第6話猫達の街歩き

さっきよりも雪や風は少し落ち着いてきたものの、道端には歩行者が踏み固めた雪がまだ残っていて、人々は寒そうにコートを着込みながら足早に歩いていた。行き交う人々は、ララの猫耳に気づくと、驚いたように振り返り、何度も彼女の後ろ姿を見つめていた。ルリはそんな注目を集めるララの後ろを、目立たないように歩いていた。


「パン屋さん、いい匂い〜。」

ララはパン屋の前を通るたびに、ふわっと漂う焼きたてパンの香りに顔を輝かせる。

「スーパーの前は人が多い〜。」

ララはそう言って、スーパーの前に並ぶ買い物客を指差しながら、純粋な感想を口にする。

「寒くないですか? もう少し近くに来ませんか?」

ララはルリの方を振り返り、心配そうに尋ねた。


「いや、大丈夫……」

ルリは軽く応じたものの、無言で少し距離を保ちながら歩いていた。車のエンジン音が遠くから聞こえ始め、次第に大通りに差し掛かると、車の数が増え、信号が青に変わるたびにどっと動き出す。ララがさらに注目を集め始め、ルリはついに我慢の限界を感じた。


「ちょっと、ここで待ってなさい。」

ルリはため息をつき、急いで近くのディスカウントストアに駆け込んだ。


急に1人になったララは、心細そうにキョロキョロしながらその場に座り込んでしまう。道端に残った雪が黒ずんでいて、ララの手袋には少し湿った感触が残る。だが、すぐに手に荷物を持ったルリが戻ってくるのを見つけると、不安は一気に吹き飛び、笑顔で手を振りながら立ち上がった。


「うわっ……」

ルリは若干引き気味でため息をつき、大きめの茶色の帽子をララの頭に被せた。「これを被ってたら、もうじろじろ見られることもないから。尻尾はアクセサリーっぽいし、もふもふだし……多分、大丈夫。」

ルリはそう言いながら、ララに帽子を被せた。


「え? 良いんですか?」

ララはディスカウントストアのガラスに映った自分の姿を見て、ルンルン気分で尋ねた。

「どうですか? 可愛いですか?」


「はいはい、可愛い可愛い。」

ルリは若干引きながら、やれやれと思ったが、心の中ではララの姿が少し可愛くも見えてきた。

(似合ってるじゃん……)

そんな風に思いながら、無意識に少し笑みを浮かべる。


空は段々とオレンジ色に染まり、夕方になりつつあった。

「ねえ、お腹空いてない?」

ルリがそう聞くと、ララは急に少し必死な顔になって、訴えるように言った。

「昨日からずっと空いてます〜! だって水しか飲んでないし、カリカリも食べられなかったんですよ〜!」


空腹を訴えるララを、ルリは軽くなだめながら言った。

「カリカリしか食べるものがあるわけじゃないし、あたしの行きつけのカフェがあるから、一緒に行かない? ご馳走してあげる。」


「え! じゃあ、そこに行きましょう!」

ララは嬉しそうに前を走って行った。


「いや、場所知らないでしょ? 待ちなさい!」

ルリは呆れながらも、ララの後を追いかけた。ずっと前を走るララに、ルリは「そこは右!」と声をかけても、ララは逆の方向に走っていく。

「左右もわからないのか……」

ルリは呆れながらも、大声で「止まりなさい!」と叫んだ。すると、ララだけでなく、周りの通行人もビクッと立ち止まり、驚いた様子で振り返った。


「そんなに大声出さなくても〜……」

ララはしゅんっとしながら戻ってきた。ルリは周りの目を気にして、引きつった笑顔を浮かべながら、

「私がちゃんと案内するから、付いて来てね。」

そう言って、ララの手を取った。手を繋いで歩き出すと、ララは無邪気に、

「お手手あったかいですね〜。」

と言いながら、歩いていた。


しばらくすると、大きな公園が見えてきた。ララはそれを目にすると、目を輝かせて、

「うわ〜! 大っきなおもちゃがいっぱい〜!」

とはしゃぎ始めた。ルリはため息をつき、

「わかったけど、カフェに行くからね!」

と強引にララを引っ張っていった。


公園を抜けた頃、遠くに赤い屋根が見えてきた。ルリは指をさして、

「ほら、あそこよ。」

と言うと、彼女の行きつけのオープンカフェが目に入ってきた。カフェに入るとカフェに入ると、店員に「いらっしゃいませ〜」と声を掛けられた。ララは「来ちゃいました〜!」と手を振ってしまい、慌ててルリが静止する。

「2名で、いつもの席に行きます。」

恥ずかしそうにララの手を引き、外にある席に向かう。


「どうして寒いのに外に行くんですか?」

ララが不思議そうに聞く。

「ここだと誰にも邪魔されなくて、リラックスできるのよ。」

そう言って、ルリは席に座った。


「ご注文は?」

店員に聞かれ、ルリは慣れた調子で答える。

「いつものアイスミルクココア。この子も同じ物とトーストをお願い。」


そわそわと周りを見渡すララは、何度もルリを見つめていた。

「あ、そうだ。忘れてた。」

ルリは思い出したように言った。

「私、普段名乗ったりしないから……あたしは黒羽ルリ。あなたの名前は?」

ララは急にかしこまって答える。

「名前はララです!」


「うん? 苗字は?」

そう聞いた後すぐに、

「いや、わからないか。ララちゃんね。」

ルリはすぐに訂正した。案の定、ララは「苗字?」と上を見上げて考えている様子だったので、

「今のはなしね。」

と誤魔化す。


そうこうしているうちに、トーストとミルクココアが運ばれてきた。ララは飲み方がわからないのか、顔をコップに近づけて匂いを嗅ぎ、舐めようとした。

「ララちゃん、舐めちゃダメ。このストローで吸って飲むの。」

ルリはそう言って、やり方を見せる。ララは見よう見まねでストローを使って、

「こうですか?」

と聞きながらココアを飲んでみる。

「あっ! すごく美味しい〜!」

と、パァ〜っと笑顔になる。トーストも匂いを嗅いでからかじりつき、

「美味しい!」

と嬉しそうに食べるララを見て、ルリの心もほっこりと暖かくなった。


日がすっかり落ち、夕暮れ時になった頃、ルリが言った。

「そろそろ帰りましょうか?」

するとララはかしこまって、

「黒羽ルリさん、今日はありがとうございました。」

と伝える。

「なんでフルネーム?」

ルリは心の中で呆れつつ、意味はないだろうとため息を吐く。

「ルリでいいよ。」

と言って、彼女をなだめた。


お会計の時も、ララはお金を見て不思議そうに、

「それは何ですか?」

と聞いてくるので、ルリはキツく言った。

「もう、あまり恥をかかせないでね。」

しゅんとしたララを連れて店を出ると、来た道を戻る間、ララはずっと下を向いて元気がなかった。


「さっきは言いすぎたわ。ごめんなさい。」

そう言っても、ララは「う〜ん……」と元気をなくしている。


あたりはすっかり暗くなり、雪もぱらぱらと降っている頃、ルリが言った。

「ほら、着いたわよ。」

ララのマンションの前に到着していた。

「本当にありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。」

ララが頭を下げるので、ルリは言った。

「いや、これから覚えていけばいいの。それより、あなたも人間になったってことは何か試練があるんじゃないの?」

するとララは、少し暗い顔をして、

「あ〜、ありますよ。心を癒さないといけないんです。でもやり方がわからなくて……。」

と答える。


ルリは少し考えた後、

「できることがあったら、あたしも手伝うから。」

と言うと、ララは笑顔で答えた。

「ありがとうございます。くるみさんも喜びます。」


その言葉に一瞬、空気がピリッと張り詰めた。

「くるみさん?」

ルリは聞き返したが、すぐにそそくさと帰り支度を始める。

「今日はありがとう。さようなら。帰りはちゃんとエレベーターか階段を使うのよ。」

と言い残し、早足で帰って行く。


「ありがと〜!」

ララは無邪気に手を振り、マンションの入り口に向かった。

「今日は楽しかったな……でも、試練中なんだよね。」

そう思いながら歩いていると、マンションの入口前で横たわっている黒猫を見つけた。


「あ〜、猫さんだ! 可愛いな〜。ちょっと心を読む練習をさせてね。」

ララは黒猫に集中して心を読もうとするが、何も見えず、

「う〜ん、猫の心は読めないのかな〜。」

と落ち込んでいる。すると、黒猫と目が合い、すぐに逃げていったが、ララは何事もなかったかのようにマンションの入口を開け、エレベーターで家へと帰って行った。

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