第9話 心の悲鳴
居残り練習を終え、一年の荷物が置いてある体育館裏に戻っていると、先輩たちの部室から田原が出てきた。田原は僕がまだ練習着だったことから今まで練習をしていたことを確認し、鼻で笑った。
一年全員で「お疲れ様です」と挨拶すると、田原は返事もせずに僕のことを凝視した。
「吉野、お前はちょっと残れ」
「はい……」また何か言われるのだろう。胸がキュッとなるのを感じた。僕以外の一年がその場を立ち去り二人になると、少し間を開けてから田原が口を開いた。
「お前さ、なんでサッカー部入ったん?」田原は吐き捨てるように言った。虫を見るような目をしていた。この人はよくこの目で僕のことを見てくる。
「サッカーが好きで……やりたかったからです」僕は何と答えたら正解なのかわからず、全く中身のない返事をした。答えのない数学の問題を解かされているようだった。
「そんな気持ちで入ってくんなよ。迷惑やねん」田原の目つきがさらにするどくなる。じゃあ何と答えたらよかったんだ。僕の返事は間違っていたらしい。「すみません」と呟きながら地面を見つめることしかできなかった。
「迷惑やから辞めるんやったら、早く辞めてな」田原は最後にそう言うとそそくさと帰って行った。心の悲鳴がうっすらと聞こえてきたがすぐにフタをした。こんなことで負けてはいけない。そう自分に言い聞かせる。
しかし頭ではそう考えていても、心が叫び続けているのを感じる。考えに想いが付いていかない。僕は情熱というものが熱しやすく冷めやすいことを知った。
「こいつは使えない」という空気は蔓延していく。最初は優しく接してくれていた他の先輩たちも今ではあまり僕の目を見てくれなくなった。
僕がプレーをした後は声をかける代わりに長いため息をかけてくれる。僕は「すみません」が口癖になっていた。ここでは全国出場に貢献できないと見なされた者は容赦なく切られていく。僕は確実に邪魔者だった。
「早く辞めろや。お前おったら練習の質下がるねん」と田原からはよく言われていた。他の先輩たちはこんなに直接的なことは言ってこなかったが、田原を止めることはしなかった。
僕はどうしてこんな仕打ちを受けてもサッカー部を辞めないのか。その理由はシンプルだ。レギュラーになりたい、それだけだった。サッカーが好きだとか楽しいとかって感情はもうどうでもよかった。
こいつら全員に勝ちたい。見返してやりたい。今の僕はその思いだけでサッカーを続けていた。
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