第62話 水着を使う場所

 両親の手によって乃愛に昔の俺の事をバラされてしまった。

 その後は乃愛に全力で褒められたり、寝る際に布団を一つだけ用意されて、実家でも乃愛と一緒に寝る事になったりと、初日は慌ただしかった。

 そして二日目はというと、以前から考えていた計画を実行する為、父さんに頼み込んで車に乗せてもらっている。


「着いたぞ」


 車を走らせる事約二時間。到着したのは全く人の居ない山の中だった。

 目の前に広がる自然が作り出した澄んだ川に、乃愛が蒼と黄金の瞳を輝かせる。


「うわぁ、凄いです! 水も凄く綺麗……!」

「ここは全然変わってないなぁ」

「そうなんですか?」

「ああ。乃愛にはバレたけど、俺は昔ぼっちだったからな。それを父さんが心配して、ここに遊びに連れて来て貰ってたんだ」


 今の時代、一人で遊ぶのは簡単だ。家の中で出来る事は山程あるのだから。

 両親はそれを否定しなかったが、同時に外で遊ぶ大切さも教えてくれた。


「じゃあ、ここは瀬凪さんの庭って事ですね!」

「一応はな。山の中だから何が起こるか分からないし、油断はしないけど」

「忘れてないようで何よりだ。それじゃあ、気を付けるんだぞ」

「父さんも気を付けて」


 釣り道具を持って川を上っていく父さんを見送る。

 昔から山では自由にさせて貰っていたが、今回も同じようにしてくれるらしい。

 今更付きっきりになる必要なんて無いというのもあるが、俺と乃愛の時間を邪魔したくないのだろう。


「さてと、それじゃあ着替えるか。ちゃんと持って来たか?」

「はい、ばっちりです! 念の為に聞きますけど、着替えはここでしないといけないんですよね?」

「山の中で着替えるのもアリだけど、危ないから止めて欲しいかな」

「……じゃあ、瀬凪さんに見られながら着替えしないとですね」


 頬を薔薇色に染めながら、乃愛が照れたように笑った。

 その笑みの中に期待があるのは、気のせいだろうか。


「いや、お互いに車を挟んで着替えればいいだろ」

「むぅ。確かにそうですが、見たくないんですか?」


 さらりと流した俺の反応が気に食わなかったらしい。乃愛がぷくりと頬を膨らませる。

 恋人の機嫌を取る為に、艶やかな黒髪を撫でた。


「ぶっちゃけ見たい。でも、見たら絶対我慢できなくなるから見ないだけだ」

「教仁さんは行っちゃいましたし、二人きりなので我慢しなくていいと思いますよ?」

「駄目。彩乃さんとの約束は絶対だ」

「……はぁい。分かりましたよ」


 いくら周りに人が居ないとはいえ、線引きはしっかりしなければ。

 俺が意見を曲げないと理解したようで、乃愛が渋々と頷いた。

 それから車を挟んで着替えを終え、いよいよお披露目だ。


「じゃーん! どうですか?」

「おぉ……」


 目の前の妖精と言っても良い程に可憐な少女の姿に、呆けた声が出てしまった。

 真っ白なビキニは長い黒髪に映え、外見不相応の大きさのものがバッチリ見える。

 また、ビキニにはほんの少しだけフリルがある事で、綺麗さだけでなく可愛らしさも醸し出していた。

 それらが乃愛の体格が小柄なのと合わさり、危険な香りを放っている。

 こんな姿を一般的なプールで見せてしまえば、犯罪者が大量に出没してしまうはずだ。

 残酷ながら、その犯罪者第一号は俺なのだが。


「似合ってる。可愛くて綺麗で、とにかく最高過ぎだ。でも、その水着は俺と二人きりの時だけにしてくれ。他の人に見られたくない」

「安心してください。瀬凪さん以外に見せるつもりなんてありませんから。……というか、ここ以外で着るのは恥ずかし過ぎます」


 羞恥に頬を染める姿からして、かなり無理をして買ったようだ。

 事前に山で遊ぶと教えていたからだろうが、それでも乃愛が一人でこれを選んだとは考えられない。

 ほぼ間違いなく、莉緒が説得したはずだ。後で莉緒にはお礼をしなければ。


「そうか、ホントに良かった」

「ふふ、そんなに気に入ってくれたんですね」

「ああ。……因みに、写真を撮るのは駄目か?」

「写真は駄目です! どうしても見たいなら家で見せますから、それで我慢して下さい」

「よし、言質取ったからな」


 家で乃愛が水着を着れば、絶対に欲望が抑えきれなくて襲ってしまう。

 勿論、乃愛もそれを分かっており妖艶な笑みを浮かべていた。


「その時が楽しみです。それと、瀬凪さんの水着も似合ってますよ。格好良いです」

「普通の水着だぞ?」

「瀬凪さんが着るから良いんですよ。私にとっては最高なんです」

「そっか、ありがとな。……よし! それじゃあ遊ぶか!」

「あ、ちょっと待って下さい。瀬凪さんにやって貰いたい事があるんです」

「うん? 何だ?」


 首を傾けて乃愛に問い掛ければ、彼女が水着を入れていたバッグから小さなボトルを取り出した。


「山の中とはいえ、日焼け止め対策は必要でしょう?」

「そうだな。で、俺にお願いするって事は、塗っていいんだな?」


 男であれば、恋人に日焼け止めを塗る状況は夢見るものだろう。

 しかもここは人が居ない。人目を気にする事なく日焼け止めを塗れる。

 一応の確認をすれば、乃愛が淡く頬を染めて頷いた。


「勿論です。因みに私は自分で一切塗らないので、全部お願いしますね?」

「……それって、前も俺が塗るって事か?」

「当然じゃないですか。瀬凪さんは私の体を知り尽くしてますし、問題ないでしょう?」

「いやまあ、そうだけどさ」


 ある意味では乃愛と同じくらい彼女の体を知っている。

 なので出来る事は出来るのだが、俺の理性がどれほど持つか分からない。

 不安に思う俺へと、乃愛が身を寄せてきた。

 蜂蜜を溶かしたような甘い匂いと、真っ白な肌が俺を容赦なく誘惑する。


「して、くれますよね?」

「…………おう」

「ふふ。お母さんとの約束、頑張って守って下さい♪」


 もしかすると、この小悪魔は人気の無い山で手を出さないと言った事を、根に持っているかもしれない。

 悪戯心っぽく蒼と黄金の瞳を細め、唇の端を釣り上げる乃愛の姿に覚悟を決める。

 日焼け止めは川辺で塗る事になったが、その時間は天国であり地獄だった。





 日焼け止めを塗った後は、二人きりの時間を思い切り楽しんだ。

 とはいえ、自然の川で出来る事はそう多くない。

 水を掛け合ったり、深い場所を選んで飛び込む等はしたが、川辺でボールを使うのは足場が不安定なので辞めた。

 そして少し疲れたのもあって、乃愛は俺に引っ張られつつ、川の流れに身を任せていた。


「はふー。冷たくて気持ち良いですねぇ……」

「そうだな。真夏にはぴったりだろ」

「ですです。でも気持ち良くて、何だか眠くなってきちゃいました」

「マジで危ないから、寝るのだけは辞めてくれ」


 勝手知ったるとはいえ、山の危険性は父さんから散々教えられているのだ。油断してはいけない。

 乃愛の体を引っ張りつつも、滑らかな頬を軽く叩いて起こす。


「はーい。気を付けまーす」

「どうしても眠いなら、川から上がって寝てくれ。俺を背もたれにしたら寝やすいだろ」

「凄く助かりますし、最高だと思います。でも、瀬凪さんが暇になりませんか?」

「一応、俺の釣り道具も持って来てるんだ。乃愛が寝てる間、のんびり釣りしてるよ」


 上京する際に使わないと思って、釣り道具を実家に置いていた。

 それを父さんが捨てないでくれていたらしく、念の為に持って来ていたのだ。

 時間は潰せるので問題ないと告げれば、乃愛が蒼と黄金の瞳を大きく見開く。


「釣りですか? 瀬凪さんが良ければやってみたいです!」

「お、いいぞ。それじゃあ一度川から上がるか」

「はい!」


 道具を持ってきて、乃愛に教えながら釣りを楽しむ。

 その間、彼女は俺の胡坐にすっぽりと収まっており、ゆったりと恋人の時間を過ごすのだった。

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