第3話
「どゆこと?」
幼馴染の突然の提案に俺は呆気に取られた。そりゃ、「木になりたい」とは言っていたけど。あれは別に死ぬ気もないのに「死にてぇ」と言ってしまうようなものだ。
「実は俺は今、環境庁で働いている」
「あっそ」
さすが秀才。面倒臭いから今まで聞かなかったけど、そんな立派なところで働いていたのか。
「そこで画期的な技術が民間との協力で実現したんだ。それは人間を木にする技術だ」
「あっそ」
田所が言うには、近年の森林伐採などの環境破壊、そして人口爆発などの地球問題、これを一手に解決する方法として「なら人間を木にしてしまえば一石二鳥だ」と言うプロジェクトが立ち上がったそうだ。
そして、田所が俺に頭を下げに来たあの辺で、ついに人間を木にする技術は実用可能なところまで来たと言う。
ただ、そんな技術があっても「じゃあ、俺が木になります」と手を挙げる人間などいるはずがない。
「そこで白羽の矢がたったのがお前だ」
田所はそう言って、俺を指差した。
「お前をプロの面倒くさがり屋として、世間に『何もしないダラけた人間ブーム』を植え付ける。そうする事で「何もしないでダラける事」は世の中に受け入れられ、木になる事に肯定的な人間も増える、と言うわけだ」
それで俺をプロの面倒くさがり屋にしたのか。
「ここまでのお前の働きは予想以上だった」
「それ、謎の組織に操られてた奴が言われるセリフじゃねぇか」
「それで、お前に更にお願いだ。お前、人類初の木になってくれないか? お前が木になれば、お前の意思を継いで、後に続く人間も大勢いるはずなんだ!」
「嫌だよ! テメェ、幼馴染をそんな売るような事してたのか、最低だな!」
「じゃあ、お前にこれ以外にできる仕事はあるのか?」
田所にそう言われ、俺は「ぎくっ」と図星をつかれ、怯んでしまった。ない。
「言っておくが、このオファーを断れば、お前と面倒くさがり屋の契約も今日で切らせてもらうぞ」
「脅しかよ。最低だな、お前。だから、俺は社会が嫌いなんだ!」
「家でソファに寝転がって金貰ってた奴が良く言うな」
「とにかく、俺は木になんてならないからな!」
「じゃあ、これからどうやって生活していくんだ、お前?」
そう言われ、また痛い所を突かれ「うっ」と俺は怯んだ。
「いいか、木になれば、もう死ぬまで何もしないで良いんだぞ。食べ物だって光合成で済むし、水だって根っこから動かなくても吸い上げられる。屋久島の杉の木なんて、一日中、何もしないでグータラしてるだけで、みんなから「立派だ」って褒めて貰えるんだ。こんなお前の理想の詰まった生き方はないだろ?」
「その杉に向けての「立派」はニュアンスが違うだろ」
「お前、この誘い断ったらどうするんだ? オジサンオバサンも心配してるんだよ。お前が木になるのか、木にならないのか、気になって気になって、夜も眠れないんだ。もしお前が木にならなかったら、これからどうしようって気になるし、木になってくれたら、気にならないで生きていけるのになぁって……」
「もう、早口言葉みたいで何言ってるのかワカンねぇよ、お前!」
「とにかく、これはお前にも悪い話じゃないんだよ! どうせ、お前、もう社会に復帰する気はないんだろ?」
田所にそう言われ、俺はムカっとした。社会でいい地位にいる、コイツに言われたからかもしれない。
「残念だが、社会に合わない人間ってのは一定数いる。お前みたいに。これは社会の構造上仕様がない部分もあるんだよ!」
「は?」
「でも、そう言う人間も木になれば、自分の居場所っていうのを得られる。お前はそう言う人に生きる場所を提供できるんだ。だから……」
「バカにすんなよ! てめぇ!」
俺は流石に頭に来て、近くにあったリモコンを田所に投げつけた。
これを見ていたライブカメラのコメント欄は荒れた。
『木が動いた!』『動けたんだ!』『動くとこ初めて見た!』『しかも喋った!』『人間だったの忘れてた!』
「ウルセェよ、お前ら!」
俺は失礼なコメントを読み上げる棒読みちゃんに怒鳴った。
オレラト オナジゲンゴヲ ハナシテル
腹立つわ。
まぁ、今はそれはいい。
「お前みたいなエリートには分から無いかもしれないけどな。こうやって毎日、ダラダラ過ごしてる俺でもな「これで良い」って心底思ったことは一度もねぇんだよ! 社会に居場所がないダァ? ちょっと上手く行ってるからって、社会は俺たちのもんって顔してるエリートが一番腹が立つんだよ! お前、昔から俺のことずっと見下してんだろ!」
「すまん。気に障ったなら謝る、だから、落ち着け。そういう意味で言ってるんじゃないんだよ。お前にとっても良い条件の提案だって言ってるんだ」
「お前なんかに俺らの気持ちは分からねぇんだよ。出てけよ! 契約切りたけりゃ、切ればいいだろ!」
俺は頭に来て、脳が震えて、なぜか泣き出していた。
「俺だって、面倒臭くなかったら、ちゃんと真面目に働けるんだよ。面倒臭くなかったら……でも、これじゃいけないって思うと、頭がブレーキを掛けてくるんだよ!」
そう言って、俺はテレビのリモコンを取りに部屋の端まで歩いた。それだけでもう疲れてしまい。その日はソファで寝転んでテレビを見る事にした。
怒ってしまった手前、田所に「疲れたから帰ってくれ」と言うのが、少し忍びなかった。しかし、全ては面倒臭いのがいけないのだ。
「じゃあ、また来るな」
田所は平泉成みたいに言って、帰って行った。
帰った後も、面倒臭かったが、体の奥から込み上げてくる怒りがおさまらなかった。
全ては面倒臭いのが悪いんだ。
面倒臭くなければ俺だってできるんだ。
しかし、翌日も俺は面倒臭かった。
何かしなければいけないと分かってはいるものの、面倒くさくて何にも手が付かない。
『あんだけ大見得きっといて、なんでダラけられるんだ!』
『凄え! 人間辞めてる!』
コメント欄は俺の堕落ぶりを見て盛り上がっていた。
昔からそうである。
勉強をしないといけない、働かないといけない。体の内側はそうやって焦っているのに、それを衣で包むように「でも、面倒臭い」と言う一言がその警報を掻き消して、何もしなくなる。
「やるぞ!」と思っても、何か気持ちがだんだん萎んで行ってしまう。
なんとなくだが薄々感じていた。
田所に怒ったお陰か、今まで見なくしていた部分に今日は目が行くようになった。
俺は多分、失敗してダメな自分を見たくないから、面倒くさいと言う言葉で先に進まないようにしているんだ。
そのせいで、周りからどんどん遅れて行き、気付いたらもう外に居場所がなくなってしまった。
「俺は木になった方が良いのか?」
多分、世界中の俺に憧れている人もそうなんだろう。
ダメな自分を見るのが嫌なんだろう。
木になれば、もうそんな自分を見るのはおさらばだ。田所の言う通り、そうやって生きていく事が正しいとされる。
なんで、人間はこういかないんだろう?
そんな事を思っていると田所がまたやって来た。
「昨日はすまなかった。で、お前に言い忘れた事があるんだ」
「あっそ」
もうそんなに怒っていなかったが、昨日の手前、ちょっとつっけんどんな態度で俺は返事した。
「すぐに木になるのは、確かにハードルが高い」
「高過ぎだ。棒高跳びくらいあるぞ」
「だから、お前のためにシミュレーションできる機械があるんだ。一日だけ、木を体験できる機械だ。やってくれないか?」
田所は俺にそれを提案してきた。
「田所、お前、俺が木になったら、どう思う?」
俺が尋ねると田所は咳払いをして、改まった。
「俺は、お前が光合成で作った酸素を吸ってみたい」
田所は真面目な口調でそう言った。真顔で何言ってんだ、こいつ。
「そうか」
面倒臭いので、俺は突っ込まないで、頷くだけにした。
毎日、コイツが来たら面倒臭いので、俺は一日だけ、木の生活を体験してみる事にした。
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