第2話
翌日から俺の仕事が始まった。と、言ってもやる事は昨日までと変わらない。ただソファに寝転がって、動画なりテレビなりを見たり、ゲームをしたりするだけ。
飯は母親にテーブルの上に置いて貰った。昨日までは「穀潰しに食わす飯はないよ!」と言っていたくせに、いざ仕事になった途端、「仕事なんだから仕方ないよね」とニコニコしながら、冷蔵庫のものをテーブルまで持って来てくれる。
何度も言うが、昨日までとやってる事は一つも変わらない。俺は一つも成長してないし、偉くもなっていない。
なのに母親は俺がソファでダラけているのをニコニコしながら見守っていた。
「田所君に感謝しないとね」
と言っていた。
人の見る目なんてこんなものなのかもしれない。
これで金が貰えるというんだから、母親の言う通り俺は良い友達を持ったと神に感謝しなければならない。
『すげぇ、本当に何もしてない』
『植物の観察をしてるみたいな気分だぜ』
『こいつ、これで金を貰ってるって本当かよ』
俺のダラケぶりはカメラでライブ配信され、世界中の人がただ俺がソファに寝転がってだらけている姿を眺めていた。
来る日も来る日も、別に何をするでもなく、ただただ何もかも面倒臭いのでだらけるだけの日々。
金の使い道もない為、田所から金が支給されると、全部、Vtuberの投げ銭に飛んだ。
「あー、マジで楽だわぁ」
この前までのニート時代とは違い、俺のダラケぶりはリミットが外れてしまった。なぜなら、面倒くさがり屋として金を貰うことで社会から認められてしまった為、「こんなことしていたら、社会復帰なんかできないぞ」と言う昨日までの危機感が完全に吹き飛んでしまったからだ。
もう、止めるものなど何もない。
金も入るし、親も俺が就職できて、親戚中に報告している。何を引け目を感じる事がある。これからは面倒くさがり屋として、もう、絶対に何も頑張らない。
「行動するのは、甘えだ」
俺はその結論に達した。
なんかネットでバカなインフルエンサーどもが「結局、行動する奴が勝つ」とかほざいていたが、あんな奴らが全員自分より下に見えた。俺に言わせれば、行動するのは甘えだ。
「行動とは、ただ己の不安から逃れている現実逃避に過ぎない。俺は逃げなかった。日々堕落し続け、自分の弱さと毎日向き合った。そして、乗り越えた。だから言える『行動するのは甘え』だと」
いわば「無いが有る」の境地で有る。
「逃げるな。己と戦え」
俺のこの考えにネットでは大反響となった。すぐさま『行動するのは甘え』という考えはトレンド入りした。
「俺もこの人を見習って、面倒くさがり屋として、一旗上げてやる!」
そして『ソファの向こう側』と名付けられた俺の成功理念は無我の境地となり、ネットで燻っていた奴らの心に火をつけたのだ。
「凄いぞ。予想以上の反響だ」
しばらくすると田所が嬉しそうに俺の元に飛んできた。
「お前の配信を見てた、ニートとかバカとか、怠け者とか穀潰しとかアホとか役立たずが、みんなお前に憧れ出したぞ。『どうやったら、この人みたいにダラけて金が貰えますか?』って問い合わせが朝から鳴りっぱなしだ!」
「あっそ」
田所は嬉しそうに言っていたが、俺からしたらどうでも良かった。
「『行動するのは甘え』って言葉、今、凄いバズってるぞ」
「なんだ、それ?」
「ん? お前が言った名言だろ? そう書いてあったぞ」
「知らん」
もう頭のシナプスも動くが面倒で脳内を駆け巡るをやめてしまったので、俺は過去の記憶など呼び覚ます事もできない。もう未来も過去もない「今」を俺は生きているのだ。だるいから。
「とにかく、お前の生き様が現実世界の、そう言う、なんて言うか……競争社会に辟易していた奴らに勇気を与えてるんだよ」
田所は誰に気を遣っているのか知らんか、物凄く言葉を選びながら、監視カメラをチラチラしながら言った。
「あっそ」
しかし、それを俺は軽くいなした。もはや、会話の合気道の達人だ。
たまたまテレビで俺のことが話題になっていた。
なんでも俺と言う存在が競争社会で負け、行き場を失っていた人間の受け皿となっていると、今まで居場所のなかった人間に新しい居場所を与えているのだそうだ。
「そんな堕落した考えではいつか後悔しますよ!」
しかし、どっかの教育評論家はそれに異論を唱え『面倒くさがり屋』なんて仕事ありえないとテーブルを強く叩いた。お前の「教育評論家」って仕事も大概だとおもけどな、と俺は思ったが面倒臭いので言わなかった。普段、何やってんだよ、こいつ。
しかし、そんな教育評論家(笑)に「eスポーツだって、昔はゲームをしているとダメになると言われていたが今では立派なスポーツだ」と反論している評論家もいた。
どっちの意見も俺からしたらどうでも良い意見だった。
なぜなら、当の俺自身はそんな事、何も考えて行動していないのだから、こんな物に意味もクソも無いのだ。
コイツらは、何を戦っているんだ?
テレビの中の無駄な議論を俺はボーッと見ていた。見れば見るほど、バカとバカのシバき合いにしか見えなかった。
世界中から田所の所に「自分も面倒くさがり屋になりたい」と言う人々の応募は絶えず、今では厳しい審査を通過しないと面倒くさがり屋にはなれないそうだ。
「厳しい審査ってなんだ?」と俺は首を傾げたが、面倒臭いので言わなかった。なんでもGoogleやアップルに入るよりも競争率は厳しいらしい。
俺もたちまち時の人となり、あちこちにプロモーションで駆り出される事になった。
テレビやラジオへの出演。これはもちろん面倒臭いので全部、当日欠席した。
そして地方での講演会、これも面倒臭いので全部、欠席である。「こんなのに誰が来るんだ?」と田所に聞こうとしたけど、言わなかったら、田所が気を遣って話し出し、それによると、会場にいた超満員の意識高いバカどもは俺が欠席した無人の壇上をありがたそう二時間見て、『これが新しい時代の考え方『面倒臭い』なのだ」とか『とにかく圧倒された』とSNSに投稿していたそうだ。
バカじゃねぇの。
さらに書籍も出版した。もちろん面倒臭いので、ハードカバ−四百ページの全ページ白紙で出版され、これもベストセラー。どっかのバカな評論家が「この白紙は1ページ1ページにちゃんと意味がある」とわかったような口を聞いていたそうだ。どうして、バカって言うのは、こう言う余計な勘ぐりをしてしまうのか。
さらにグッズも予約販売後、作るのが面倒くさいから金だけ貰って何も作らなかったら「今のスパチャ文化へのアンチテーゼだ」と誰かが言った。
どうもバカと言うのは見たままの事を見たまま言う事が苦手で、「なんか良いこと言わなきゃ」と余計な勘ぐりをしてしまうらしい。
そのおかげで俺は金だけ儲かり、さらにありがたい人間にされてしまった。
俺がスパチャしているVtuberが「俺のファン」だと言っていた。
そして、俺の活動に目をつけた団体があった。
それが『ミニマリスト』と呼ばれる人々だ。奴らは俺の行動を見て「人間の無駄を究極にまで省いた、ミニマリストの完成形」だと絶賛した。
ここまで来ると社会はバカしかいないのかと思えてくる。
これによって田所の思惑通り「面倒くさがり屋」の人数は日に日に増えているそうだ。
ただ、田所は俺みたいな奴を増やして何がしたんだろうか?
俺でも分かる。こんな人気など、どうせ一過性だ。
今の世の中の移り変わりは激しい。こんな極端で底の浅い文化が一生続くはずが無い。多分、来年には消えているだろう。
俺は上り調子になるにつれ、この面倒くさがり屋と言う仕事の翳りを見ていた。過去存在したあらゆる一発屋の文化の例に漏れず、いつか俺もオワコン、終わった人間とみんなから見放される日が来る。
そうなった時、俺には手に職は何もない。
前よりも歳をとった、何も無い自分が残るだけだ。
ソファで寝転んでお菓子を食べていた、俺の手が止まった。
それを見ていた人々が。
『なんだ?』「止まったぞ』『また天啓か?』『今度はどんなありがたい言葉をくれるんだ?』
俺が卵でも産むかの如く、止まってしまって俺を期待の目で見ていた。
「本当にこのままでいいのだろうか?」
日に日に増えていく貯金額とは裏腹に、俺は焦りを感じ始めた。きっとこのままではいけない。もう、飽きられる日はすぐそこまで来ているはずだ。
俺の見ていたVtuberの視聴者の数も、この仕事を始めた時よりも減っていた。今では半分以下になっている。
しかし、俺は動くことができなかった。
快適すぎるこの環境を投げ出し、外の世界に出る勇気がもう無かったのだ。
「俺は木になる」
昔、冗談のように言っていたが、本当に一歩も外へ出る意識が無くなってしまった。ソファに根が張ってしまったように動けなくなってしまった。
気づいたら、恐怖で、この部屋から出る事ができない。
俺は本当に木になってしまった。
そんな時、田所がまた俺のところにやって来た。
「ここまで準備は順調だ」
「準備?」
田所はあの時の様に、俺の前で改まったように姿勢を正した。
「実は今日はお前に折り入ってお願いがあるんだ」
「あん?」
「お前、本物の木になる気はないか?」
田所は真面目な顔で俺にそういった。
はぁ?
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