第10話 ライバル?

「おい吉野。今日もこれやっとけよ」田原はそう言うと、僕に自分のキーパーグローブを渡してきた。それを見た他の先輩たちも「じゃあ俺もよろしく」と同じように僕に手渡す。


 このように、最近は練習終わりに僕が先輩たちのキーパーグローブを洗うことが習慣になっていた。


「強く洗い過ぎんなよ。この前グローブちょっと傷ついてたぞ」田原は言った。


「すみません。気をつけます」どうして僕が謝るのか、自分でもよくわからない。しかし「だったら自分で洗え」とも言えるわけがなく、拒否する選択肢もなかった。


 これは下手な自分が悪いんだと言い聞かせた。この屈辱的な仕打ちを終わらせるには自分が先輩たちより上手くなるしかない、そう思っていた。


 でも最近、ほんのちょっとだけ思う。そんな日が来るのだろうか。彼らを見返す日なんて来ないのではないか。このまま彼らが引退するまでこの扱いなのではないか。僕のものより遙かに高級なグローブを洗いながらそんなことを考える。


「ダメだダメだ」と首を振った。こんなこと考えてはいけない。全員倒すって決めたんだ。あいつらを見返してやるんだ。グローブを洗う力が少し強くなっているのに気づき、傷つかないように優しく洗った。


「俺やるから貸して」隣を見ると、生駒が立っていた。 


 彼は同じ一年生ながらすでに一軍でベンチ入りを果たしており、先輩たちも一目置く存在だった。彼のことを勝手にライバル視していたものの、差はどんどん離されていく一方だった。


 生駒は僕のことなんて眼中にないだろう、と思っていたため彼から話しかけてきたのは意外だった。


「えっあっ、いやいいよ。俺が頼まれたんやし」


「あいつらうざいよな。これくらい自分でやれよ」生駒が言った。


「まあでも俺が下手なのが悪いし」


「いつも必死に頑張ってるやん。本気でプレーしてるやん。そんなお前をバカにするあいつらの方がおかしいって」


 驚いた。生駒がそんな風に思ってくれていたことを全く知らなかった。


「吉野はあんなに言われてもいつも全力やん。だから絶対もっと上手くなると思うねん」僕の目を見てハッキリとこう言った後、生駒は照れくさそうに笑った。


「じゃあまあ、これから一緒に頑張ろな」そう言うと洗い終わった先輩のグローブを僕に渡し、生駒は帰っていった。


 ああ勝てないな。率直に思った。僕が生駒に勝っているところなんて一つもない。越えなければならない壁のはずだった。でも自分には生駒と勝負する権利すらない気がした。


 高校サッカーは僕から色んなものを奪っていく。自信、プライド、夢。お願いだからこれ以上奪わないでくれ。


 今、僕は闘争心まで奪われてしまった。これを失ったら僕はどうすればいいんだ。もう僕には何も残っていない。生駒の言葉は嬉しかった。でもその言葉には僕の心をポッキリと折る力があった。サッカーを初めて辞めたいと思った。

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