行列のできる面倒くさがり屋

ポテろんぐ

第1話 

 その日、職安にも行かず、俺は家でゴロゴロしていた。

 仕事を辞めてすぐは家族も俺に「働け!」や「穀潰し」などと言って、俺の危機感を煽って来たが、いよいよ俺が本気だと気付いたらしく、もう誰も俺に文句を言って来るものは居なくなった。


「俺は木になるんだよ」


 何にもしないでただそこでジッとしていれば「立派だ」と褒めてもらえる木が羨ましたかった。

 俺がお菓子を足で取ると怒られるのに、木が根っこから養分を吸い上げても誰も文句を言わない。それどころか、ジョウロで水をやるお人よしだっているくらいだ。


 昔から学校へ行くのも、勉強するもの、外で遊ぶのも、全てが面倒臭かった。とにかく家でゴロゴロしているのが幸せだった俺にとって、教室の窓の外から見えた木は憧れの存在だ。


 あんな風に一日中何もしないでボーッとしてられたら、どれだけ幸せか。


 そして今、俺は仕事を辞めてずっと家の中でゴロゴロして暮らしている。念願の木と同じ生活をしている。

 もう、誰にも邪魔されず、こうして死ぬまでゴロゴロして木として生きて行こう。


 そんな風に心に決めた矢先、俺の部屋に幼馴染の田所が突然やって来た。両親の奴、諦めたと見せかけて、俺を外に出す為の用心棒を雇っていたのだ。


「働いてないって聞いたけど、本当だったんだな」


 昔からコイツは勉強ができて、どっか良い所に就職したことは聞いていた。

 そんなグータラな俺とは正反対の優等生の田所がスーツ姿で、平日の昼間にスウェット姿でソファに寝転んでいる俺を見た。田所は海外のゲテモノ料理でも見るような目で俺を見下ろした。

 両親は田所を見て、俺の劣等感を逆撫でしとうと企ててるんだろうが、そうは行くか。こっちはもう社会から逸脱した木なんだ、エリートもクソもあるか。


「何だ、田所? お前まで、俺のこと説教しに来たのか?」

「お前が仕事辞めてニートしてるって聞いたから、様子を見に来たんだよ」

「言っとくけど、俺はもう働かないからな。死ぬまでこうやってソファに寝転んでテレビとか動画見て暮らして……そして、木になるんだよ」


 窓の外で風に揺られて、木の葉が揺れる音がした。俺もいつか脇毛かなんかをああやって揺らして音を奏でたい。

 そんなロマンチックな夢を思い描いていると、横の田所は小声で「あっそ」と言った。


「そうは言っても、お前だって『このままじゃダメだ』って薄々は思ってんだろ? 貯金が無くなったら、どうする木なんだよ?」


 田所に言われ、一瞬だけ「うっ」と体が止まった。一瞬だけ、ホント、一瞬だけ。


「そ、そんな強請りまがいの事言って、不安を煽ろうとしても、無駄だ! 俺はもう働かない。こうやって一生、ソファに寝転んで生きると決めたんだよ!」


 そう言う俺を田所は真剣な眼差しで見てきた。


「お前、それ本気で言ってるのか?」


 後ろから「エリート」「年収一千万」「勝ち組」「幸せの終着駅」などと言う俺のわずかに残った劣等感を逆撫でしてくる優等生の眼差しに、俺の心の内側から「負け犬」「最下層」「彼女いない歴イコール年齢」「チー牛」という言葉たちが次々と飛び出して来そうになった。

 悔しいが昔から俺はコイツのことが苦手だ。小さい頃から何をやってもコイツには勝てた試しがない。

 本当、いつも劣等感を刺激してくる。


 しかし、俺はギリギリのところで踏み止まった。今回だけは負けるわけにはいかない。こっちだって伊達や酔狂でこんなことしてる訳じゃない。

 一度、ちゃんと社会に出て「このまま続けたら確実に死んでしまう」とちゃんと確認してからニートをしているんだ。生まれてからロクに社会も知らずにニートをしている奴らとは、心構えが違うのだ。


「ほ、本気に決まってるだろ! 俺はもう誰よりもグータラして生きて、死んだ時に『本当は俺も、アイツみたいに楽していきたかった』ってお前達が泣きながら言ってるのを天国から見下ろしてやるからな! どんなに頑張ったってな、所詮、人は死んだから何も残んねぇんだよ、エリート様!」


 俺が強がりを少し含んだ口調でそう言い切ると、田所は「そうか」と一言言い、真剣な眼差しを俺に向けた。


「じゃあ、このまま働かないでお金が無くなったら、その時も働かないで死ぬ事を選ぶって言うんだな」

「あ、当たり前だろ! お、俺はもう人間じゃないんだ。もう、これからは木みたいに生きるって決めたんだ!」


 俺がそう言い切ると田所は座っていた床から立ち上がり、俺の方に歩いて来た。

 俺は無理矢理、外の出されると思い、ビクッとした。


「素晴らしい」

「は?」


 しかし、怒られると思っていた俺とは裏腹に、田所は俺を見ろしながら、称賛の拍手を送ってきた。


「なんだ?」

「いや、昔からグータラで怠け者だと思っていたが、ここまでの男だとは思っていなかった。本当、お前と友達で俺は嬉しいよ」

「は?」


 田所のリアクションの意味がよくわからず、俺は何故か辺りをキョロキョロしてしまった。


「どう言うこと?」

「今日、ここに来たのは、確かにお前のオバさんから「お前に働くように言ってくれ」って頼まれたからだ」

「やっぱりそうじゃねぇか! 俺を褒めて油断させるつもりだったん……」

「でも……」


 田所は続けた。


「それは半分は正しいが、半分は間違っている」

「半分間違ってる?」


 どういう事だ?


 俺が疑問に思うと、田所はいきなり服を正し、姿勢を正し、そして、床に正座した。


「お前、何してるんだ?」


 学校一の秀才。俺が何一つ一度も勝った事がない人間が俺に土下座をしようとしている。


「今日、ここに来たのお前に折り入って頼みがあるからだ」

「お前が、俺に?」

「お前、今のこの状態を仕事にする気はないか?」

「は?」


 俺は「どう言う事?」と目が点になった。


「どう言う事?」

「だから、今のそのだらしない生活を仕事にしないか? この通りだ」


 学校一の秀才だった田所が「この通り」と言って額を地面に擦り付けている。


「どう言う事?」


 俺は更に目が点になった。テレビから流れて来た「正解はCMの後!」と言ってたクイズの答えを聞き忘れてしまった。


「だから、お前、面倒くさがり屋を仕事にしないか? って頼んでるんだよ。もちろん、給料は俺たちが保証する」


 田所が「これでどうだ?」と言って提示してきた給料を見て、俺は目が更に点になった。


「俺が辞めた会社の倍くらいあるじゃねぇか。こ、こここここ、こんなに、本当に貰えるのか?」

「そのリアクション、決まりでいいか?」


 そう言って、田所はテーブルの上に契約書らしき物を慣れた手つきで置いて行った。


「いや、いやいやいやいや! こんな美味しい話あるかよ! そう言って……それ、お前の知ってる会社の書類で、俺を働かせようとしてるんだろ!」

「安心しろ。お前を必要としている会社は、この世に一社たりともない」


 コイツに言われるとなんかリアルで腹が立つ。


「別にお前は今まで通り、そうやってグータラしてればいいだけだ。ただ、この家の中にはライブカメラを設置させてもらうがな」

「なんで?」

「お前がグータラしてる所を世界に配信する為だ。だから、外に出て貰ったら寧ろ困る。お前の面倒くさがり屋としての才能を存分に世界に見せて欲しいと思っている」


 そう言って、田所は「契約書にもそう書いてあるだろ」とその辺の文章を俺に見せてきた。


 ホントだ。


「え? あの、本当に、俺、今のままの生活で、いいの?」

「ああ。むしろ、頼む」


 俺はいつの間にかソファに寝そべっていた体勢を起こして、田所に正座をしていた。


「何か人の役に立たなくていいの?」

「むしろ、何もしないでくれ。この際言うが、昔からお前が良かれと思って何かすると逆に迷惑だった。テレビを見て、動画を見て、ゲームをして、好きなもの食べて、スパチャ投げて、グータラしててくれ」


『この塾始まって以来の天才』と言われていた田所が再び俺に「この通り」と言って、頭を下げて来た。


 悪い気はしないな。


「ま、まぁ、お前が、そう言うなら……」


 気が進まないが、友人に頼まれたら仕方がないな。


 その晩、田所の言っていた通り、業者の人が何人か来て、俺の家にライブカメラをいくつか設置して行った。

 母は「息子の就職が決まって良かった」と父と抱き合って、涙を流していた。


 俺はそれをソファに寝転がりながら、推しのVtuberのゲーム実況を見ながら、その光景を眺めていた。


 仕事が決まり、両親は喜んでくれた。


 やってる事、昨日と全く変わらないんだけどな。


 とにかく、俺はその日から『面倒くさがり屋』として生きていく事になった。













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