第11話雨の中の決闘

冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。夜の闇に覆われた街中で、ルリはマグナムを構え、雨粒が頬を伝うのも構わず、目の前の敵――沙樹に集中していた。雨の音が心を掻き乱すが、それでも彼女は沙樹の心を読もうとする。


「よく見えない…心も上手く読めないな…」


焦燥感が募る中、ルリは心の中で決断した。


「仕方ない…適当に撃ってみるか?」


パンッ、パンッ!


マグナムの乾いた音が雨音に混じり響く。閃光が瞬間的に闇を切り裂くが、その直後、キンッ、キンッと金属同士がぶつかる音が耳を打つ。驚愕するルリ。沙樹は弾丸を剣で撃ち落としている。


「遠距離も駄目、近距離も駄目…」


銃弾が無力化され、心を読むこともままならない。ルリの焦りは徐々に膨れ上がる。呼吸が荒くなり、冷たい雨のしぶきが彼女の視界をさらに狭める。


「仕方ない…!」


ルリは考えるより先に体が動いた。近くの公園へと足を滑らせ、木々の影に逃げ込む。彼女は息を整え、木の上に飛び乗った。


雨が葉に滴り落ちる音だけが響く。


周囲の暗闇が彼女を包むが、心の中では混乱が渦巻いていた。


「一体どういうこと?噂では聞いたことがあるけど、なんで私を狙うの?それに、あの強さ…一太刀でも受けたら、こっちが一気に不利になる…もう、ここから奇襲して、一気に決めるしかない!」


心の声が焦りと決意を交差させる。だがその瞬間――


「誰を奇襲するの?」


冷たい声が耳元に響いた。驚愕したルリの目が瞬時に見開かれる。沙樹がいつの間にか真下に立っているではないか。


「いつの間に!?こんなに気配を消して近づいてきた…!」


ルリの思考が追いつく間もなく、沙樹の剣が一閃、木を斬り倒す。無情に崩れ落ちる木と共に、ルリは急いで地面に飛び降りた。


その瞬間、彼女は投げナイフを繰り出す。刃は冷たい雨を切り裂き、闇に向かって放たれる――だが沙樹は一瞬でそれを避け、再び距離を詰める。


「早い…!」


すぐに銃に手をかけたルリだが、次の瞬間、沙樹の剣が銃を打ち落とす。そしてそのまま流れるような動作で、沙樹の剣はルリの胸に一突き入れられた。


激しい衝撃がルリの体に走る。致命傷には至らなかったが、鋭い痛みが彼女の意識を引き裂く。雨が流れ出る血と混ざり、地面に滴り落ちる。


「最近…調子が悪いな…」


体の力が抜け、足元が崩れ落ちる。膝から崩れ落ち、その場に座り込むルリ。視界が揺れ、意識が朦朧としていく。雨が冷たく体を叩き続ける中、彼女は自分の限界を感じていた。


「負けてばっかり…抵抗する気力もない…」


沙樹はその場に立ち尽くし、剣を収めながら冷たい視線をルリに向けた。


「思ったよりあっけないな。もう少し楽しめると思ったのに…たったの二太刀か…」


ルリの目の前で、沙樹の言葉は静かに響いた。雨はなおも降り続け、戦いの余韻だけが空気を包み込んでいた。その時――


「ルリさん!」という微かな声が、雨音の中から聞こえてきた。


同時に、癒しの波動がルリを包み込む。彼女の意識が鮮明になり、痛みが和らいでいく。沙樹はすぐにその異変に気づき、ルリが足払いを仕掛けようとしたのを見逃さず、素早く後退した。そして、目線を動かすと、雨の中に震えながらも立つララの姿が見えた。


ララは全身が雨でびしょ濡れになっていたが、その眼差しは真剣だった。癒しのオーラを纏い、震えながらもルリを助けようとしている。


「大丈夫ですか、ルリさん!」息が荒いながらも、ララは落ち着いた口調で声をかける。


ルリはその声に少し反応し、顔を上げたが、冷たい表情を崩さずに答える。


「なんで敵を助けるの?勝手なことしないで!」


そう軽くあしらうと、彼女は手足の爪を一瞬で伸ばした。


「もう道具じゃ勝てない…本能に従うしかないか」


ルリは自分の身体を見つめながら言った。そして、彼女の全身の毛が逆立ち始め、徐々に姿が変わっていく。ルリはワーキャットの姿へと変貌していった。


「え?すごい…私と一緒なんですか?」ララが驚いたように声を上げる。


「違うわよ。あたしは理性があるからここまでなの。あんたみたいに完全にはならない。そこまで強化されるわけじゃないかもね」ルリは冷たく言い放つと、ララを見据える。


「そうなんですか?私もよく覚えてないけど、そんな姿になったことがあるような気がして…」ララは戸惑いながら答える。


「少し下がってなさい。どうせ攻撃できないんだから」ルリは再び冷たく言い、前に進んだ。


彼女の両爪が一瞬で交互に閃き、沙樹に向かって猛然と攻撃を仕掛ける。沙樹は剣を鞘に収めたまま、冷静にその攻撃を弾きながら間合いを取る。


「いい動きだけど、やっぱり弱いね」 沙樹は冷ややかに言った。


「あなた、本当に黒羽ルリ?圧倒的だとかいろいろ言われてるけど、今のあんたはただの雑魚にしか見えない」沙樹は挑発するように嘲笑った。


ルリはその言葉に反応するようにお腹を刀で突こうとしたが、沙樹は全く動じなかった。それでもルリは冷静さを保ち、すかさずハイキックを沙樹に仕掛ける。その爪が沙樹の腹に深く食い込み、血が溢れ出した。沙樹がよろけた隙を見逃さず、ルリはそのまま何度も両爪で沙樹を切り裂いていく。


沙樹が防御に移ろうとした瞬間、ルリの蹴りが剣を弾き飛ばし、その剣がララの方向へと飛んでいった。


「今だ…!」 ルリはその一瞬の隙を逃さず、爪をさらに長く伸ばし、沙樹に突き刺す。そして力いっぱい沙樹を投げ飛ばした。


沙樹は重く地面に落ち、動かなくなった。ルリはその体を見下ろすと、再び両爪を振り上げ、幾度も斬撃を繰り出していく。沙樹の周囲には無数の傷が刻まれ、そのまま動かなくなった。


ララはその光景を見つめ、ただただ驚愕していた。雨が降り続ける中、ルリの背中は冷たい夜空を背負いながら、圧倒的な力を放っていた。ルリは、両爪を振り下ろしたまま、しばらく動かなかった。雨が彼女の体に降り続き、しっとりとした毛並みが少しずつ元の姿に戻っていく。彼女はワーキャットの姿から人間の形に戻ると、ララの方に視線を移した。


「ありがとう…」と、ボソッと呟いた。けれど、その優しい一言をすぐに強い口調で打ち消すように言い放つ。


「でも、どうして助けたの?別に助ける必要なんてなかった。あたしは何度でもくるみの心を壊すよ!」彼女の言葉には鋭さがあり、声が雨音に負けじと響く。


ララは一瞬怯んだが、目を伏せながら小さな声で答えた。「あーもう、それはいいんです…もう、くるみさんとは関係ないので…」そう言うと、涙が目に滲み、彼女はしゃがみ込み、震える声で続けた。


「あのあと…くるみと何があったのかを、説明しないと…」ララの声は泣き崩れ、感情が抑えられなくなっていた。小さな身体が震え、塞ぎ込むようにうずくまってしまう。


ルリはその姿を見つめ、しばし黙り込んだ。冷たい風が2人の間を吹き抜け、雨はなおも降り続けている。遠くの雷鳴が、静寂に混じって響いた。


「そう…あなたも、捨てられたのね…」ルリは冷静に呟いた。どこか同情の色を浮かべながら、ふと周囲を見渡す。


「こんなボロボロじゃ、カフェにも行けないし。良かったら、私のホテルに来る?どうせ行くところはないでしょ?」ルリは少し冷たいながらも、手を差し伸べるように提案した。


ララは目を伏せたまま、小さく「ありがとう」と呟き、立ち上がった。彼女の足取りは不安定だったが、ルリの背中を追いかけるように後をついていった。


雨が二人の背中を濡らし続ける中、その場には静寂が訪れた。


その後、2人が立ち去った後の静かな公園に、ふと動きがあった。倒れていた沙樹が、苦しそうに息をしながらゆっくりと体を起こした。傷だらけの体を支えつつ、一歩一歩、刀の方へと歩いて行く。


その姿は、どこか絶望的なものだった。


沙樹は血まみれの手で刀を手に取り、倒れ込むようにその場に膝をついた。初めての敗北、そして致命傷に近い深い傷が、彼女の呼吸を乱し、意識は遠のいていく。


「もう終わった…」 沙樹は絶望の中で、弱々しくその言葉を胸の中で呟いた。雨が彼女の体に無情に打ち付け、冷たさがその身をさらに締め付ける。


その時――


「力が欲しいか…?」


どこからともなく、暗く低い声が聞こえてきた。まるで彼女の心に直接響くかのように、深く、重々しい声が囁いた。


「…力が欲しければ、我と契約しろ。契約すれば、力を授けよう…」その声はさらに彼女を引き込むように響く。


沙樹はもう意識が朦朧としていたが、絶望の中で藁にも縋る思いで小さく呟いた。


「契約…する…」


その瞬間、沙樹の体は謎の力に包まれ、黒い霧のようなものが彼女の体を覆い始めた。刀を手にしたまま、彼女はその場に倒れ込むが、力の契約は確かに成立した。


「契約成立だ――」


その言葉が冷たく響く中、沙樹の体は力に包まれたまま、忽然と姿を消した。彼女がその場にいた痕跡は、ただ雨に流される血の跡と、冷たい静寂だけが残された。

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