第11話 思考停止
夏の大会が終わると、ほとんどの三年の先輩たちが引退していった。冬の大会まで残る先輩が数人いたが、ゴールキーパーは二年の三人と一年の僕と生駒の五人になった。自分より上がいなくなったからか田原を筆頭に二年の先輩たちによる僕への当たりはより強くなった。
「おいっ、吉野。まだいけるやろ。もう一本!」
コーチが声を張り上げながらボールを蹴る。元プロのコーチが蹴るボールは美しい軌道を描きゴールの右隅に決まる。僕はゴールが決まったことを確認してからむなしくダイブをする。ダイブしたのもつかの間、次はゴールの左隅にシュートが飛んでくる。コーチが左右連続でシュートを放ち、コーチがよしと言うまで終われないという練習だった。
「何やってんねん。取れたやろ」
「早く立てよ。次くるぞ」
「休むな。さっさとせえよ」
先輩の声かけに熱が帯びる。ただこれは僕を叱咤激励するためなんかじゃない。僕をきつい練習から逃がさないための脅迫だった。
もし僕が途中離脱なんてしたら、一人一人の休む時間が短くなってしまう。僕が途中離脱できないような空気づくりを徹底していた。きつい練習のときはいつもこうだった。
僕はあまりの練習のきつさに吐いたこともあったけど、途中離脱だけはしなかった。あとで何をされるかわからないからだ。ああ、しんどい。
最近、僕は自分が何のためにサッカーを続けているのかがわからなくなっていた。サッカーが好きでもない、楽しくもない、向上心もない。どうして辞めないのだろう。自分でもわからない。
僕が辞めたら一年が生駒一人になるから、ゴールキーパーが減ったらチームに迷惑をかけるから、先輩に悪口を言われるから……。どれもしっくりこない。たぶん全ての理由が正しくて、全ての理由が違うのだろう。
僕はできるだけ考えるのをやめることにした。思考停止するのが一番楽だった。
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