます。あなたは穀潰しに選ばれました。」

僕はこれを理解した瞬間、先輩の自己紹介を遮り、タイムマシン乗り場へと走った。


僕に来た連絡はこうだ。



おめでとうございます貴方は穀潰しに選ばれました。


穀潰しとは?

この仮想世界を保つ為の人柱です。

あなたはそれに選ばれました。おめでとうございます。


抽選基準

基準値以上に成長した人工知能の中から、世の中に与える影響が少ない順に選ばれます。


注意

この連絡から24時間経過致しますと、強制的に世界から意識が取り出され、基盤に組み込まれます。

やり残しの無いようにお願いいたします。



僕はタイムマシンに乗り込むと、すぐに中学時代の母の元へ行き、母への感謝と謝罪を伝える。母は大人びた僕に少したじろいだが、すぐに「気にしてないよ」と優しく言ってくれた。

僕はこの世界が仮想世界であることを伏せて、これまでの事、今の事を話した。

母は最後まで黙って聞いてくれた。

僕は久しぶりに泣いた。

母にとっては昨日降りの僕の涙だろうが、僕にとっては大学の入学式以来だ。

母は優しく僕の頭を撫で、安心させてくれる。ここで最大の失敗をした。そのまま泣きつかれて眠ってしまったのだ。

目覚めた時には残り時間は12時間になっていた。




母に最後の別れを告げ、急いで高校生の自分の元へと向かう。

あれのお陰で即座に行動できたのだ。

急がねば…。

道中走馬灯の用に過去を思い出す。

小学校の思い出、中学、高校…そして大学。

しかし、まぁ、思い返すと僕の人生は空っぽだった。だから穀潰しに選ばれたのだろう。

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穀潰し 日月 希 @hituki-nozomi

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